笑福亭鶴瓶の日曜日のそれ
ゲスト:さだまさし

2006年6月11日(日) 16:00〜17:30 O.A. ニッポン放送(関東ローカル)


1時間30分の番組で、よくしゃべる二人ですので、はっきり言って一言一句漏らさずに文字起こしするのは容易ではありません。
そこで、要約という形で番組の内容・雰囲気をお伝え出来たらと思い、以下にまとめました。フゥ〜(ため息)。
なお、【見出し】はムーンライトが話の内容から勝手に付けたものですので、ご了承下さい。(2006/06/17 記す)

・ジングルのあと、いきなりしゃべりだす鶴瓶さんとまさしさん。
・鶴瓶さんの奥さんの実家が四国の松山らしく、松山に行くにあたってまさしさんにこの季節の美味しいものを尋ねたことがあるらしく、まさしさんを「イエローぺージ代わりに使ってしまって済みませんでした」というところからおしゃべりがスタート。まさしさんはフグをお勧めしたそうです。
・おしゃべりな人は長生きする?。
・フォーク系の会社で30年以上も続いているのは珍しい。
・NHKの「ヤマナ」(「家族に乾杯」などを手がけたディレクターのようです)が松山に転勤になった。

【NHK「家族に乾杯」裏話 その1】
 レギュラー番組になった時、悪い方向に行きそうになった。「田舎に泊ろう」のような感じ。「田舎の人に待たれたらおしまい」とまさしさん。鶴瓶さんが「(番組スタッフを)徹底して教育した」。スタッフを怒るし、泣かす。

・「ヤマナ」ディレクター
 打ち上げ(送別会?)でまさしさんに言われた言葉を挨拶で紹介した。「NHKであって、NHKらしくない、NHKでしかできない番組をやろう」と言われた。「今悔しいのは、NHKだからできる番組だと言われる。いちばんNHKらしい番組だと言われる。」本当はいちばんNHKらしくない番組で、台本もない。最初に「ヤマナ」が台本を書いてきた時にまさしさんは怒ったという。「どこに行こうが俺たちの勝手だ!」。

・岐阜県谷汲村に行った時のこと
  鶴瓶さんはまさしさんに、歌わそうとした。照明やトラックの舞台など、鶴瓶さんのプロデュースは最高だった。

ムーンライトのつぶやき
 今でこそ本当に台本がない、ぶっつけ本番の旅を売りにしている「家族に乾杯」ですが、最初は台本通りに進めようとしていたんですね。昨年末の紅白歌合戦の制作ドキュメンタリーを見ても、NHKが事細かに段取りを決め、その通りに進行しようとする姿勢でいることが分かりました。「家族に乾杯」は台本がないというだけでも、NHKらしくない番組と言えそうですね。

曲:「夢」

・まさしさん「攻めないテレビを始めた」紅白の後の「年の始めはさだまさし」

【NHK「家族に乾杯」裏話 その2】
 先日オンエアされたばかりの中田久美さんを迎えて小田原を旅した回の取材について。
 足柄刺繍で鶴瓶さんが怒った(まさしさんは最初“ししゅう”と聞いて「詩集」と勘違いして話を聞いていました)。中田さんが足柄刺繍を見たいと希望を出していたので、スタッフが事前に調べたが分からなかった。現地で地元の方に取材して行く中で分かっていく。刺繍の作品を作っている菊地さんを探し出し、インタビュー(このあたりはTVでもオンエアされましたね)。その中で菊地さんの「デタラメがいちばん難しい」というせりふの所が最初の編集でカットされたことを知った鶴瓶さんが激怒。スタッフに電話をかけて注文をつけた。
(結果として、オンエアではあの部分はカットされずにしっかりと伝えられましたね)

ここで鶴瓶さんの携帯電話が鳴る。番号が非通知だったので奥さんからの電話かと思い(奥さんからの電話は非通知になっているとのこと)電話に出ると、偶然にも「ヤマナ」ディレクターからの電話だった。鶴瓶さんもまさしさんもびっくり。「今、ラジオでヤマナのことしゃべってたんだ」と。まさしさんに電話を代わると、「近々松山に行くから、その時にゆっくり飲みましょう」と約束。

ムーンライトのつぶやき
 オイオイ、ラジオ収録中に・・・。録音なんだからそれこそカットも可能だろうのに・・・。もっとも民放のニッポン放送でNHKの番組のことを大々的に話している時点で、そのくらい“ゆるい”番組ということでしょうか(笑)。

話は戻って・・・
 カットされたのは、鶴瓶さんがちゃんとフォローしていないのも悪いんじゃないか、とまさしさん。「デタラメがいちばん難しい」という言葉がいかに凄いかということを、その場でディレクターや視聴者に分かるように伝えないといけない。「俺がそこにいればよかった」とまさしさん。その辺はまさしさんはうまい、と鶴瓶さん。「まっさんは説明しすぎているところが面白くなる」とも。

曲:「長崎から」


【大阪 ホテルプラザでのこと】

 まさしさんが上高地に行くつもりが新幹線にとび乗ってしまい、ビュッフェでカレーを注文している間に名古屋も通過し、新大阪で下車。時刻表を買ったら乱丁本で(乱丁本と落丁本の解説あり)、そこを開いたら福知山線のページ。誘われたかのように丹波篠山へ行き大手食堂で食事をし、夜遅くタクシーで大阪に戻ってホテルプラザに宿泊。翌朝、鶴瓶さんと会って話をし、仕事に向かった鶴瓶さんを送ったら入れ替わりで横山ノック師匠と話し込む。そうしているうちに鶴瓶さんが仕事から戻って再びまさしさんと会っている所にもんたよしのりがやって来た。そこでまさしさんが子供の頃に空を飛んだ話(「月虹」にも収録)をしたところ、その話を信じない鶴瓶さんに対して、もんたよしのりは「俺〜、さだやったら〜、ほんまに飛んだ〜思うわ〜」(まさしさんがもんたさんのモノマネで)と言った話。

メモ:ぐーたらTさんからの情報です
まさしさんが上高地に行くつもりで丹波篠山に行ったのは
19812月28日〜3月8日の間のことで、3月9日の高槻市民会館でのコンサートにてその時の様子がトークで初めて紹介されたそうです。つまり、初演ですね。そのコンサートにぐーたらTさんは行っていたそうです。
ファンにとっては、こういう出来事がいつの事だったかと日時が特定できると、何だか嬉しくなってしまいます。

鶴瓶さんは交際範囲が広い。
鶴瓶さんの師匠、笑福亭松鶴師匠が落語のCDを出すときに、まさしさんの同級生の範ちゃんに世話になった。

曲:「それぞれの旅」

【名作落語】

 まさしさんが桂三枝師匠からこんな話を聞いた。「落語の本当の名作は残っていないんじゃないか?」。なぜかというと、志ん生(故・古今亭志ん生)が生きている頃、他に「火焔太鼓」を演じる奴がいなかった。今は音源(CDなど)が残っているから、志ん生がいなくなった今でも「火焔太鼓」を聴くことができる。文楽(故・桂文楽)が生きている時には「明烏」を演じる噺家がいなかった。録音機がない時代だったら、志ん生は「火焔太鼓」を持って死んで行ったのではないか。すると「火焔太鼓」という噺は永遠に表に出て来なかったのではないか。速記本などで残ったにしても面白みは伝わらない。だから、今残っている噺が必ずしも名作ばかりが淘汰されて残ってきたという考え方は果たして本当にそうなんだろうか、と三枝師匠が言ったことがある。

【ライブ】
 (鶴瓶)噺家はラジオやテレビでやらない落語をなぜ舞台(高座)でやるかというと、(客に)来てもらって客の目と腹でやりたいのだ(つまり「ライブ」ということ)。松鶴師匠の音源はなかなか無かったのをなるべくいいのを探して範ちゃんにやってもらった(CDにした)。
 鶴瓶さんは自分の中に残っている師匠の芸を思い返しながらやる。例えば「愛宕山」という演目は45分かかる。師匠の「愛宕山」をベースに自分なりに変えていく。変えたやつを見に来て欲しい。45分もやったら、くたくたになる。でも、くたくたになりながらでも、変えたところも見て欲しい。そのうわさが、下手だけれども熱意が伝わるというところで客が来てくれる。録音録画では聴けない、見えない所があるから、舞台を見に行きたいと言うところが大事。

 (まさし)ライブを何でこんなに(今までで3400回以上)やるのか?
 ライブは、その会場にいる人にしか伝わらないものがある。その空気感は音源や映像には絶対に残せない。そこにいたお客さんの頭に残ることが大事。
 どこで歌ったかは憶えているが、何をやったか(歌ったか)は憶えていない。一方で、明確に何をやったかということが沈殿していくコンサートもある。例えばミスや失敗。
 グレープが新宿ルイードでライブをやった時のこと、風邪をひいていて歌っている途中で咳き込んだ。そのコンサートに来ていた人がそのことを憶えていて、今日もコンサートに来ている。こういう人は、どこまで歌い手を理解しているかという厚みがある。こういう人が期待しているのは出来・不出来ではなくて、アーティストの存在感。いちばんいい客は会いに来るだけのお客さん。

(鶴瓶)僕の客でも同じ演目を何度も聴きに来る人がいる。同じ演目でも変化していく。客としてそこに居ることが心地よくなっていく。


【芸人と客】
 (まさし)桂小金治さんに新幹線の中で「芸人というのはお客を育てないとだめなんだ。いい客がついているかどうかは、その芸人を見れば分かります。幸いあなたにはいいお客がついていて、育ててもらっているさ中だから、やがて恩返しがしたいなと思ったらお客を育てる芸人になって欲しい」と言われた。なるほどと思った。
 例えばいつも来てくれる人が、ヒット曲が出るとお客さんが荒れるという言い方をする。つまり、ヒット曲が無い時の客のほうがいい客だということ。いろいろと話題になると、アーティストをよく知らない人が入ってくる。

(鶴瓶)突然何かで話題になると、いつも来てくれるお客さんが入れなくなる。いつものように聴いてくれる客ではないので、お客が荒れる
(まさし)客が入ってくれることは有り難いことなんだが・・・・。やがて時間が経つと落ち着いてくるが、この辺りも芸人自身が調節できないと、流されていってしまう。

【林家三平師匠】
 (鶴瓶)落語家が年配となり、偉くなってしまいつつあるが、若い芸人達と張り合ってやっていきたい。三平師匠は一線にいながらずっと舞台に出ていた。談志(立川談志)が三平を愛しているのはそこのところ。
 三平が亡くなった時、談志が末広亭で「みんな、三平が上にいておっちょこちょいだから、みんなで“三平!!”って言ってやろうよ」と客席に呼びかけた。それは談志の本心だったろう。

【鶴瓶と師匠】
(まさし)鶴瓶は松鶴を目指しているのか?
(鶴瓶)師匠の生きざまは受け継いで行こうと思う。芸は師匠をベースに自分らしさを加えていきたい。
(まさし)鶴瓶ほど松鶴師匠を大事にしている弟子はいない。師匠の家を買って席に直すとか、いい音源を探して松鶴の実績として残したいとか、松鶴を愛している。
(鶴瓶)師匠の落語を37席、文字に起こしている。師匠に落語の稽古をつけてもらったことはあまりないが、文字起こしをさせられたことが稽古になっている。それは師匠の親心。師匠に「稽古つけて下さい」と申し出ても「いやや」と言われた(笑)。弟弟子が三人そこで稽古をつけてもらっているのに。
   (理由は、ミルクティーの出し方が悪かったせい?その時の師匠の虫の居所が悪かったのか。
    一方で鶴瓶は人気上昇中で、師匠が稽古をつけるきっかけを失ったか)

曲:「しあわせについて」

【エンディング】

(まさし)鶴瓶ちゃん、ひとつ聞いていい?これ何の番組?
(鶴瓶)もう帰って、もう。帰って。
(まさし)これ何してんの?番組?。俺、雑談しに来たの?これテープ回ってんの?録ってどうすんの?何かに使うの?
(鶴瓶)使うよ。
(まさし)こんなに長くしゃべって?
(つるべ)使うから帰って。
(まさし)どのくらい使うの?
(鶴瓶)ほとんど使うわ。
(まさし)え〜〜〜。ほな2時間にしようか?
(鶴瓶)もう堪忍して。そこがしつこいねん。
(まさし)そうかな?
(鶴瓶)わたしは何言うてるか分からへんし、あんたは説明し過ぎやし。
(まさし)あいだがいるといいんだな。
(鶴瓶)もんたや。みのもんた、ちごうた、もんたよしのりや。
(まさし)俺〜、違うと思うわ〜(もんたよしのりのモノマネで)
(鶴瓶)どうもありがとうございました。今日のゲストはさだまさしさんでした。
(まさし)お邪魔さんどした。
(鶴瓶)ほんまや。

曲:「がんばらんば」

ムーンライトのつぶやき
 いや〜、濃〜い内容でした。本当によくしゃべるお二人でした。大手食堂に行った翌日にホテルプラザでもんたよしのりに空を飛んだ話をしていたことは、初めて知りました。また、ヒット曲が無い時のお客(ファン)こそいい客だと言う言葉には、なるほどなぁ〜と感じさせられました。

        〜おわり〜