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靖ちゃん日記へ


平成22年1月〜12月


  12月25日(土)
 先月、80歳で亡くなった前橋の叔父の四十九日法要を光栄寺で営んだ。故人の家族や兄弟夫婦や甥や姪が集った。法要、お清めのあと、本家である我家にみんなが寄ってくれた。親父の葬式以来10年ぶりの従兄弟たちとも再会した。高島平に住む叔父は87歳。現役時代は一流商社に勤め、品格と教養があり、憧れの人だった。頑固なところは親父とそっくりで松ア家の血統だと思った。我家は古い家ですきま風が入る。「コートを着たままでどうぞ」と言ったら、「家の中でコートなんか着るもんじゃない」と言われた。厳格だった親父と言い方も同じで懐かしかった。帰る時には畳に両手をついて深々とお辞儀をしてくれた。そのしぐさが美しかった。礼を尽くすとはこういうものかと感動した。今、ベストセラーの曽野綾子著『老いの才覚』にも「親しき仲にも礼儀あり」と書いてあった。
ちっぽけな『甥の才覚』では筋金入りの『叔父の才覚』の足元にも及ばない。
11月22日(月)
 15年前、県内のユニークな商人を集めて「チャレンジ商人ネットワーク」という勉強会ができた。その一期生仲間と今でも春秋に情報交換会を続けている。当時、県の経営指導課にいてメンバーの人選を決めた小川由紀夫さんに敬意を表して「小川会」と名づけている。「春の小川会」は出られなかったので今回は前々から予定に入れていた。今日は男8人。仲間が持ち寄ったチラシや最新の情報は参考になった。懇親会も楽しかった。2次会でカラオケを歌った。別の席の見知らぬ女性3人組にデュエットを誘われた。歌った事のない歌だったが何とか歌えた。楽しかった。風呂に2回入った。露天風呂が気持ちよかった。すぐ横に利根川の源流が流れていた。湯船の端に頭を乗せて、仰向けに両手両足を大きく開いた。利根の川風が気持ちよかった。湯船の上でプカプカと「太」の字が揺れた。露天風呂の入口に「たまゆらの湯」と書いてあった。

 10月13日(木)
 朝、愛犬プーちゃんが裏庭の古い物置に向って吠えていた。
「野良猫が入り込んだか」と思い、窓から覗き込んだ。その瞬間、中に隠れていた猫に引っかかれた。目を閉じるのが一瞬でも遅れていたら目をやられるところだった。顔から血が出た。洗濯をしていた和子が驚いて、すぐに消毒をしてくれた。9時前に病院へ行った。「目の方は大丈夫」と言われてホッとした。優しい女医先生だった。目の下2ミリの傷口をジーッと診られた。女医先生と顔を見つめ合っているような格好になった。恋心が芽生えそうだった。破傷風予防の注射をチクッと打たれて我に返った。
傷口を止める絆創膏が格好悪かった。皆に「その傷はどうした?」と聞かれて、「野良猫にやられた」と答えた。冗談を言ってると思われ、「いたずらが過ぎて奥さんにやられたんだろう」とからかわれた。細かく説明するのも面倒なので「実はうちの女房が猫をかぶっていて…」と笑ってごまかすことにした。
 9月25日(土)
 富弘美術館で、仙台在住の「言の葉アーティスト」・渡辺祥子さんとギタリスト・佐藤正隆さんの朗読コンサートが開かれた。富弘さんのエッセーや詩の朗読を聴いて感動した。今、美術館では、20周年記念企画展『ささえられて』を開催中。「…支えられているから見えない明日に夢を見られる 綱渡りのような私の人生 あなたに支えられて生きている」優しいギターの調べに合せた祥子さんの朗読に目頭が熱くなった。
 昨夜は祥子さんや正隆さんと縁のある仲間に声をかけて、新里のペンション「がるば」で食事会を開いた。男6人と若くて美しい女性7人。オーナー夫婦も加わって楽しい一夜を過した。
カッコいい正隆さんと同部屋で寝た。昔は神経質で枕が変わっただけでも寝られなかったが今は老若男女「いつでも、どこでも、誰とでも」寝られる。「松崎さんは寝つくのが早いですね。1分もかからなかったですよ」と正隆さんに言われた。相手が女性なら話は別だ。
  8月16日(月)
 今日でお盆が終った。今年も叔父たちや姉弟、その家族たちが線香を上げに来てくれた。お盆やお彼岸には欠かさず大間々へ集まってくれるのが嬉しい。夕方、お盆のお飾りと、ナスで作った牛と、キュウリで作った馬をまとめて送り火を焚いた。
娘の恭子と二人でご先祖様たちをお寺へ送って行った。松ア家の墓の前でいつものように般若心経を唱えた。唱えている途中でおならが出そうになった。恭子に気付かれないように「色即是空」の声を大きくした。腹に力を入れた瞬間に「色即是プー」になった。後ろでくすくす笑い声が聞こえた。親父も晩年は、おならをしながら歩いていた。やはり血は争えない。
友達の圭ちゃんに「今度、靖ちゃん日記に、なぞかけを書いたらどう?」と勧められた。そこで早速考えた。今日の御題、「お寺、墓参り」とかけて何と解く?「破れたフンドシ」と解く。
そのこころは、「時々、坊主が顔を出す」お粗末!何が?
 7月16日(金)
町田市のロックンロールワンというラーメン店の店主嶋ア順一さんは岡商店の「日本一醤油」を使ったラーメンで2年連続日本一になった。「日本一の嶋アさんを招いてラーメンのイベントを開く」という計画を群馬県商店街活性化コンペに応募した。24件の応募の中の上位5件に残った。今日、公開プレゼンテーションで概要を説明をした。緊張の余り、思っていたことの半分も説明できなかった。最優秀賞は高崎の7商店街連合チームだった。大間々は前橋、桐生、館林と並んで優秀賞をもらった。
11月6・7日、足利屋隣りのいきいきセンターでラーメン界のカリスマ・嶋アさんが日本一のラーメンを作る。
三方良しの会、わたらせ渓谷鐵道、大間々高校、観光ガイドの会、まちづくり大学大間々ゼミも協力してくれる。
当日は、「ながめ」で観光物産まつりや菊花寄席も開かれ大間々が賑わう。ラーメンにも行列ができることを神様に祈る。アーメン。
 6月22日(火)
足利屋でウイッグを買ってくれたお客様を招待して昼食会を開き、26人が集まってくれた。みんなウイッグをつけてきた。みんな10歳以上若く見えた。料理を運ぶ仲居さんが「皆さんきれいなヘアスタイルだなぁと思ったけど、ウイッグとは全然気づかなかったわ」と驚いていた。お客様同士で初対面の人も多く、チョッと心配したが5つのテーブルからは食事をしながら楽しそうなおしゃべりと笑い声が聞こえてホッとした。
 和気あいあいの食事のあと、和子がウイッグの手入れの仕方と上手なつけ方を皆さんの前で説明した。モデルになって、和子のウイッグをひとつ借りて、説明された通りにつけてみた。
「やっちゃん、かわい〜ぃ」「お店でもつけるとい〜わよ」と褒められた。かぶっただけで20歳は若く見えた。履くだけで足どりが軽くなる靴や、穿くだけで20歳若返るような魔法のパンツもあったらいいなぁと思った。
 5月9日(日)
『いい旅夢気分』というテレビ番組のロケに立ち合った。女優の佐藤藍子さんと北川弘美さんという若い2人が新緑のわたらせ渓谷鐵道沿線を旅するという番組。「岡さんの醤油蔵や街並みも紹介してもらいましょう」と「わ鐵」の樺澤社長と相談。大間々駅から停車場通りを歩いて醤油蔵を見に行く場面を収録した。大きな反射板や重いカメラやマイク付きの長い竿を持ったスタッフが走り回る中を若い2人がのんびりとした雰囲気で新国商店の土蔵の蔵を眺めながら歩く。野口さんやコメヤさんの蔵も撮ってもらった。仕込蔵の撮影の後、醤油アイスを食べる場面があった。硬すぎず、やわらか過ぎないように冷蔵庫から出したり入れたり、裏方さんも大変だった。女優の2人は大間々駅を見ても、やまと豚弁当を見ても、何を見ても「かわい〜ぃ」と言っていた。若い子の口癖なのか。でも最後まで「おじさん、かわい〜ぃ」とは言われなかった。
 4月14日(水)
毎年恒例の大間々街路灯組合の親睦旅行。昨日は美しい富士山をバックに御殿場や河口湖の桜が「今を盛り」に咲いていた。箱根湯元の水明荘に泊った。宴会では「盛り」をチョッと過ぎた奥様方と飲んで歌って楽しく盛り上った。
朝5時半に目が覚めて散歩に出た。15分ほどのところに、早雲寺があった。本堂の裏に北条5代の墓が祀られていた。木漏れ日の中に5基の石塔が横一列に並び、10本の竹筒に同じ高さで菜の花が供えられていた。携帯で写真を撮ってメールで送った。「今こちらもプーちゃんと散歩中」とすぐに返事がきた。朝食は格別にうまかった。名物の蒲鉾が出た。蒲鉾の串に「あたり」と書いてあればお土産に温泉饅頭がもらえる。でも外れた。「やっちゃんは奥さんに当たったからいいがね」と言われた。ズッコケた拍子に浴衣が乱れ、パンツが見えた。パンツの中に「あたり」と書いてみたくなった。
  3月20日(土)
ながめ余興場で「朝日さわやか寄席」があった。今年は、六代目を襲名したばかりの三遊亭円楽、春風亭小朝、柳亭市馬といった豪華な顔ぶれ。市馬さんは古典落語の「長屋の花見」、小朝さんは「夢八」を演じ650人の観客は超一流の話芸に酔いしれた。落語に入る前の小噺も軽妙で面白かった。飲み屋で口の悪い酔っ払いが飲んでいるところに犬を抱いた女性が入ってきた。酔っ払いが「ブタを店に入れるな」と怒鳴った。女性は「これはブタじゃなくて犬ですよ」と言い返した。すると酔っ払いは「ブタは黙ってろ。オレは犬に言ってんだ」…大爆笑だった。そういえば小朝さんも以前「金髪ブタ野郎」と呼ばれた。ブタは黙ってろ、と言われたかもしれない。
寄席が終わり、打ち上げで飲んで食べて盛り上った。
腹も盛り上ってブタになった。
上機嫌で帰った。
愛犬プーちゃんと目が合った。
ブタ野郎と思われた気がした。
 2月22日(月)
 大間々町の貴重な歴史資料「関口家日記」を読んだ。
明治時代の老舗商家の生活の様子が3代目・関口善次郎と4代目・吉之助によって克明に記され、それが470ページの本にまとめられている。3代目善次郎の日記は実にリアルで面白い。大きな事業を行い、世間の付合いもよく、遊びも桁外れ。精気に溢れ魅力的な人だった。
ある日の日記には「…岡本エ行、奥八畳エ泊ル。酒二本、午後十二時頃致ス。午前三時頃又致ス。四時ニ帰ル」とあり、翌々日にも「岡本奥座敷ニテ酒四本、ノリ、生玉子、ヨセナベ、壱円ヲくま・たま・てつノ三人エ遣ス、たまなる者ヲ致ス積リノ所、くまナル者シキリニジャマヲ致シ、それゆえ其意ヲ得ズ、午後十二時帰ル」など、頻繁に精力的に「致ス」話が出てくる。善次郎もこの日記が百数十年後に読まれるとは思わなかったろう。「靖ちゃん日記」もうっかりなコトは書けない。

  1月24日(日)
ながめ余興場で「雪見寄席」があった。黒子の会の山吹色のハッピを着て駐車場係を受け持った。赤城おろしの風が冷たかったが常連のお客様も多く、挨拶を交わすたびに心が温かくなった。黒子の会の美女軍団の手作りの味噌や七味唐辛子や切り干し大根やティッシュケースなどを持ち寄り、抽選でお客様に渡した。大好評だった。
年4回のながめ亭は今回で34回目。じっくりと聴かせる古典落語の奥深さに惹かれたお客様が増えてきた。
真打・柳家さん生師匠は落語「夢金」の中で「欲深き人の心と降る雪は積もるにつれて道を忘るる」の古歌を詠んだ。「深イイ」と思い、手のひらにメモした。今日も来ていた柳家紫文さんの『都々逸のススメ』を家に帰って読み返した。「惚れた数からふられた数を引けば女房が残るだけ」「お尻に惹かれて女房にしたが今じゃお尻に敷かれてる」紫文さんにうちを覗かれているような気がした。
 
 
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