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平成13年1月〜12月



12月18日(火)

 朝起きたら声がかれていた。頭も重かった。靴下をはいたまま寝ていた。少しずつ昨夜のことを思い出して恥かしくなった。忘年会で若い仲間にのせられて?すっかりいい気分になってしまった。ユダヤの格言に「一杯目は人が酒を飲む、二杯目は酒が酒を飲む、三杯目は酒が人を飲む」というのがあった。弱いくせに昨夜は四杯飲んでしまった。「酒が入ると秘密が出ていく」という格言もあった。飲むとなぜか尻も口も軽くなる。気がついたら財布も軽くなっていた。重くなったのは体重だけ。ダイエット中なのに…



11月21日(水)

さくらもーる「かんざん」の店長・舘野さんに誘われて初めてカヌーに乗せてもらった。朝8時、高津戸橋の下流で舟を下ろし、漕ぎ出せる所まで浅瀬を50分も歩いた。恐る恐る歩いていたら滑って転んでパンツまでずぶ濡れになった。縮み上がる、という言葉は男にしか実感できないだろう。でも、苦あれば楽あり、水面から見上げる高津戸峡谷の紅葉に感動した。11時までにアスクへ行こうと慌てて着替えて行った。気がついたらズボンのチャックが下りていた。縮み上がっているところを誰かに見られたかもしれない。



十月十日(金)

ながめ余興場で、山形弁のアメリカ人・ダニエル・カールさんの講演会があった。「…んだ」「…けろ」などの山形弁をおもしろおかしく教えてもらった。日本人がよく使う「アレ」は外国人には全く解らないそうだ。「明日、チョッとアレだから…」と右手で拝むようなしぐさをされて何のことかさっぱり解らなかった」と言っていた。色っぽい都々逸に「こうして こうすりゃ こうなるものと知りつつ こうしてこうなった」という傑作も日本人にしかわかんね〜だろうなぁ。そういえば最近、年のせいかアレもダメになってきた。…あれ?


九月二十二日(土)

心の教育に情熱を燃やす高崎の内堀一夫先生の「まごころ塾」に参加した。参加者は二十八名。この日のために会津、愛知、熊本からも内堀先生を慕う人達が集まった。第一部は「ことばのご馳走」シリーズの著者・金平敬之助さんの講演。「しぐさ」の大切さを学んだ。第二部の懇親会では初対面の人達とも出会いの喜びを分ち合った。「最後に〆を…」と指名された。中年太りでズボンのベルトも締まらないのに皆の前で〆は恥かしかった。今夜もご馳走を食べすぎた。「ことばのご馳走」だけにしておけばよかった。


平成十三年 八月二十日(月)

仮装大会の祝勝会で伊香保温泉・千明仁泉亭に泊まった。今年も三十万円の賞金のお陰でいつもの仲間と愉快な一夜を楽しんだ。千明仁泉亭は来年五百年を迎える由緒ある旅館。徳富蘆花が「不如帰」(ホトトギス)を執筆した宿としても有名だ。「上州伊香保千明の三階の障子開きて夕景色をながむる婦人…」と本に書かれた場面を想いながら二階の障子を開いて山々の夕景色をながめた。下を見たら露天風呂があった。二階からは何も見えない。三階ならば見えたかも…。蘆花は露天風呂を覗けたのだろうか。


平成十三年 七月十七日(火)

ふるさと学習セミナーで神明宮宮司の斎藤巌さんから「大間々祇園について」という話を聴いた。三百七十余年の歴史をもち上州の三大祇園と呼ばれてきた祭りに改めて誇りを感じた。四十年前の大間々祇園のビデオも観た。そこに写っていた若い頃の親父たちの勇姿に熱いものがこみ上げてきた。
 四十年後に孫やひ孫が今年の祭りのビデオを観るだろうか。仮装大会で靖ちゃんじいさんがカッパに扮して踊っている勇姿(遊姿)を見て四十年後の孫達にこみあげてくるものは何だろう。


平成十三年 六月二十三日(土)

ながめ余興場で毎年恒例の四区町内カラオケ大会が開かれた。二歳から九十歳まで老若男女六十人が歌って踊って楽しいひと時を過した。お陰で隣近所の結束がますます固くなった。
 ビールを二杯飲んで近所の年上の奥さんのTちゃんと腕を組んで「今夜は離さない」をデュエットした。ビールを三杯飲んで酔った勢いでもっと年上のTちゃんとダンスを踊った。まわりから見ると相撲に見えたかもしれない。胸を合わたつもりがお互いの腹が邪魔していた。これもセク腹と言うのだろうか。

 
平成十三年 五月十九日(土)

桐生短期大学の公開講座で作家の五木寛之さんの講演を聴いた。学生時代に東京新宿の紀伊国屋書店でみぞれの中を三時間も待ってサインをしてもらった時の事を思い出した。
三十年来のあこがれの人の話を聴いて心が震えた。
 日本人が本来持っている心を「暗愁」という言葉で説明してくれた。「時には、肩を落として背中を丸めてハーッと深いため息をつくことも悪いことではない」と言っていた。そんなに頑張らなくてもいいんだよ、と言われているようでスーッと気持ちがよくなった。後ろで気持ちよさそうに居眠りをしている人がいた。講師の話が五木の子守唄に聞こえていたらしい。




平成十三年 四月二十四日(火)

念願叶って、広島へ行った。広島カープの広報室長だった池田 博彦さんが広島・横浜戦のネット裏の一番いい席を用意してくれていたが残念ながらナイターは雨で中止になった。
代わり素晴らしい人にたくさん会えて話を聞いた。盲目の演歌歌手、井上わこさんにも会えた。苦しみや悲しみを克服したわこさんの歌を目の前で聴いて感動した。
わこさんは昭和六十三年以来、毎年盲導犬を寄贈し続け、今年で十四頭目になるそうだ。黒いサングラスの奥にわこさんの澄んだ心の目を見た。最後に握手をしてもらった。嬉しさのあまり握手が我家のプーちゃんの「お手」になっていた。


平成十三年 三月一日(木)

さくらもーる「アスク」のリニューアルオープン日だった。
なんとか無事に出来上がってホッとした。売場も広くなり、照明も明るくなった。壁面に飾った戸塚さんの板絵も売場の雰囲気に合っていた。今日はお客様が何人来てくれるか、いくら売れるか、なんて事ばかりを心配していたら、8年前の開店からずっと一緒に働いてくれている従業員の小林伸江さんが「お祝いだから作ってきました」と言って、わざわざ赤飯を炊いて持って来てくれた。嬉しくて涙が出た。開店準備で疲れていたろうに…。一番大切なことを、また小林さんから教えられた。


平成十三年 二月二十二日(水)

商業界ゼミ二日目。今年も全国から1000人もの商業者が「商いの心」を学ぶために、浦安市のホテルに集まった。
若い人たちに交じって初老の商業者が講師の若い先生の話をジッと聴きながら熱心にメモを取る姿に感動した。
「青春とは人生のある時期をいうのではなく、心の様相をいうのだ」という言葉を思い出した。あの人から見たら40、50はハナタレ小僧だ。人生はこれから面白くなる。
午前3時まで講師の福島千鶴子先生の部屋で仲間と語り合い、盛り上がった。
宵っ張りのハナタレ小僧はみんな元気だった。


平成十三年 一月十四日(日)

長女の恭子が子犬をもらってきた。
子犬は生後二ヵ月半、茶色の雑種で鼻から目の周りが黒。熊のプーさんに似ているのでプーちゃんと名付けた。
母犬は子犬を連れてゆかれて悲しんでいるだろう。プーちゃんも三日間、悲しそうに泣き続けたが、諦めたのか、忘れたのか、泣かなくなった。「忘れる」ことも生きてゆく上では大事なことだ。犬は人間よりたくましい。
「プーちゃん」と呼ぶとシッポを振って大喜びする。この犬は、自分がプーであろうとブーであろうと「へ」とも思わないようだ。
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