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平成12年1月〜12月



平成十二年 十二月二十四日(日)

 今年も、さくらもーるで、石坂びんがさんのシャンソン弾き語りコンサートが開かれて大勢のお客様が澄んだ歌声を楽しんだ。びんがさんは風邪をひかない為に一日に二十回もうがいをしたり手を洗うそうだ。ギターを弾くために演奏前に控え室で洗面器のお湯に両手をジーッとつけている後ろ姿が何かを祈っているようで感動した。ステージでの笑顔が余計に素晴らしく見えた。
オーシャンゼリゼ〜と、一緒に声を出して歌った。自分だけ演歌の節回しになっていて恥かしかった。


平成十二年 十一月十八日(土)

 桐生短期大学の公開講座でデザイナーの山本寛斎さんの話を聴いた。エネルギッシュなパワーに圧倒された。
心の若さが一番大切と言っていた。苦しいときは未来への夢を頭に描いて乗り越えるそうだ。
「昔、パリコレクションで失敗し、全てを失い絶望感を味わった時に授かった子供に山本未来と名付けて自分も一から出直した」と言う話に感動した。過去に執着せず未来を見ることが大切と思った。
ふと、女房(和子)の顔が浮かんだ。「カコちゃん」と呼ばれている。未来もカコも大切だ。


平成十二年 十月二十三日(月)
 
夕方、若葉養護学校の大出文子先生から「酒井かづみが銀メダルをとりました」と、シドニーパラリンピックの結果を真っ先に知らせてくれた。
かづみさんが走り高跳びを始めたのは若葉養護学校へ入ってから。彼女の能力を見つけ引き出した先生方も立派だ。
さくらもーるの生き生きフェアで優しく仲間の面倒をみていたかづみさんを思い出す。
早速、垂れ幕を作り、店に飾った。脚立を使わず跳びあがってセロテープを貼ったら背中を痛めた。この歳で高跳びは無理だった。


平成十二年 九月二十七日(水)
 
カスミのチラシに「生活」という人気コラムを執筆している形山睡峰さんの講演会をさくらもーるで開いた。「日本人が大切にしてきた心」について話を聴いた。「ありがとう」という言葉の意味の深さも教えてもらった。
講演前に一緒に食事をしながら定期的にものを書くことの大変さと意義について意見が一致した。
人生を豊かに生きるためには、@汗をかく A恥をかく Bものをかく ことが大事だと何かの本に書いてあった。
心配した六十二号は汗をかき、恥をしのんでやっと書き上がった。


平成十二年 八月四日(日)
 
四区のおまつりの慰労会があった。区の役員、婦人会、おはやし保存会、寿会、それに仮装グループが大勢集まってにぎやかだった。
神明宮初代・大楽院勝尊が「住民の心をひとつに…」の願いも込めて始めた大間々祇園祭は三百七十年、今年もお祭りのお陰で町内の心がひとつになった。
「やっちゃん、やっちゃん…」の手拍子でまた一気飲みをしてしまった。最初の三杯で出来上がってしまった。その後のことは忘れたことにしておこう。あとのまつりも祭りのうちだ。


平成十二年 七月十七日(月)

 商売の見習い修行をさせてもらった高崎の本店タカハシさんにお中元の挨拶に行った。今年八十五歳になる会長や亡くなった前社長のお陰で今がある。「−祈れ働けー 働くことは祈りである」。二十五年前に高橋会長に書いていただいた言葉は今も事務所に飾ってある。
あの時、教えてもらった商売の厳しさは今でも骨身に、人情深い暖かさは肌身にしみている。人はあったかいほうがいい。夏は暑いほうがいい。ビールは冷たいのにかぎる。ん〜もう一杯。


平成十二年 六月十八日(日)

 八十六歳で亡くなった小林ハルさんの四十九日の法要があった。足利屋に四十年以上も勤め、家族の一員だった。「人の喜びはわがよろこび」「あんころもちより心もち」と念仏のようにいつも唱えながら重い風呂敷を背負って行商に歩いていた姿が忘れられない。
ひたいにほくろがあり、仏様のような人だった。「ばあちゃんが死んだら、このほくろはやっちゃんにやるからな」と子供の時、約束した。ばあちゃんのほくろがいつも見ている。うっかりなことをすると、また叱られる。


平成十二年 五月二十日(土)

 「念ずれば花ひらく」の詩人・坂村真民先生の講演をついに聴くことができた。
九十一歳になる真民先生の願いは、日本語(言霊・ことだま)の素晴らしさと日本人が持つ穏やかな心を二十一世紀に伝えたいということ。全国から集まった七百人もの人が真民先生の言葉をかみしめた。
 帰りは宇部空港まで尊敬する鍵山秀三郎ご夫妻と同じ車に乗せていただいた。空港で食事もご馳走になった。飛行機に乗る前からすっかり舞い上がってしまった。雲の上の人と一緒のせいか、ビールのせいか…。


平成十二年 四月二十三日(日)

 朝、お店を開ける前に、渡良瀬川クリーン運動に参加した。渡良瀬川流域の市町村で一斉に掃除をして美しい川を守ろうという運動は今年で六回目。今年も空き缶、吸い殻、犬の糞が目につく。空き缶、吸い殻は拾ったが犬の糞は見ぬふりをした。
高津戸橋から神明宮の境内を通ってはねたき橋への道は木洩れ日の光の中を春の風が吹いていて心地いい。足尾線の線路脇には菜の花が咲いていた。なぜか有り難い気持ちになった。花に見とれて犬の糞をふんずけてしまった。クソ〜。


平成十二年 三月二十日(月)

 お彼岸の中日、本店の休憩スペースのテーブルの上にコーヒーがひとつ置かれていた。
一人暮らしだったAさんは「足利屋に来て、コーヒーを頂いてチョッとお喋りをしていくのが一番の楽しみ…」と言っていた。虹の架橋にも短歌を寄せてくれていた。次の短歌を持って来てくれる筈だった去年の六月十五日…。
それ以来、本店のみんなは、Aさんの冥福を祈って毎月十五日にはAさんが好きだったコーヒーを入れている。Aさんは今も足利屋の大切なお客様である。


平成十二年 二月十二日(土)

 尊敬する鍵山秀三郎さんに会うために箱根のイエローハット保養所へ行った。ゆっくりと露天風呂につかり、夜はおいしい料理をご馳走になり、じっくりと鍵山さんの話を聴いた。「物事に動じないことは大切ですが、したたかな人間になってはいけません」という言葉がとても印象に残った。
 同じ部屋で鍵山さんと二人で寝ることになり、新婚初夜より緊張した。鍵山さんが寝ついたら、こっそり爪の垢でももらおうと思ったがやめた。まだ、したたかになっていない自分に安心した。


平成十二年 一月二十一日(金)

 今月も虹の架橋に対する感想のハガキやファックスがたくさん届いている。去年1年でもらったハガキや手紙は分厚いファイルに八冊にもなった。今日もYさんから楽しいハガキを頂いた。『虹の架橋五十三号の「させていただく」ことの大事さ、商売もボランティアもさせていただく、それが自分の喜びでもありますね。(中略)…あれ?そういえば今年の正月、私は姫(奥さん)にまだ、させていただいていません。』
これは夫婦のエンリョ交際かもしれない。



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