雑 記 帳(2001年)

つれづれなるままに日暮らし、心にうつりゆくよしなしごとを
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
(『徒然草』序段より)

      ・雑記帳2002年  ・雑記帳2003年


記 載 日

雑   記

2001/12/30
 27日と28日は休暇を取って冬休みに入る。今年も年賀状はせっぱ詰まってからの取っ掛かり。4年前からパソコンで年賀状を作るようになってからそんなに手間がかからないという意識があるせいか、ますますのんびりと構えてしまう。
 28日は恒例の餅つき。我が家ではいまだに昔ながらの臼と杵でぺったんぺったんやる。つきたての餅を餡(あん)でくるんだ「あんころ餅」が毎年12月28日の朝食である。お供え用の鏡もちを作り、青海苔とシソの実をまぶした海苔餅をつく。
 21世紀の幕開けとなった2001年ももう終わり。今年もいろいろなことがあった1年でした。個人的には、このホームページを開設し、インターネットを通じたお友達が増えたことがいちばんの出来事でした。来年はどんな年になるのでしょうか。それではよい年をお迎え下さい。来年も懲りずによろしくお願いいたします。

2001/12/16
 仕事に追われて、忙しい日々を過ごしている。ページの更新も滞り、ちょうど1週間飛ばしてしまった。ご来店いただいている皆さま、見捨てないで下さいませ。
 前回、書くのを忘れていたが、やっとコンピューターにワクチン・ソフトをインストールした。何やら怪しげなウイルスメールが流行しており、ご多分に漏れず私のところへもそのメールが何度か届くに至り、「ノートン・アンチウイルス」を購入した。まだ、要領を得ない部分があるが、一応はひと安心というところ。
 2週分、書くことがありそうなものだがまとめて書こうとするとけっこう思い出せなかったりして・・・。でもそれぞれのページを更新しているので、そちらをご覧下さいませ。

2001/12/02
 この1週間は、世間的にも個人的にも慌ただしい感じでした。世間的には、11/29に元ビートルズのジョージ・ハリスンが亡くなり、12/1には皇太子ご夫妻に内親王が誕生。同じ日にサッカーワールドカップ2002の組み合わせ抽選会などなど。個人的には仕事に追われっぱなしの1週間でした。
 ジョージ・ハリスンの死については、ビートルズも含めて特に熱心なファンというわけではないけれど、何となく寂しい感じはします。ジョン・レノンが凶弾に倒れて20年、ビートルズのメンバーだったポールとリンゴも60歳前後。少しずつ時代が変わっているということを改めて認識させられます。
 内親王の誕生については、手放しで喜んでもいいでしょう。世間に明るい話題が少ない中にあってほっとできる話題ですね。ただし、報道の行き過ぎや世間の騒ぎ過ぎは控えましょう。
 サッカーワールドカップの組み合わせ抽選が行われ、1次リーグの対戦相手が決定しましたね。チケットの申し込みはしなかったけれど、茶の間でたっぷりと堪能できると思うと今からとても楽しみ。我が日本代表にはとにかく決勝リーグに勝ち進んで欲しいな〜。
 12/1おニューのスキーを受け取ってきました。こちらも楽しみ。

2001/11/25
 ようやくかぜの症状も治まり、ほぼ通常の体調に戻った。
 この3連休の過ごし方について。1日目は完全休養で何もしなかった。後になってみればもったいないと思うものの、仕事の疲れなどから開放され、何かをしようとする気力は全く起きない。2日目・3日目は年末を控え障子の張り替え。2日間で計8枚を張り替える(1日4枚ずつ)。毎年のことなので、要領は良く得たもの。とっかかってしまえば早いが、さあやろうという気になるまでが長い。それでも今回は早かったかな。

2001/11/19
 13日から体調を崩しはじめ、14日の東京出張後からひどくなる。のどの痛み、咳、鼻水、夜は少々熱っぽい。15日の夕方薬屋へ寄って感冒薬を買う。その際、売れ筋ベスト10の張り紙があって妙におかしかった。
 18日夜から19日明け方にかけてのしし座流星群を日光・霧降高原に出かけて見る。国立天文台からは、日本において過去200年で最大の出現というアナウンスがあった。写真も撮る予定で出かけたが、現地ではただ見ることだけに専念した。今度はいつ見られるかわからない「流星雨」をしっかりと脳裏に焼き付けたかった。写真は「天文ガイド」などの雑誌にたくさん掲載されるだろう。
後ほど、当日のレポートをアップしたいと考えている。

2001/11/12
 11月11日、今市市文化祭出演後、車を走らせて「日塩もみじライン」へ。有料道路入口から中腹までは見事な紅葉だった。それより上は紅葉は終わっていた。スキーに行くのに冬季は何度も通っているのに紅葉の季節に「日塩もみじライン」を走るのは地元にいながら初めてのこと。あんなに奇麗だとは思っていなかった。「もみじライン」の命名は伊達では無かったのだと感心してしまった。ご当地では日光のいろは坂や日光周辺の紅葉が観光客には有名なのだけれど、「日塩もみじライン」はけっこう穴場なのかも知れない。
 11月12日、今日は休暇を取って仕事はひと休み。自動車免許証の更新手続きが済んで、新しい免許証を受け取る。写真を見てがっかり。自分の顔ではないみたい。どうして免許証の写真って、満足のいく写りにならないんでしょうか。多くの人がそう思っているに違いない、と思っているのは私だけ?
 免許証を受け取ってすぐその足で霧降高原へ。こちらも紅葉は終わっており、すっかり冬支度の装い。でも紅葉を見に行ったわけじゃなくて、来週の下見に・・・・・。来週って何があるんだっけ?と思ったあなた、この一週間のニュースにご注目を。

2001/11/04
 今年の2月のこと。車での通勤途中、信号のない横断歩道わきで集団登校中の小学生が横断の機会をうかがっていた。反対車線の車が止まったので、私も止まって小学生の横断を見ていた。渡り終わった小学生のうち5、6年生と思われる高学年の子が道路の方を振り向いて帽子を取り、ドライバーにおじぎをした。ちょっと感激したので、事の顛末を手紙に書いてその小学校の校長先生宛に送った。「ぜひ褒めて下さい」と書いたら、その校長先生から返事をいただいた。手紙を全部の先生方にコピーして読んでいただいたことや、朝礼で全校生に紹介してくれたのことで嬉しく思った。
 そしてつい先日、同じ場所で同じように集団登校中の小学生が横断の機会をうかがっていた。あの日と同じように横断歩道の手前で車を止めて横断を促し子どもたちが横断し終えるのを待った。横断を終わった小学生は・・・・高学年の子供だけでなく、1、2年生と思われる子どもたちも上級生のまねをして帽子を取っておじぎをしてくれた。涙が出るくらい感激した。
 大人がきちんと子供を導けば、子供は正しい道を歩いて行くんだと改めて感じた次第。

2001/10/28
 ダンスの舞台稽古のため朝から日光へ。折しも紅葉のさなかで、日光方面へ向かう車が相変わらず多い。この時期は毎年のことで半ば諦めているが、抜本的な解決が望まれる。例えば上高地が実施しているように、個人車両の乗り入れを規制することはできないものか。自然の観光資源を守るためにも有効だし、せっかく来てくれる観光客を渋滞に巻き込まなくて済むと思うのだが。
 それはともかく、紅葉は奥日光から山内(さんない・東照宮周辺のこと)に降りてきており、まもなくピークを迎える。市内の裏通りを歩いてみると、観光スポットではない、こんなところに見事な紅葉が・・・という所もあって面白い。なんか自分だけの発見みたいで、得した気分にもなる。

2001/10/21
 すぐ下の記事に運動会でのビデオについて書いたら、10/18の読売新聞に「運動会や学芸会-ビデオ、写真撮影自粛、禁止の動き」という見出しの記事があった。ある幼稚園では保護者から反発もあったが、「初めて子供の演技をじっくりと見ることができた」という経験談も寄せられたという。撮影に追われていると、自分の子供ばかりを追ってしまい、全体が見渡せなくなってしまうようだ。保育者側も「子供は一人でなく集団の中で成長している。全体を見てほしい」と呼びかけているとのこと。「モノより思い出」という自動車会社のCMコピーがあったが、「思い出」の作り方も考えないといけないということですかね。
 10/20、佐田玲子さんの宇都宮インストアライヴに行く。詳しくは「まさし&玲子」のページへ。

2001/10/14
 妹が勤める幼稚園の運動会に出かける。小さな子どもたちの一生懸命な演技に心を動かされる。それにしても、どこの運動会でも最近はそうなのでしょうが、親御さんたちのビデオや写真の撮影に忙しそうにしていること・・・。写真はともかく、ビデオは後でどのくらいの頻度で見るのでしょうか。ビデオで撮られた子どもたちが大人になってから自分の小さいころの動画を見たときにはどんな感想を持つのでしょうか。私の世代では、子供の頃の動画はほとんどありませんから、むしろ幸せだったりして・・・。

2001/10/08
 某テレビのトーク番組で俳優の高松英郎さんがこんなことを言っていました。出演していた女優さんたちから「怒ったところを見たことがありません」と言われた高松さんは「誰かが汗を流していることを考えるとね〜」と。自分の知らないところで、汗を流している人がいるということに思いを馳せることができる、ただそれだけでその人柄に尊敬の念を抱きました。
 日本時間の今朝未明、アメリカとイギリスによるアフガニスタンへの攻撃が始まりました。アメリカにおける同時多発テロに対する報復だけでなく、歴史的・政治的・宗教的な背景が根本にあるようですが、一刻も早く悲劇的でない解決を望みたいと思います。

2001/09/22
 先日スキーショップからのダイレクトメールで2002シーズンモデルの展示・販売の案内をもらったので、叔母の家も近いのでどちらがついでかわからないままに出かける。だいたい毎年行っていたのだが、昨年は行っていなかった。ここ2〜3年スキーに行く回数も減っていたので、あまり気持ちが向かなかったのも事実。しかしながら、ここ数年のスキー板の進歩は目覚ましく、手持ちの板も古さは感じさせないが、スキー技術が全く今までと違ってきたのでそれに対応してみたいことと、多少は流行にもついていきたいという思いで、自分の技術と懐具合に鑑み、これならという品物に目星をつけていった。幸いにも店長と話をすることができて、というかプロの目から見てこの人は明らかに何かを求めに来ている(=買いに来ている)とわかったんだろうな、きっと。向こうから声をかけてきた。まあそんなわけで、新しい板を買ったというわけ。'01〜'02シーズンは楽しみができた。

2001/09/15
 日本時間11日午後10時頃にニューヨーク・マンハッタンで起こった惨事には、言葉がありませんでした。今日現在もさまざまなニュースが伝えられています。あんな事態を誰が予測できたでしょうか。行方のわからなくなっている方々の安否が心配です。また、事件を起こした組織(犯人)の一刻も早い検挙を期待します。ただし、米国政府の報復宣言や関係諸国をも巻き込みかねないことが懸念されます。

2001/09/10
 ホームページを開設してちょうど10日。日頃お邪魔しているサイトや掲示板にHP開設のお知らせをさせていただいたためか、10日で約300アクセスをしていただきました。ありがたいことだと感謝しております。もちろん、リピーターの方もいらっしゃるだろうと思います。折に触れて更新をしていかなければ飽きられてしまうだろうとも感じています。まあ、無理せず、ゆっくりと運営していこうと思います。

2001/09/01
 やっとマイ・ホームページをオープンしました。どんな方が訪れてくれるのでしょうか。
これから楽しみです。せっせと、内容の充実に努めねば・・・と心に誓う管理人でした。