さだまさし「Mist」コンサート

             日  時 2008年04月5日(土)16時30分開場 17時00分開演
             場  所 川口リリアメインホール(ソロコンサート通算35??回目)
             シ ー ト 1階24列17番


◆コンサート・メニュー

CONCERT MENU
1ベル(予鈴)17時00分 / 2ベル(開演)17時05分 / 終演20時00分

  1.道化師のソネット
   
MC1
  2.白雨
  3.眉山
  
 MC2
  4.雨やどり
  5.パンプキンパイとシナモンティ
  
 MC3
  6.窓
  
 MC4
  7.桜桜咲くラプソディ
  8.加速度
  9.主人公
   
MC5
 10.都忘れ
 11.賢者の贈り物
   
MC6
 12.赤い月
 13.1989年 渋滞(ラッシュ)
 14.胡桃の日
   
MC7
 15.霧-Mist-
 16.かささぎ
  
< 緞 帳 >
 EC1.51
 EC2.落日
  
< 緞 帳 >

 MC 1
  ・もう4月
  ・コンサートには癖がある

 MC 2
  ・ドラマ「眉山」、自分の中でどう収めるか
  ・新しい小説「茨の木」
  ・今年1年は「忙しい」で終わりそう
  ・昨年は謝ってばかりの1年だった

  
・横綱朝青龍問題と相撲の話
 

 MC 3

  ・さだパパ、大腿骨骨折・入院

 
MC 4
  ・「窓」制作裏話
  ・コンサートツアーは置き薬屋
  ・メンバー紹介

 MC 5
  
・「主人公」「加速度」について
  
・デビュー35周年
  ・一昨日は大阪フェスティバルホールの50周年記念コンサート

  
・小さな人生をどう考えるか
  ・日本語が下手になっている
  ・大爆笑、新幹線の車掌アナウンス
 
 
MC6
  ・自分の引き際は自分で決める必要がある
  ・「夏 長崎から」と「夏 広島から」

 MC7
  ・自分の桜を決めて酒を酌み交わす

■開演前
 この日のチケットは当初は申込しませんでした。Web上のさだ友さんから譲っていただきました。新年度で仕事も始まっていましたが、土曜日であること、開演がへ平日よりも早いこと、会場が駅前ということなど、種種の条件がそろっていたので、参加することが出来ました。本当は4/3の大阪フェスティバルホール50周年記念コンサートへのお誘いもいただいていたのですが、翌日のどうしても外せない仕事のために断念していたこともあり、その腹いせ(?)と「Mist」ツアー終盤を見届けるのにも好都合でした。座席も1階後方でしたが、ステージ全体を見渡すのには良い席で、楽曲に合わせた照明を楽しむことが出来ました。
 当日は午前出勤の後、宇都宮発14:50の新幹線で大宮着15:25、京浜東北線に乗り換えて15:45頃川口駅着でした。越谷、大宮以上に駅前で、羨ましいほどの立地条件です。開場までの間、ホール裏のツアートラックの撮影やら、ホール裏にあるちょっとした公園の桜を見たりして、時間を潰しました。
 ホールの中は客席数といい、ホールの感じといい、宇都宮市文化会館に良く似ていると感じました。

※以下、MCの中心となる内容は、初日9/15越谷、1/17の大宮、1/29の宇都宮と同じですのでコピーしました。
 ただし、会場によって異なる内容については追加したり、削除したりしてあります。


1.道化師のソネット
MC1
・もう4月。ついこの間正月にハガキを読んでいた。梅前線を桜前線が追い抜く季節になった。電話もしないのにこんなに集まって(笑)。
・コンサートには癖がある。知っている曲で始まると知らない曲が多い。知らない曲で始まると知っている曲が多い。今回は通好みのコンサートに仕上がっている。

2.白雨
3.眉山
MC2
・フジTVのドラマ「眉山」(この日の前日の4/4オンエア)を自分の中でどう収めるか。自分が作ったものをおもちゃのようにして形を変えて楽しんでもらえればいい。
・新しい小説「茨の木」は5月中頃に発売になる。小説を書くようになってから曲作りが早くなった。小説を書くことで表現方法を二つ持ったことにより、小説で表現しやすいものと、曲にして表現するものと、棲み分けができるようになった。
・今年1年は「忙しい」で終わりそう(まさしんぐWORLDカーニバル、35周年コンサート、ロサンゼルス公演・・・等々かな?)
・昨年は謝ってばかりの1年食品偽装・ボクシング・相撲。
・横綱と朝青龍問題、相撲の話
 中途半端に謝るのだったら謝るな。私だったら「サッカーポールを抱えて行って『何か?』って言う」(爆)。相撲の土俵は祭壇。相撲は神事。女性が土俵に上がれないというのは差別とは違うもの。女性が土俵に上がろうとしたところを高見盛が引き止めたのは良かった(このエピソードはこのトークで知りました)。横綱に幣束が下がっているということは、横綱という存在は横綱によって仕切られた結界の内側であるから、神と同等である。それゆえ、それだけの品格を備えなければならない。横綱は強いだけではだめ。史上最強と言われた関取は雷電為右衛門。69連勝(当時は年二場所・11日制だったから、3年間負けなかったことになる)した横綱双葉山は連勝が途絶えた日に「未だ木鶏たりえず」と自己の未熟さを自覚していたという。その横綱双葉山が興した部屋が、師匠が若い弟子を稽古以上の暴力(リンチ)によって死亡させてしまった時津風部屋。また、横綱栃木山は全勝優勝した次の場所に突如引退を表明。周囲を驚かせたが、髷が結えなくなったからという理由もあったらしいが、「今が華だから・・・」と引き際を考えてのことだったらしい。ただ、引退後しばらくしてから、第一回大日本力士選手権会に出場して、現役力士の強豪天竜、玉錦を破って優勝したという。この栃木山が興したのが春日野部屋。
品格を持っていた先代たちの志が申し送りされていないのではないか。
・日本は身近なところに神様がいる国。台所や便所にさえ神様がいるとする国。
4.雨やどり
5.パンプキンパイとシナモンティ
MC3
・さだパパ大腿骨骨折事件
 さだパパが夏前に大腿骨を骨折した。夏広島からには車椅子で参加。玄関で骨折したが、母・喜代子さんには自室にいて気がつくまでに1時間ほどかかった。気づいてもらうために手に取ることのできる靴べらなどで辺りを叩いたりして知らせようとした(「修二会」の時の宅間みたいと。今日は「修二会」はやりませんが「胡桃の日」をやりますから、とまさしさん自らネタバレ)が、なかなか気づいてもらえなかった。本人には目標(たぶん夏長崎からへの参加)があったから、前向きに治療やリハビリに取り組んだ様子。手術の時に麻酔で痛みが無かったことが嬉しかったらしく、「喜代子、お前もやってもらいなさい」と言ったところが、普通は「はいはい、また後でね」ぐらいの返事をするところが普通の妻の対応であろうところを、喜代子さんは「私はよか」(爆)とそっけない返事。取りつく島の無かったさだパパは、家でお手伝いをしてくれているかよちゃんに、「かよちゃんもやってもらいなさい」の問い掛けに「おじさん、私はどこをやってもらえばいいの?」、さだパパの返事は「あー、かよちゃんは顔をやってもらいなさい」(大爆)。実話だよ。話、作ってないから。かよちゃんはしばらく落ち込んだそうで・・・。
 病院食はまずい。作ってくれる人には悪いが・・・。ミシュランもこういうところに目をつけないといけないんじゃないか。
みんなが知らないような美味しい店を集めて作ろうか?、「見知らん」(爆)。
 病院で外と結びつけるのは窓だけ。
 誰かを勇気づけることは難しい。誰かを勇気づけるために歌作りをする。
6.窓
MC4
・この詩を書いたのは1年前。ちょうど矢野真紀が入院していた頃だった、と後で知った。
 歌は作っているのか、作らされているのか?
・自分の役割は、置き薬屋と同じ。旅をしながら減った薬を補っていく。「○○の薬が無くなっていますね、じゃあこれを置いていきますね、はい『Mist』」(笑)。
・メンバー紹介。
 ピアノ-倉田信男・・・行者と山登りをする。修行僧のよう。仏教界ドラフト1位候補(笑)。
 Aギター-石川鷹彦・・芸風はボケ。観音崎で合宿レコーディングの時、ペリーが上陸したという浦賀に行こうと誘ったら
            「俺はいいよ」って断られた。「だって、(ペリーは)もう帰ったんだろう?」(大爆笑)。
 マリンバ・パーカッション-宅間久善・・・産経新聞の「産経」は「月経」の「経」に「お産」の「産」だからな、って。
           宅間さん、後ろでガッテンポーズで「あっ、そうかっ!」という振り。
           漢字も読めないが英語もだめ。ワイキキビーチでホッドックを買いに行ってホットコーヒーを持ってきた。
           「ホッとドックって言ったらこれが出てきたんだよ!!」って。でもマリンバを弾かせたら日本一。
 Eギター-松原正樹・・・レコーディングやイベントではいつも助けてくれているけれど、ツアーの参加は初めて。
           この人の置物のような酒の飲み方が好き。「あっ、そうなの」クイッ、「あっ、そうなの」クイッ。
 ドラム・パーカッション-キムチこと木村誠・・・業界では知らない人がいないくらいの名プレーヤー。
           石川さんも付き合いが長いけれど、今回のツアーで初めて本名を知った。
           北京の遊園地にいたドラえもん似。
 Bギター-岡沢章・・・銀座の生まれだが、神田生まれの奥さんからは田舎者扱い。不二家のポコちゃん似(笑)。
           グレープの「三年坂」でもベースを弾いていた。松原正樹も追っかけをしていた。

7.桜桜咲くラプソディ
8.加速度
9.主人公
MC5
・「主人公」「加速度」はナベちゃんのメロディに詩をつけた。
 ナベちゃんとはNHKドラマ「海峡」の主題歌で一緒に仕事をした。
・今年デビュー35周年。万が一今日が最後になっても恥ずかしくないコンサートをやっていく。
・昔の自分とブレていないか?一昨日(4/3)大阪フェスティバルホールの50周年記念コンサートをやった。
 1978年3月30日・31日にフェスで初めてコンサートをやった時(30年前)と同じ曲でやった。今でも代表曲ばかり。
 「主人公」はまだ作ってなかった。(「主人公」はアルバム「私花集」1978年3月25日リリースなので、フェス初演の
 時には曲は出来ていたと考えられます。ただし、コンサートでは演奏する準備が出来ていなかったということのかな?)
・小さな人生をみんな生きている。人生の分岐点をどう考えるか。あっちを選べば大失敗していたかも知れない。こっちを選んだからこれくらいで済んでいるかも知れない。
・日本人は今日本語が下手になっている。心に思ったこと、考えていることをうまく言葉で伝えられなくてイライラしている。それが爆発していわゆる「キレル」状況になるのではないか。
・新幹線ひかり号の車掌さんの体温のある、車内アナウンス。週末にこだま号で熱海に行くはずのお客さんが、間違ってひかり号に乗ってしまって、名古屋まで連れて行かれた爆笑大ネタ。
 これだけ言葉の大切さを訴えているのに、コンサートを終えて楽屋に戻ると、マネージャーが「お疲れ様っした!!」(爆)。

10.都忘れ
11.賢者の贈り物
MC6

・78年3月30日に歌った歌を歌いながら、上手くなったところと下手になったところを感じている。
 自分の引き際は自分で決める必要がある。
・「夏 長崎から」を20年続けてきた。被爆した伯母がいたことも大きかった。無料でやることにこだわった。
 「夏 広島から」の時に、弟とセンターポールに翻る半旗を見て、長崎の日に広島の人たちも長崎のことを思ってくれていたのだということが分かって、涙が出た。今年の8/6・9には敢えて予定を入れていない。コンサートをやっていない自分は何をかんじるのだろう。
 翌朝、広島球場に挨拶に行くと、球場長から、「音に関する苦情は1件もありませんでした」と言われて嬉しかった。Eギターの松原が大きな音を出すからうるさくないはずはないのだが、広島の人たちが理解してくれていたのだろう。
 21年間夏のコンサートで言い続けてきたことはたった一つ。「あなたの大切な人の笑顔を守るために、あなたのできることを考えて下さい。そして実行して下さい」。夏のコンサートだけではなくて、いつものコンサートでも言い続けてきた。
12.赤い月
13.1989年 渋滞(ラッシュ)
14.胡桃の日
MC7
・桜の季節。自分の桜を決めて酒を酌み交わす。
15.霧-Mist-
16.かささぎ

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EC1.51
EC2.落日

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20:00 終演

■感想
 
越谷で初日を、大宮と宇都宮でツアー中盤を、そしてこの川口でツアー終盤と、コンサートの成熟度が分かるような参加の仕方でした。一つのツアーで4会場に参加したというのも初めてでした。

■終演後
 誰とも約束していませんでしたが、ロビーでひよこさんと保健のお姉さんに会いましたので、一言挨拶をして会場を後にし、
駅に向かい帰宅の途につきました。大宮からの新幹線は盛岡行きだったので、居眠りして乗り過ごさないようにこらえていました。
帰宅は22:00頃で、やはり身体が楽でした。

川口駅西口デッキから 京浜東北線と桜

ホール裏の公園の八重桜

川口リリア大道具搬入口のツアートラック 2008年4月5日 撮影

(2008/04/27 記す)


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