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十二月一日(木)
毎朝十分間続けている真向法体操が今日でちょうど二百日目になった。真向法を続けると体が柔らかくなり、背筋が伸び、腰骨の立った良い姿勢になる。これが生きる姿勢にもつながり『健やかな体、康らかな心』になるという。でも、二百日ではまだまだ。何年もずっと続けることが必要だ。
真向法体操は四つの基本動作を十回づつ繰り返す、というシンプルな体操。第一から第三の体操は柔軟体操に似ている。床に座って両足を前に伸ばしたり、開脚をして、大きく息を吐きながら上体を前に曲げる。
まだ体が硬くてよく曲がらない。
第四の体操は正座の姿勢から上体を後ろに反らし、仰向けに寝てバンザイをして大きく腹式呼吸をする。 一から三の体操は上達しないが、なぜか四の体操だけは上手に出来るようになった。真向法の四(ヨン)様と呼ばれてみたい。
十一月十六日(火)
母と姉弟全員揃って念願の京都へ行った。金閣寺も三千院も良かったが『もみじの永観堂』が最高だった。見たいと思っていた『みかえり阿弥陀如来』を拝んだ。顔だけ左を向いて合掌する立像。説明文に『自分よりおくれる者たちを待つ姿勢。正面にまわれない人びとのことを案じて、見返えらずにはいられない阿弥陀仏のみ心』と書かれていた。優しく穏やかで慈愛に満ちた表情に感動した。
夜は従兄の憲ちゃんの店『旬眞庵』で食事。『一日一組、こだわりの京料理の店』と雑誌にも紹介されていた。手入れの行き届いた庭、打ち水、一組の客の為に予約三十分前から和服美人が門の前でお出迎え…。どの料理にももてなしの心が伝わってきた。『くもこ豆腐』というのを初めて食べた。雲の子と書くそうだ。雲子豆腐を『ウン○豆腐』と読む人はいないか心配した。
十月十二日(火)
大宮で商業界ゼミナールがあった。五百人の商業者が集まった。友人も大勢いた。「損得より先きに善悪を考えよう」「正しく生きる商人に誇りを持て」という商売十訓を唱和した。昼食中も研修ビデオを観ながら夜七時まで六人の先生から『商いの心』を学んだ。一生懸命は一笑懸命とも書くそうだ。笑顔が大事とメモした。
最後の講師は商業界社長の結城義晴さんだった。結城さんとは同い年。去年の一泊ゼミで同じ部屋だったのですっかり親しくなりメール交換もしている。結城さんの講演で『元気を出そうよ。それがあなたの仕事です。元気をふりまこうよ。それがあなたの役目です』と教えられた。「よしっ」と心に誓った。夜十時に家に帰った。売上げを見た。売れていなかった。鏡を見たら眉間にシワがよっていた。一笑懸命と元気をもう忘れていた。
九月二十五日(土)
「うちの学校の運動会もとてもいいから観にきませんか」と大間々神梅小の松島校長先生から誘われていたのでチョッと行ってみた。児童数四十五名という小さな小学校。小さいからこそできる活動をしたいという言葉通り運動会も児童や父兄だけでなく地域の人も大勢参加していて、楽しい雰囲気のイベントになっていた。
足利屋のお得意さんや色々な活動で顔見知りの人達が親しく声をかけてくれて嬉しかった。「これからパン食い競争があるからいっしょに出ませんか」と誘われた。ネクタイをはずして列に並んだ。たかがパン食い競争といっても出番が近づくと緊張した。ピストルの合図でスタート。久しぶりに思いっきり走った。一番大きいパンをくわえて一着でゴールインした。アテネの野口みずきの心境だった。足が速いですねと言われた。口が早いねという人もいた。手が早いと言われなくて良かった。
八月二十六日(木)
「峠の釜めし」の考案者で元おぎのや副社長の田中トモミ先生から真向法体操を勧められ四ヶ月前から始めた。毎朝五分間続けているが自己流では進歩がないので今日、「わたらせ真向会」の真藤敦巳先生に教えてもらった。四つの動作の健康体操を繰り返すことで血液の循環を良くして細胞を活性化させる効果があるという。「身体が柔軟になると心も柔軟になる。続けることが大事ですよ」と教えられた。教室は和やかな中にも生気がみなぎっていた。「真向」という言葉は物事に真っ向から取り組むという意味もあるという。中年太り解消に真っ向から取り組み、せめて七十五キロ級から一階級は落としたい。仰向けになった自分の姿が壁面の鏡に映っていた。腹がピョコンと出ていた。海岸に打ち上げられたマッコウクジラみたいだった。
七月二十二日(木)
東村のNPO法人・沢入国際サーカス村協会主催の『夏のフェスティバル』が開かれた。サーカス村協会は平成九年設立、十三年には廃校となった沢入小学校を利用して沢入国際サーカス学校を開校した。校長の西田敬一さんは「サーカスを通して国際交流をし、次世代へサーカス文化を継承したい」という夢に向かって頑張っている。西田さんとのご縁で「さくらもーる」でも五日連続で大道芸を開催しお客様を喜ばせてくれた。童謡ふるさと館での公演ではサーカス学校生徒のひろみちゃんが五脚の椅子を積み上げそれを頭に乗せて手を離すという新しい技を披露した。黙々と練習を続け、晴れ舞台を迎えた姿に胸がジーンとなった。最後に何度も宙返りをしていた。四十年前には自分でも宙返りができたが今は寝返りくらいしかできない。
六月二十五日(金)
県庁でで「群馬ふるさとづくり賞」の授賞式があり、郷土を美しくする会・副会長の羽鳥さんと一緒に出席した。会場には各市町村の地域づくりの担当者や団体が百数十人も集まり、群馬テレビや報道関係の人達もたくさん来ていて緊張した。
表彰状には『永年にわたり地道な活動を継続し、ふるさとづくりに貢献した』と書いてあった。賞をもらいたくて続けている活動ではないが駅のトイレ掃除という目立たない活動が評価されたことが嬉しい。いつも誰かが見えないところで汗を流し、支えてくれていることに気づき合える世の中になったらいいと思う。
金一封はなかったが副賞として「活動する人の輪が広がるように」と右手を上げた招き猫をもらった。招き猫は右手が人招き、左手が金招きだという。左の猫の手も借りたいと思った。
五月十五日(土)
ながめ余興場で映画「折り梅」の上映会があった。「折り梅」は痴呆症の患者を持つ家族の戸惑いや苦悩、それを克服して深まる家族の絆が描かれた作品。吉行和子と原田美枝子の名演技に後半は涙が止まらなかった。映画を観ながら亡くなった親父のことを思い出した。その時は大変だったが今にして思えば親父がボケたお蔭で一緒に枕を並べて寝たり、手をつないで散歩をすることもできた。家族の絆を感じ、親父が好きになった。
映画から帰ってインターネットでボケの事を調べた。「週刊ボケ老人」というホームページがあり、自己診断テストがあった。哺乳動物(四本足で歩く動物)の名前を一分間にいくつ言えるか(十五種類以上言えれば大丈夫)というテストに夫婦で挑戦した。
和子に二つ負けた。
でも、負けるが勝ち。
歳をとったらボケるが勝ちだ。
四月二十日(火)
大間々街路灯組合の親睦旅行で修善寺温泉へ行った。街路灯組合は今年で五十年目を迎え、十七年ぶりで街路灯も建て替えた。街の中で色々なつながりのある仲間同士の旅行なのでバスの中でも和気あいあい、朝から宴会のようだった。
バスガイドさんは二十二歳のとても愛想のいいコだった。話をしているうちに、娘と二葉保育園からの幼馴染のアッちゃんだとわかった。今日は下ネタ話は控えよう、と思ったとたん、バスの後ろの方で「やっちゃんも私のオッパイを飲んだのよ」と言われて下ネタ話に火がついた。幼馴染みのコウちゃんのお母さんだった。誕生日が近かったので小さい頃は仲良くおばちゃんのオッパイを飲んだのだろう。もうすっかりしぼんでいた。吸い過ぎには注意しなければいけない。
三月十三日(土)
ながめ余興場で『朝日さわやか寄席』が開かれた。ケーシー高峰、三遊亭小遊三、三遊亭好楽といった人気芸人の出演とあって定員六百五十人の芝居小屋が超満員になった。寒い中を三時間以上も待っていた人もいた。申し訳ない気持ちと有難い気持ちでいっぱいだった。
舞台の袖で出番を待つケーシーさんが宙を見上げて何か喋りながら黒板に書くマネをしていた。その真剣さに感動した。舞台では一転、自らの闘病生活を下ネタの連発で笑いに変えた。最後に「健康の有難さを本当に知っているのは病気になった人」という一言に重みがあった。鮨国で慰労会。ケーシーさんに「立ちくらみ」する程効くというバイアグラの効能を聞き直そうと思ったがやめた。誰でも時には「立ち往生」することもある
二月十七日(火)
今年も商業界ゼミナールに参加した。全国から千人もの商業者が集まり二泊三日の勉強会。今年のテーマは「貫け・真っ正直商法」だった。十一時半に勉強会が終わり、小さな部屋で九州の壽崎肇さんの話を聴いた。実直で優しい目をした人だった。家族三人で始めた店を九州一大きな店にした壽崎さんは真っ正直商法を貫いた人だった。「八十年生きてきて無駄な事は何ひとつなかった」と夜中の一時まで熱く話してくれた。「一流の人物とは国の為に血を流し、家族の為に汗を流し、友の為に涙を流せる人。愛するものから愛される。まず相手を愛すことです」と教わった。さくらもーるの新年会で酔って相手構わず女の人に「愛してるよ」と言ったのを思い出した。真っ正直に受け取られると罪になる。
一月二十五日(日)
夜、店を閉めてから映画を観に行った。結婚して二十四年、二人で一緒に映画を観に行く機会がなかった。昔のデートを思い出した。これからの人生で今日が一番最初の日、時間を有効に使わないと勿体ない。
今、話題のラストサムライを観た。映画館で見ると迫力がスゴイ。明治維新、アメリカから来た主人公が日本の武士道の精神に触れ、自らその道を選ぶというストーリー。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の本当の意味は、どう生きるかを究めることなのかも知れない。自らに厳しく、敵に対しても礼節を欠かなかった武士の生き方に日本人として大きな誇りを感じた。
映画を観ながら靖ちゃん日記のオチを探した。今の日本、武士道が地にオチている。ひとつ拾えばひとつだけきれいになるかもしれない。 |
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