ホームへ 
「小耳にはさんだいい話」へ


1号〜10号


1号 気持ちの問題
 人から何か言われて「イヤだなあ」と思うと、脳内に毒性のあるノルアドレナリンというホルモンが分泌され、逆に「いいな」と思うと体にとても良い影響を及ぼすβ-エンドルフィンというホルモンが分泌されます。これは科学的にもはっきりと立証されているそうです。どんなにいやなことがあっても、事態を前向きに肯定的にとらえると脳内には体に良いホルモンがどんどん出てくる。逆にどんなに恵まれていても、怒ったり憎んだり不愉快な気分でいると、体に良くない物質が出てくる。全てをプラス発想でとらえ、いつも前向きで生きていれば健康で若さを保ち、病気に無縁の人生が送れるそうです。(春山茂雄著『脳内革命』より)
 皆で一度試してみる価値があると思いませんか。こんな言葉があります。『ほとんどの人が自分は不幸だと思っている。しかし、私たちは毎朝起きた時、その日一日を幸福でいるか不幸でいるかを選ぶことができるのである』

2号 コロッケの温かさ
 大間々町で月に2回、一人暮らしのお年寄りに食事を作って配っているボランティアの人達がいます。3丁目の青少年センターにみんなで集まって心のこもった料理を作り、それを手分けして一軒一軒、温かいうちに配り、お年寄りの話し相手になってあげているそうです。大間々町浅原に住む亀里悦子さんもそのひとり。月2回の食事だけでなく、時々お年寄りの家に立ち寄っては声をかけてあげているそうです。悦子さん曰く「コロッケ1枚でもいいのよ。おいしそうだから買ってきたんで食べて…って、チョッと話をしてくるだけですっごく喜んでくれるのよ」。話を聞いていて、そのお年寄りが悦子さんの来るのを楽しみに待っている姿が容易に想像できます。そしてそれをいちばんよろこんでいるのは悦子さん自身のようです。
ボランティアはその中に楽しさがなければ続かないですよね。いろいろなボランティアに楽しんで参加している悦子さんらしいとても温かなお話でした。これからも頑張ってください。

3号 また草むしりが出来る

 大間々のお医者さんの待合室でのお話です。おじいちゃんを迎えに来て待っていたお嫁さん(?)がいました。診察室から出てきたおじいちゃんに、『どうだった?』とさりげなく聞きました。『うん、どこも悪いところはないってさ』『よかったね』『あ−、よかった。また半年くらいしたら来てみて下さいって先生が言ってた』『そう、よかったね』 『ああ、これで又、草むしりができる』… 『そうだね』…そんな会話を交わしながら、お嫁さんは玄関の下駄箱の前にしゃがみ込んで、おじいちゃんが靴を履くのを手伝っていました。何でもないごく平凡な会話でしたが、とても素晴らしい光景を見たような温かさを感じました。草むしりという平凡なことが当たり前のようにできるって本当は幸せでとても感謝すべきことなんですね。肩を並べて玄関を出て行く二人の後ろ姿を見ながら、半年後も、その又半年後もここで同じような会話が交わされつづけることを祈りました。
  

4号 シクラメンのかおり
 今泉直十郎さんは、大間々町で花屋さんをはじめて40年近くになるそうです。今年はお店も大きくしてさらに立派になりました。そんな今泉さんは毎年暮れが近づくと決まって行商をするそうです。今泉さん曰く「昔、店を持って商売をはじめた頃は花なんて贅沢品で全然売れなくてねえ。仕方がないから自転車に花を積んで遠くまで売りあるったんだよ。10軒、20軒回っても売れなくて…。そんな時、小さな花ひとつでも買ってくれる家があると有り難くてねえ。手を合わせたくなっちゃうんだ。この気持ちを忘れちゃダメだと思うんだよ。」この話を聞いてとても感動しました。昔、商売をしていた人にとっては行商は当たり前のことですが、商売をはじめた頃の気持ちやお客様に感謝する心を忘れないためにお店が大きくなっても行商をする今泉さんには教えられることがたくさんあります。シクラメンの花が出はじめる頃になると今泉さんの姿が目に浮かびます。大間々には素晴らしい人がたくさんいます。
5号 人気者の父ちゃん
 大間々南小学校の奥村愛さんは「父の日作文」で県大会優秀賞を受賞しました。その一部をご紹介します。
『私の家は酒屋です。朝早くから夜10時頃までやっています。…中略…そして、ヒマな時には店の掃除や店の模様替えなどをします。掃除や模様替えをしている時の父ちゃんは、ちょっとかっこいいです。それと、育成会の会長をしたり、お兄ちゃんの学校のPTAの役員をしたり、大間々町の発展のためにいろいろな役を引き受けて頑張っています。私はそんな父ちゃんを見ると何だかうれしく思えてきます。…』
掃除をしている父ちゃんの姿をカッコいいと思えること、大間々町の発展のためにいろいろな役を引き受けて頑張っている父ちゃんを誇りに感じていること、とても素晴らしいですね。親子揃って表彰式に出掛けたそうです。幸せそうな笑顔が目に浮かびます。優しさが秀でている「優秀賞」にふさわしい作文でした。(全文紹介できないのが残念です)
6号 がんばれ神戸@
 早いものであの忌まわしい阪神・淡路大震災から一年以上がたちました。
1月17日はテレビでも新聞でも、震災後の神戸の様子を報道し、それを見た私たちは1日も早い神戸の復興を祈りました。その中で特に感動したのは平本千映さんという神戸の小学5年生の女の子の詩でした。すべての全国紙の朝刊に載ったので読んだ方も多いと思いますが、改めて御紹介します。
『なくしたものは いっぱいあるけれど おしえられたこともたくさんある
人のやさしさたくましさ
おばあちゃんも お母さんも言った 物は頑張ればまたできる
みんなでたすけあって がんばる気持ち
みんなでがんばれば またもとのまちにもどる 私はそう思う』
この短い詩の中で逆に少女からたくさんのことを教えられ勇気づけられました。感動のあまり励まされた私が平本千映さんに励ましの手紙を書いてしまいました。

7号  がんばれ神戸A
 先月号の『虹の架橋』で神戸市の小学生、平本千映さんの詩を御紹介しました。
阪神大震災で失ったものはたくさんあったけれど、教えられたこともたくさんあり、これから皆で力を合わせて頑張ってゆきたい-という感動的な詩でした。
 私からの手紙に対して小学校の校長先生からお礼のお手紙と子供さんたちの文集を送っていただきました。手紙には、平本千映さんが校長先生にとても嬉しそうな表情で私からの手紙を見せたことや、子供たちが、つらい体験をはねのけて少しづつ元気を取り戻していることなどが書かれていました。改めて『皆さん、頑張って下さい』という気持ちになりました。
 子供たちの文集は読んでいて思わず目頭を熱くする感動的なものばかりでした。大きな代償は支払ったけれど、世の中で一番大切なものを彼等はあの体験の中で見つけたのだな・・・思いました。この文集を多くの方に読んでいただきたいと思います。御希望の方はお申出下さい。

8号 本当のしあわせ
 フォスター・プラン協会というボランティア団体があります。アジアやアフリカで飢えや難病に苦しむ子供たちの里親代わりとなってその地域に援助をしている団体です。
大間々町桐原の江村隆男さんもこの活動に参加されているそうです。江村さんはフィリピンの10歳になる少女の住む地域に暖かい援助金を送り続けています。
江村さんの仕事は建設業。『フィリピンの森林をはげ山にしているのは日本人なんですよ。どんどん自然が失われていって...なのに経済的に豊かになるのはフィリピンの人達ではないんです。たいした援助は出来ないッすけどね、これくらいなら・・・。』と謙虚。 時々、フィリピンからお礼の便りが来るそうです。写真を見せてもらいましたが、粗末な家をバックにして写っている少女の澄んだ瞳がとても印象的でした。
水道や電気もなく恵まれない環境の中でも、江村さん達への感謝の気持ちや、家族と一緒に暮らせることの幸せをいっぱいに感じている笑顔に感動しました。

9号 うさぎとかめ
 以前、PTAの研修会で元アナウンサーの小林完吾さんの講演を聞きました。その中でこんな話がありました。
『障害者の施設の運動会を見ると感動します。競争で、かけっこの速い子が途中から引き返してきて、上手に走れない子の後ろにまわって背中を押しながら一緒に走るんです。そして遅い子が1着、速い子が2着でゴールして手を取り合って喜びあうんです。こんな素晴らしい光景、見たことありますか』この話を聞いてとても感動しました。先日、うさぎとカメの面白い話も聞きました。『うさぎさんは油断して寝てしまったけど、カメさんは目標に向かって一生懸命歩き続けたから足の速いうさぎさんに勝ったんだョ』おとぎ話にはさすが人生哲学が含まれていると思いきや、子供が言いました。
『でもカメさん、どうしてうさぎさんを起こしてあげなかったんだろう。いっしょにかけっこしたら楽しかったのにね』・・・
競争でなく『共走』や『共創』は子供たちの方がよく知っているようです。

10号 ボランティア手帳
 先日、群馬県のボランティア手帳をいただきました。この手帳は2000年まで予定が書き込めるようになっています。そして小寺知事のこんなメッセージが入っていました。「…群馬県民が本当に豊かな生涯を送るためにはまず隣の人を思いやる心が大切です。どんな小さなことでも人は自分のためだけに生きているのではないからです。思いやりの気持ちをいつも胸に抱いき、二度とない人生を充実したものにしてください。」素晴らしい言葉ですね。K君は身体に障害を持つ少年で、再来年には養護学校を卒業し社会に出ます。彼らのお母さん達を中心にしたボランティアグループが自らの手で障害者のために社会参加の場をつくろうと計画しています。そして、K君たちが自分で働いたお金でマレーシアの福祉施設を訪問しようという大きな目標も作りました。2000年3月の第2週「マレーシア訪問」という予定がグループ全員の手帳に書き込まれました。夢が実現するように皆さんも応援してください。