ツール・ド・草津 完走記 (前編)

1997年4月20日
大川 圭吾

<後編へ>


[ちょっとお待ちを。] 1.デモンストレーションコース

 「1分前、30秒前、10,9,8,7………3,2,1、ドン」、と言う音でスタートです。まずは温泉街を回る5kmのデモンストレーションコースを走ります。この5kmはレースではありません。主催者側も粋なことを考えるものです。先導者に導かれ、ゆっくりと温泉街を下っていきます。温泉街の人々の声援が心地よく聞こえました。
 スタート地点に戻りますから、下った分だけ登らなくてはなりません。少しづつ登りになってきました。気がつくと横に「唐草太郎」異名を取る人(ウエアから手袋、ヘルメットに至るまで全て唐草模様)がいて、ひときわ高い応援を受けています。彼はMTBのクラスでロードの後ろに並びましたが、この上り坂を利用して順位を上げてきたようです。
 スタート地点が近づくにつれて登りが急になってきました。気がつくと一緒に走っていた渡辺さんが10mくらい前を走っています。この時点で今回のレースは渡辺さんには勝てないと感じました。スタート地点が近づいてきました。すると横に須藤君(彼もMTBでロードの後ろに並んだ)がいて、「大川さん、なんでこんなとこにいるの?」と声をかけてきました。そんな事を言われたって、息はハアハア、ゼイゼイでとても苦しくなっていたのです。なんと、スタート地点の前で苦しくなってしまったのは、80回以上の大会出場で初めてです。ここで歩いている人もいたのですから、どれだけ坂がきついかが分かってもらえるでしょう。

2.スタート地点通過

 スタート地点の直前の急坂を上る時、(あと残りの750mを上り切れるかな)と不安でした。そこで、スピードはともかくとして、いちばん疲れない速さで上ることにしました。渡辺さんと須藤君は、もうとっくに見えなくなっています。MTBの女性も私を抜いていきます。でも我慢、我慢、(今日の一番の目標は、標高差800mを一度も休まずに上り切ることにあるのだから)と考えながら、ただひたすらにペダルを漕ぎました。標高差800mと言うのは、ざっと日光いろは坂を連続して2回上ることに相当します。そう例えれば″きつさ″が分かってもらえるでしょうか。
 そのうちにスタート地点の時の息も落ち着いて来て、余裕が出てきました。とは言っても先は長く、ここでスピードを少しでも上げると上りきれないでしょう。スキー客がそばで応援してくれています。遠くに見えるのは谷川の山々でしょうか、頂きの残雪がとても美しく感じられました。また、遠くの山々だけではなく、すぐそばの景色も残雪あり、小さな氷のはった湖沼ありで素晴らしい。でも、苦しくて景色をじっくりと眺める余裕はあまりありませんでしたけれど。わずかですが、やはり疲れる人もいるらしく、何人かを抜くことができました。
 走り始めたばかりだと言うのに、パンクを直している人がいました。ああ、かわいそうに・・・・・。<後編へつづく>


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佐野鉄人クラブ
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