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靖ちゃん日記へ


平成18年1月〜12月


 

12月24日(日)
 今年最後のわたらせ真向会体操教室へ行った。6時から7時までの朝教室に通うようになって一年だが100回を越えた。真向法体操は四つの基本動作を繰り返すことで筋肉を柔軟にし、体の歪みを矯正する。「体の中にも医者がいる」と言われる。この体操を続けていると自然治癒力が高まり、気息が整い、腰骨が立ち、生きる姿勢まで良くなるらしい。
 今朝は6時20分頃に東の空があかね色に染まり、6時40分頃、山の頂からお天道様が顔を出した。神々しさと清々しさを味わった。
 先々月、初めて段級試験を受け、今朝、真藤先生から?真向法協会の免状をもらった。三級だった。「貴殿は真向法体操を熱心に自修され心技の向上明瞭と認めます」と免状を読み上げてくれた。たかが三級、されど三級。来年は二級を目指す。仲間が祝福の拍手をしてくれた。サンキュウ!


11月11日(土)
 5丁目の集会所でグループきずな主催の講演会があり、講師として招かれた。演題は「虹の架橋・地域を生かす実践活動」。
松崎センセーと言われて赤面した。参加者は62人とのこと、半分くらいは顔見知りの人たちだった。
虹の架橋編集の裏話や靖ちゃん日記、小耳にはさんだいい話のエピソードなどを話した。「…いい話」の中で特に印象深い話をいくつか紹介した。読みながら自分でも感動してしまい声が詰まった。
「人生は出会い」であり「人との出会いは未知の自分との出会い」であることを実感。虹の架橋のお蔭で多くの人と出会えたことに感謝した。 
講演会のあと、昔なじみのAさんが「松崎さんの話を聴いて胸がジーンとしちゃった」と言ってくれた。「どれどれ」と言いながら彼女の胸の前に手を出そうとしたら「ばーか」と言われた。
ばかは死ななきゃ治らない。



10月22日(日)
 大間々図書館で山本一力さんの講演会が開かれた。直木賞作家の講演会とあって、予約受付けの朝は1時間で締切られるほどの人気だった。
山本さんは赤城駅で奥さんと自転車を借り、講演前に二人で渡良瀬川周辺を散策してきたという。「この町は山や川や緑が身近にあるのがいい」と褒めてくれた。講演で「私が書いている江戸時代というのは年長者を大事にする社会でした。それによって秩序が保たれてきました。でも今は…」と言っていた。「あかね空」「大川わたり」等の登場人物の温かい家族愛や師弟愛を思い出して納得した。
 講演会の後、ポケットからデジカメを取り出し、山本一力さんと二人で満面の笑顔で記念写真を撮った。
家に帰ってパソコンで見たら、何と1枚も写っていなかった。「家宝」になるはずの大笑いが「アホウ」の苦笑いに変わった。ドジカメだった。



9月23日(土)
 今日は父の祥月命日。光栄寺で7回忌の法要を営んだ。おじいちゃん、おばあちゃんの33回忌も一緒に行った。
お墓の土手の彼岸花が今日に合わせたように見事に咲いていた。父の兄弟、子供、孫たち合わせて20人。法要後、全員でサンレイク草木へ。昼食後の富弘美術館見学も好評だった。叔父さんたちと一緒に露天風呂に入り、夜は一つの部屋に集まって昔話に花を咲かせた。昭和18年○月○日、弘平叔父は学徒出陣で宇品港から祖父に見送られてフィリピンのセブ島へ行き、豊作叔父は特攻隊に志願して霞ヶ浦へ、子供だった佳三叔父は裏庭に防空壕を掘ったという。長男だった父は戦後シベリヤに抑留。家族の関心事は父の安否だったという。今のことは忘れても、60年も昔のことをみんな日付入りで覚えているのには驚いた。
語り継ぐべき家族の歴史に賞味期限切れはない。


8月25日(金)
 サンレイク草木で仮装大会の祝勝会があった。0歳から69歳まで27人集まった。
勝てば祝勝会、負ければ残念会。毎年のことながら気心の知れた町内の隣近所、家族ぐるみの集まりは楽しかった。
子供達を中心に宴会は盛り上がった。ビール3杯で真っ赤になった。途中でトイレに立った。廊下に虫の死骸が潰れていたので避けて通ろうかとも思った。ちょうど向こうから来たエッちゃんがしゃがんで、その虫をティッシュに包んで片付けて行った。その姿に感動た。この母親に育てられる子も立派な人になると思った。優しかったエッちゃんのお母さんの顔を思い出した。
最年長のHさんは「俺が死んだら棺桶に仮装の衣装を入れて、祭壇には仮装の写真を飾る」と言った。はげ頭に金髪のおさげ髪の姿を思い出して笑った。「仮装で火葬」もHさんらしい。



7月26日(水)
今年で16回目となる祇園まつりの仮装大会本番まであと8日。6月のはじめから毎週土曜日に四区の集会所に集まって準備、7月後半からは毎晩集まって準備。と言いながらビールを飲んでワイワイ、ガヤガヤ。でも、これが祭の準備の楽しみ。四区町内の仲間意識が一段と深くなる。
テレビで旭山動物園のペンギンを見て「今年の仮装はこれだ」と思った。Mちゃん親子が岡公園まで行ってペンギンの写真を撮ってきた。Nさんが黒と白の生地で衣装を縫う。Hちゃんが音響を担当し、S君が踊りの振付け。知恵袋のM兄弟が全体の流れを考える。みんながそれぞれの役割の主役だ。クライマックスをどうするか明日までの宿題にした。
タイトルは「夏のソナタ」にした。
13人の四区のヨン様たちのペンギン姿。本番のペン・ヨン様が楽しみだ。



6月1日(木)
 神明宮で年に一度のタイムカプセルの会があった。
神明宮は6年前に遷座400年を迎え社殿を建て替えた。その際、100年後に伝えたい資料やメッセージを社殿の地下室に収め、タイムカプセルとして封印した。その日を記念して、発起人7人が毎年6月1日に夫婦同伴で集まり、飲み会をすることにしている。この会を孫、曾孫の代まで続け、2099年にこのタイムカプセルを公開する。
 神明宮は代々の血統を引き継ぎ、今の齋藤巌宮司は16代目になるという。町の歴史に詳しい齋藤さんの話は実に興味深い。長い町の歴史の中の今の時代を我々が担っていると思うと「男のロマン」を感じた。
「男のロマンは女のフマン」と言われるが奥方たちもみんな楽しそうによく喋り、良く食べた。そのうち「女のヒマンが男のフマン」になりそうだ。



5月25日(木)
心を磨く勉強会「致知の会」が「希望の家」で開かれた。
去年の7月からはじまった勉強会は8回目。今回は自分が話をする番になった。「出会いを活かす」というテーマで話をした。原稿を書きながら改めて出会いの有難さを実感した。一時帰国中のワシントン大学の客員教授・若林茂先生がシアトルに帰る前にもう一度会いましょう、と大間々へ来てくれた。致知の会にも参加して、少し話もしてもらった。勉強会の後、ビールを一杯だけ飲むことにした。一杯では収まらずいっぱい飲んだ。2軒ハシゴをして「赤城山」の冷酒とビールとワインを飲んだ。「朋有り遠方より来たる、亦楽しからずや」だ。話が弾んで飲みすぎた。帰ったら午前様だった。気を遣ってソーッと暗闇の中で着替えて寝た。気がついたら女房の横縞のパジャマを着て寝ていた。



4月19日(水)
大間々街路灯組合の旅行で新潟へ行った。阿賀野川舟下りの船頭さんの素朴な人柄に感動した。岩室温泉に泊まり、5時に起きて朝風呂に入り、散歩へ出た。ゴミだしをしていたオバサンが付近の名所を案内してくれた。オバサンのお蔭で新潟が一層好きになった。
弥彦神社をお参りし、良寛さんが住んでいた五合庵を見た。質素の庵の横に「焚くほどは風がもてくる落ち葉かな」という良寛さんの句碑があった。殿様からのお召しかかえの誘いに対し、「暮らしていくには自然の恵みだけで充分です」という意味の返事を俳句に託したものだいう。桜が満開だった。「散る桜残る桜も散る桜」という句を思い出した。
帰りの六日町あたりは一面の雪景色だった。バスの中では「残る桜」の元気なオバサンたちと賑やかに酒を飲んで、はしゃいだ。花見ざけ、雪見ざけ、わるふざけ、の三拍子揃った楽しい旅だった。


3月19日(日)
 「ながめ余興場」で、朝日さわやか寄席があった。桂歌丸、三笑亭夢之助、林家たい平といった豪華な顔ぶれで、定員650人の客席が超満員になった。開演前、舞台の隅から客席を見回している歌丸さんは口数の少ない、控え目なおじさん、という雰囲気だったが、羽織を着て高座に上がった姿はまるで別人のように溌剌としていた。
歌丸さんの演目は1週間前、パリで落語公演をした時と同じ「尻餅」だった。
正月を前に餅も買えない貧乏人の夫婦が餅つきの真似をしようと、女房の着物をまくって、尻を出させ、手で叩いてペッタン、ペッタン餅つきの音をさせるという話。オナラが出て「クサ餅」になったり、最後のオチの亭主の「チン餅」では大笑いしてしまった。
ズボンのポケットに手を入れて自分のチン餅を触ってみた。
つきたての餅のようにフニャフニャだった。



2月15日(水)
商業界ゼミナールに参加した。今年も全国から1200名の商業者が集まって真の商人の精神と技術を学んだ。『商売は商品を売るのではなく幸せを売る仕事』と教えられ勇気が湧いた。「また、あなたから買いたい」と言ってもらえる感動のサービスや接客がいかに大切か、ということも学んだ。夜10時半に初日の講座が終った。久々に再会した仲間とロビーで缶ビールで乾杯した。酔った勢いで商業界社長の結城さんの部屋へ行き、3時まで5人で語り合った。充実した時間だった。そこでもビールを2本飲んだ。ビールにも一人一人の話にも酔った。何事も地道にコツコツと、まめにチョコチョコが大きな成果につながると思った。今日は福島県のSさんと新潟県のMさんからバレンタインチョコをもらった。嬉しかった。義理チョコも『チョコチョコと義理も積もれば山となる』


1月23日(月)
さくらもーるテナント会の新年会があった。3月の改装オープンに向け、さくらもーるで働く人達の気持ちを一つにするためにも大切な時間だと思った。「乾杯の数だけ人生が楽しくなる」という。各テーブルを回って乾杯を繰り返した。今まで挨拶程度の付合いの人達とも打ち解けて話ができた。  
 大間々まつりの仮装大会で演じた「白鳥の湖」を3人で再演した。百円ショップでお揃いの水玉のパンティと白いタイツを買った。パンティが小さすぎて横からはみ出してしまうのが心配だった。上着、ワイシャツ、下着を全部脱いで純白のキャミソールとスカートをはいた。すっかり白鳥になりきった。肌まで鳥肌になった。「白鳥の湖」の曲に合わせて手をゆっくりと羽ばたかせながら会場に入った。大爆笑だった。踊りもうまくいった。すっかり酔いが回った。白鳥の足が千鳥足になっていた。





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