「2007夏 広島から」旅日記
2007/08/09〜11去年で区切りをつけた「夏 長崎から」だが、“やり残したことがある”と
「長崎の日に広島から長崎に向かって歌う」コンサート「2007夏 広島から」が開催された。
そのコンサートに参加するついでといっては広島に失礼だが、高校の修学旅行以来の広島の旅となった。
【ホテル・指定券の手配】
今回のコンサートは昨年の「夏 長崎から」で発表されており、その時点で日にちは確定していた。コンサートは「長崎」とは違って座席指定なので、前日から整理券確保のために並ばなくて済む分、当日入りが可能と判断した。そうすれば、2泊3日で予定を組む場合、1日目は移動とコンサート、2日目は丸一日現地で過ごすことができ、3日目の午頃まで観光に時間を使えると判断した。コンサートの前日入りだと、3日間とも半日ずつしか観光の時間に当てられないので、慌ただしくなるであろうと考えたのは正解であった。
ホテルは例によって予約の出だしが早かった様子であった。3月初めにインターネットで予約できるホテルを探して予約。その時点ですでに広島市内の目ぼしいホテルは満室に近い状況にあったようだ。
広島までの足は空路・陸路いずれも選択できたが、今回は早くから新幹線と決めていた。羽田までの移動や待ち時間、広島空港から市内までの移動時間を考えると、直接市内に入れる新幹線のほうが楽と判断。広島市内までの所要時間もほとんど差がなかったので。指定券の発売は乗車日の1ヶ月前から。8/9の分(往路)は7/9から、8/11の分(復路)は7/11からの発売になるので、7/9と7/11にJR宇都宮駅みどりの窓口に出向いて指定券を確保。8/11分については、帰省シーズンにかかるので、確保ができるかどうかちょっと心配したけれどあっけなく取ることができた(インターネットから予約する方法もあることを知っているけれど、このあたりがアナログ人間なんですな)。復路の列車には、7/1から投入された新幹線の新車両N700系を選択して、自分なりの楽しみを付加した。
唯一の心配は、コンサート当日の現地入りで結構タイトな日程だったので、事故やトラブルに巻き込まれずに(7月には豪雨の影響で新幹線のダイヤが乱れることがあったので)時間通りの行動ができるかどうかだったが、当日は広島到着が4分遅れた(車内アナウンスによる)だけで、幸い大きなトラブルはなかった。
昨年までの反省をもとに、今回は大きな荷物は事前に宅配便でホテルに送っておいた。【1日目 8月9日(木)】
東京駅発9:50ののぞみ17号(500系)に間に合うよう、6:20に自宅発。東京駅で約30分ほど余裕があったので弁当を購入した後、入線してくる500系の写真を撮ったりする。予定通りの発車だったが、東京駅から指定席に乗った人は以外と少なく(他の車両は分からない)、品川と新横浜から乗った人が多かった。広島までは約4時間。天候は良かったが、静岡県に入ったところで富士山には雲がかかっていてその姿を見ることはできなかった。
予定より4分遅れて13:53広島駅着。ホテルまでは歩いて行っても近い距離なので、歩こうとしたが、駅前の道路を渡る横断歩道が見当たらない(?)ので、わずかの距離だが市電に乗る。実は翌朝広島駅に行ってわかったことだが、駅正面に大きな地下道の入口があることに気付いた。この日は新幹線から降りて出た出札口からまっすぐに市電乗場の方に向かってしまったので、地下道入口に気付かなかった・・・(汗)。
市電に乗ってホテル最寄りの稲荷町電停で降りるつもりが、混雑していたことと要領を得ていなかったことで一つ先の銀山町(かなやまちょう)で下車。とぼとぼとホテルまで歩くが、たいした距離ではなかった。
14:30頃ホテルにチェックインするも、部屋の準備がまだできていないということで15:00まで待たされる。本来のチェックインは15:00となっていたので仕方がなくロビーで待つ。この間、フロントの方から、「お急ぎならば荷物は部屋に上げておきます」と案内されたが、着替えなどもしたかったので、待った。
部屋に入った後一休みして、15:40頃ホテルを出る。近くのコンビニで飲料水を購入して、銀山町から電停に乗って広島市民球場へ向かうが、市電の混んでいること・・・(汗)。普通だったらこんなに混雑していない時間帯だろうのに。乗車しているのは市民球場へ向かうと思われる地元以外の人ばかりのよう。地元の方、ご迷惑をおかけしました。で、広島の市電だが、電停間の距離が短く、かつ信号待ちが多いので、ちょっとの距離だったら歩いたほうが早いと感じた。当然、時間帯にもよるのだろうが。原爆ドーム前電停(市民球場の最寄り)で降りて球場へ。
この後は、コンサートレポートのページで。
コンサート終了後は球場近くの居酒屋で仲間と軽く食事をして、ホテルに戻る。市電は動いていない時間だったので、ホテルまで歩いてみる。ホテル着は1:00頃だったのかな。ゆっくり歩いても稲荷大橋際のホテルまで20分くらい。このとき計った時間が、翌日と翌々日の行動も決定した。2:30頃就寝。
500系新幹線 JR広島駅 JR広島駅前地下道入口 これに気がついたのは2日目の朝(笑) 宿泊したホテル
広島インテリジェントホテルアネックス【2日目 8月10日(金)】
広島出発前には宮島・厳島神社、呉の大和ミュージアム、広島市内の平和記念公園・平和記念資料館、余裕があればお隣山口県岩国の錦帯橋まで足を延ばしたいと考えて、どういう順で回れば効率的かとあれこれ考えたが、錦帯橋は早々に断念。現地に着いてから2日目午前中は呉で大和ミュージアムを見て、呉駅から広島駅を経由して宮島へ直行、3日目午前に広島市内を歩くという行程を決めた。
というわけで、この日は丸一日JR広島駅を起点に東へ西へ。ホテルを9時前に出て、JR広島駅まで歩く。9時30分頃の快速電車(呉線)で呉駅へ約30分の乗車。改札を出て港側へ出る歩道橋を5分くらい歩いて行くと目の前が大和ミュージアム。歩道橋左手に見える山が長崎の稲佐山に似ている。
呉港はかつては軍港であり、戦艦大和が建造された地。それを記念し、かつ軍艦の造船技術がその後の産業に活かされていることを伝える展示をしているのが「大和ミュージアム」。展示のメインは戦艦大和の精密な1/10スケールの模型でその迫力には圧倒される。展示の全てをじっくりと見るためには丸半日かかりそう。やや急ぎ足で見て歩いた(それでも1時間くらい)が、「大和」には後の産業技術に大きく寄与する当時の最新技術がふんだんにつぎ込まれていたことが分かって、新たな発見ができた。建物を出て港側へ出ると気持ちのいい広場になっていているが、この日も暑かったのでここまで出てくる人はあまりいなかった。大和ミュージアムの道路を挟んだ隣には「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」があるが時間の関係もあってパス。
呉駅から広島駅に戻り、山陽本線に乗り換えて宮島口まで、約25分乗車。宮島へはJR広島駅前から市電を利用する方法もあるが、1時間強かかるので、時間を節約するのにはJR線を利用するのが得。宮島口に着いたのが13:00頃。駅前にあるあなご飯のお店は混雑していたので帰りがけに寄ることに決める。JRの連絡船に乗り換えて10分で宮島着。連絡船からも厳島神社の大鳥居と本殿を望むことが出きる。この日は干潮で大鳥居まで歩いて行けた。大鳥居で写真を撮ってから神社の本殿へお参り。ここは高校時代に修学旅行で来ているが、あまり強い印象がない。神社のお参りと見学を終えて出口を出ると間もなく「ロープウェイ乗場」を示す看板が・・・。
ガイドブックで弥山(みせん)山頂からの眺めが良いと情報を得てはいたものの、詳しくは調べておらず何の情報も持っていなかったので、この先は行き当たりばったりでちょっと苦労することに(大汗)。厳島神社の参拝順路の出口からだと、ロープウェイ乗場まではずっと上り坂を歩いて行く羽目になった。折しも午後の陽射しが一番きつい時間、食事もとらずに坂道を上っていく辛さよ・・・一昨年の長崎のへいふり坂での悪夢の再現かと一瞬不安になりつつもロープウェイ乗場を目指した。間もなくロープウェイ乗場というところで、無料の送迎バスがあることが分かって、どっと疲れが。それでもここまで来たからにはと、ロープウェイに乗ることに。初めに往復1800円は高いと思ったが、ゴンドラに乗ること約10分、更に乗り換えて4分という距離に納得。何でも、景観を守るために海から索道が見えないような工夫をして設置したと、もらったリーフレットか何かに書いてあった。中腹あたりですれ違ったゴンドラからなぜか名前を呼びかけられた・・・エスタままともすら母子だったようで(爆)。この日の広島市内・近郊は“さだまさし度”が高かったと想像される。ロープウェイ終着の獅子岩駅からすぐの獅子岩展望台から瀬戸内海を見渡す風景は、ここにたどり着くまでの疲れを癒してくれた。ここから更に30分ほど歩くと弥山山頂(獅子岩展望台から見えている)にたどり着くが、さすがにその元気はなかった。ころ合いを見計らって下山。ロープウェイの紅葉谷駅を降りると、ちょうど送迎バスが来たところだったが、そこは意地になって歩いて下りた(笑)。桟橋に戻る途中、焼き牡蛎が目に留まったので一皿(2つぶ)400円を食べた。美味しかった。高校の時に修学旅行で来た時には11月だったにもかかわらず、牡蛎フライすら食べられなかったので、30年来の望みを叶えたと言ったら大袈裟か。その後土産物屋さんが並ぶ商店街を通って桟橋に戻り、再び宮島口へ。
まずはお土産にするためのもみじ饅頭を「おきな堂」で発送。すぐ近くの「うえの」であなごめしをいただいたのが16:30過ぎ。さすがに店内は空いていたけれども、お弁当の注文はひっきりなしだったみたいで、20〜30分待ちだったもよう。侮るなかれ、あなご飯、という感じ。
再びJR線で広島駅に戻ってホテルに着いたのが18:00頃。一旦シャワーを浴びて一休みし、19:00過ぎに前日に急遽お誘いを受けて決められた約束場所へ向かう。場所は広島市民球場のすぐ隣のホテルのロビー。昨夜、ホテルに歩いて帰ってきた経験を元に、歩いて現地へ。約束の場所に行く前に、原爆ドームのライトアップ写真を撮った。広島滞在中、ライトアップの写真はこの日しか撮る機会がなかったのでラッキー。ご一緒させていただいたのはまるま仲間のMさんとDさん、そしてMさんのお知り合い(ここではそういうことに・・・)のテレビ新広島の天野陽子アナウンサー。天野アナウンサーはコンサート前日に仕事でまさしさんにインタビューをしており、この日の夕方その様子がオンエアされた(18:20頃)とのこと。この時間にはホテルにいたけれど、ちょうどシャワーを浴びていて残念ながらオンエアは見逃した。集合後、土橋電停近くの「あかせ」という粋な小料理屋でインタビューの時の裏話などを肴に美味しいお料理とお酒をいただいた。食事を終えて市電でホテルに戻ったのが23:00頃。さすがにこの日は疲れたので(この日だけでなく数日寝不足が続いていた)、0:00前には就寝。
大和ミュージアム 戦艦大和1/10模型 稲佐山? 大和ミュージアムの広場から 海から見た厳島神社 厳島神社 大鳥居から本殿を望む 厳島神社 本殿と高舞台(国宝) 弥山(みせん) 獅子岩駅展望台からの瀬戸内海パノラマ(4枚合成) 焼き牡蛎 一皿2コ400円 宮島の鹿 暑そうでした 宮島口 あなごめしの「うえの」 あなごめし 1470円 ライトアップされた原爆ドーム 相生橋から 【3日目 8月11日(土)】
9:00前にホテルをチェックアウトしてまずはJR広島駅へ。荷物を駅のコインロッカーに預けて、市電で原爆ドームまで。結局市電に乗ったのは3日間の滞在期間中3回だけだった。高校の修学旅行の時には、バスの車窓から見ただけだった原爆ドームを1周して原爆が投下された当時のことに思いを馳せた。原爆ドームからゆっくり歩いて、「原爆の子の像」「平和の灯」「原爆死没者慰霊碑」「広島平和記念資料館」と見て回る。ここはどれも修学旅行で見ているのに、すぐ近くの原爆ドームにはなぜ行かなかったのだろう? 「平和の灯」のモニュメントは両手首を合わせて手のひらを上に向けた形であることを思いだしたり、「原爆死没者慰霊碑」の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」の言葉は高校生の時には衝撃をもって受け止めたけれども、それは今も変わらない。「広島平和記念資料館」は当時とは変わったけれども、その役割は時代を経るごとに重みを増していると思う。展示の一つひとつをゆっくり見ている時間は残念ながらなかったけれども、核兵器の廃絶や戦争の絶滅を願わずにはいられない。高校生の時に資料館を見て最初に感じたことは、世界の指導者達は必ずこの展示を見るべきだろうと思ったものだった。長崎の資料館を見たときもそうだったし、今回もそう思った。平和記念公園周辺を歩いていて、外国人観光客が多いことが印象に残った。市民レベルでは「広島」の事実を知ろうとしている人たちも多いのかなと感じた。ああ、それなのに被爆地の出身なのに「しょうがない」と発言した防衛大臣がいたって・・・。
広島滞在中は毎日青空が広がっていたが、この日の空は特に抜けるような青に感じた。まさしさんの「祈り」の冒頭の歌詩とメロディ「♪哀しい蒼さの 広い大空を〜」が自然と浮かんだ。
平和記念公園を後にして、広島滞在最後の“ミッション”へ向かう(大袈裟?)。それは、お好み焼き(広島焼き)を食べること。広島のお好み焼きは戦後間もなくからあるらしいけれど、現在のようにご当地グルメとして有名になったのはいつ頃なのだろう?高校の修学旅行の時にはそんな話しは出てなかったと思うけどな。とにかくここまで全国区で有名になったお好み焼きを食べないわけにはいかないということで、ガイドブックにあった有名店の中から何店かをピックアップしておいた。平和記念公園から広島駅に向かう途中にあるということから「みっちゃん総本店」へ。時間は11:30を回っていたが12時前ということもあり、すんなり入店できた。それでも既に多くのお客さんがいた。スペシャル何とかを注文して待つことしばし、初めての本場広島のお好み焼きを食べた。ボリュームもあって満足。食べながらもメニューを見ていたら、刻みねぎをトッピングできることを知ったが、後の祭り。残念。食べながら感じたことは、広島のお好み焼きは焼きそばのバリエーションなのだなということ。そばを入れないメニューもあるけれど、どうなのかな、ほとんどの人がそば入りを注文しているようだしね。こんなこと書いたら広島の人怒るかな?。あくまでも個人的な感想ということで・・・。食べ終わって店の外に出ると入店待ちで並んでいる人がいた。入店のタイミングとしてはちょうど良かったみたいだった。
後は広島駅に戻って帰路に着くだけ。また歩く。最初にも書いたように、復路には新幹線の新しい車両N700系に乗ることも一つの目的にしていた。こちらについては、トップへページのSPECIAL CONTENTS「東海道・山陽新幹線 N700系乗車記」でどうぞ。
東京駅から山手線・地下鉄銀座線を乗り継いで浅草へ。金泉でかき揚げ丼をいただいてから浅草発19:00の特急スペーシア号で帰り、21:00頃無事に帰宅。
原爆ドーム 負の世界遺産 原爆の子の像 平和の灯 原爆死没者慰霊碑から原爆ドーム 原爆死没者慰霊碑に刻まれた誓い 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」とある みっちゃん総本店 みっちゃん総本店のお好み焼き 新しい新幹線車両N700系 帰路で見ることができた富士山 【まとめ】
今回もあちこち欲張って慌ただしい旅になったけれども、再び広島を訪ねることができてよかった。広島と長崎の思いは永遠にバトンを渡していかなければならないと感じた。それは広島と長崎の人に押し付けるのではなく、被爆国の国民としてやっていかなければならないことなのだ。(2007/08/19 記す)
【おまけ 広島市電コレクション】
宇都宮市でもLRT(ライト・レールウェイ・トランジット=次世代路面電車)の導入計画案が出ていますが、今ひとつ盛り上がりに欠けています。
宇都宮でもこんな風景が見られたらいいのになぁ。(2007/08/20 追加)