村上鬼城の部屋



(撮影地:サヤモール)

   アウシュヴィッツを体験した精神病医学者V.E.フランクルは、「一つの炬火が消え失せても、それが輝いたということは意味をもっていたのである」と言う。炬火は消滅への過程である燃焼によってその存在を全うする。輝くには燃えることが必要であり、燃え尽きることに耐えねばならない。
 志賀直哉は「城の崎にて」で、「死ぬに極った運命を担いながら、全力を尽くして逃げ廻っている」鼠を描写し、「死に到達するまでのああいう動騒は恐ろしい」と書いた。
 「死ぬに極った」冬蜂が、それでも死にどころなく歩いてゆく。死に到達するまでの静かではあるが凄まじい歩み。生きて在ることの恐ろしくも耐えるべき実相である。
 大正四年、鬼城五一才の作。

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