「佐 田 玲 子」を語る


 佐田玲子の存在を知ったのは、コーラスグループ『白鳥座』デビューの頃だったろうと思う。確かデビュー当時はさだまさしがプロデュースしていたように記憶している。そのためだと思うが、文化放送の「セイヤング」でも時々紹介されたり、曲が流れたりした。
 はじめて『白鳥座』を目の当たりにしたのは、たぶん1983年11月の初めで、千葉の聖徳短大の学園祭のライブでだったと思う。そしてその年だったか、翌年だったか日本青年館でのクリスマスコンサートに行ったことがあった。そのコンサートの様子を見る限り、『白鳥座』は当時かなりの人気を得ていたと思う。その後、ANAのキャンペーンソングとなった「北の空Love Song」や信州・鬼無里村(きなさむら)を舞台とした「鬼無里村から」をリリースし、ラジオではけっこう耳にした。
 やがて『白鳥座』は解散し、1989年に「くらやみ乙女」でソロデビュー。以後、シングルCD・アルバムをリリースし、現在に至る。「夏・長崎から」にはトップバッターとして定着、毎年7月に「七夕の月」ライブと12月に「クリスマスライブ」を行っている。
 さだまさしの影響か、それとも佐田家の血筋か(?)、ラジオ番組への出演も多く、かつての「セイヤング」ではさだまさしのピンチヒッターとして何度かパーソナリティを努めたり(レギュラーを奪いそうな勢いもあった・・・)、大阪・毎日放送の「さだまさしの気まぐれ夜汽車」では「兄妹対決いろはがるた」なるコーナーでそのキャラクターをいかんなく発揮していた。現在も自分のラジオ番組を週4本持っており、活躍中。

 ソロデビューの頃感じたのは、「さだまさし」の存在をどのように乗り越えるかということ。世間的には、「兄貴の七光り」というとらえ方をしがちだから、当人がそれをどう乗り越えるかが苦心のしどころではなかったか、と想像される。今は、そんな心配もなくファンの間には「佐田玲子ブランド」が存在しているように思う。

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