長崎さるく・映画「解夏」のロケ地巡り
〜隆之と陽子の面影を追って〜
(2005/08/05〜07)
※「さるく」とは長崎弁で「ぶらぶら歩く」という意味だそうで、2006年4月から10月まで「長崎さるく博'06」という博覧会を
開催するそうです。そして2005年は7月30日から10月16日までをプレイベント期間として設定しているようです。
【1日目 8月5日(金)】
■行程
経 路 手 段 発車時刻 到着時刻 下今市 → 浅草 東武鉄道きぬ100号 7:03 8:49 浅草 → 神田 → 浜松町 →
→ 羽田空港第2ビル地下鉄銀座線 → JR山手線 →
→ 東京モノレール9:00頃 10:00頃 羽田空港 → 長崎空港 全日空ANA663便 10:50 12:35 長崎空港 → JR長崎駅前 長崎県営バス 13:00頃 13:50頃
「2005 夏・長崎から」に行くことを決め、ホテルの予約・航空券の確保など順調に進んだが、唯一出発前日まで決まらなかったのが、コンサート以外の行動計画。大雑把には映画「解夏」のロケ地巡りをするということは頭に置いていたが、効率良く回るにはどうしたものかと悩んだ。2泊3日とは言っても、1日目から3日目のいずれの日もまとまって時間がとれるのは半日だけ。つまり、1日目長崎到着後の午後、2日目の午前中(午後はコンサートのため稲佐山に上がる)、3日目の昼過ぎまで(長崎空港発の飛行機に間に合わせる)ということ。何とか出発前日にはめどを立てて出発当日を迎えた。数日前から台風9号の影響が心配されたが、幸いにも中国のほうへそれたので、旅行期間中雨の心配はせずに済んだ。ただし、8/5・6は全国的にこの夏いちばんの暑さということだった。
往路(長崎行き)の航空券は自宅から出発して搭乗に間に合ういちばん早い便を選択。2ヶ月前から発売する「早割り21」で購入。復路は当日中に自宅に帰れるもっとも遅い便を選択。旅行代理店で薦められて、8/1から長崎便を就航させるスカイネットアジア航空で「就航バーゲン」の割安チケット(通常運賃の半額)が出るというので、それに決定。ホテルは「長崎プリンスホテル」をインターネットで5月半ばに予約。安いとは言えないが、それだけの満足感はあった。旅行から帰って何気なくHPを見ると、プリンスホテルとしての営業は8月いっぱいで終わるという。10月から別の会社によって営業再開となるらしい。西武(国土計画)グループのあの不祥事と関係があるのかな。■長崎到着まで
羽田空港では搭乗手続きを済ませたあと、搭乗までに30分くらい時間があったので展望デッキへ。1〜2分間隔で次から次へと離陸していく飛行機を見ていると、羽田空港の過密スケジュールがよく分かる。この日のANA663便は満席で、数日前からHPで予約状況を見ていても空席待ちになっていた。実質のフライト時間は1時間30分ほど。無事に長崎到着。
預けておいた手荷物を待っている近くで、「夏・長崎から」に出演する加山雄三さんのギターを空港の係の人が運んでいるのを見た。マネージャと思われる人が受け取っていた。手荷物を受け取るまでに少々時間がかかった。
空港出口そばにある、空港リムジンバス乗り場へ。発券機の紙幣挿入口が高い位置にあって苦労している人が多数いた。そのおかげで、チケット購入にも手間取る。長崎市内行きのリムジンバスは長崎県営バスと長崎バスの2社が運行しているが、チケットは両社共通・同料金(片道800円)。ルートはいくつかあるが、出島道路経由のJR長崎駅前直行便が最速(約35分・交通事情によってはもう少しかかる)なので、途中下車の必要がなければこれが便利。長崎市内で途中停車するバスの場合は、約50分を見ておく。
長崎駅前到着後、ホテルまで徒歩。路面電車でも2駅だし、ホテルは見えていたので。ホテル着14時ちょうど。チェックインを済ませて30分ほど休憩。■長崎市内散策(その1)
ホテル → JR長崎駅前 → 聖福時 → 石組の井戸 → 諏訪神社・月見茶屋 → シーボルト通り → 万寿庵→ → 中島川石橋群(編笠橋・眼鏡橋) → 興福寺 → へいふり坂 → 風頭山バス停 → ホテル (夜)ホテル →稲佐山ロープウェイ乗り場(渕神社駅) → 稲佐岳駅 → 稲佐山展望台 → 稲佐岳駅 → 渕神社駅 → ホテル ★聖福寺(しょうふくじ/鬼塀・石組の井戸)
14:30ホテルを出て、ホテル目の前の宝町電停(路面電車の停車駅を「電停」という)からJR長崎駅前まで。路面電車はどこまで行っても1回の乗車につき大人100円。子供は50円。長崎市内の観光は路面電車でほぼどこにでも行ける。ホテルまで行く時には歩いたのに、今度は電車を使ったあたりにこの日の暑さと疲れが現れていたかな。
JR長崎駅前から築後通りに上がって、聖福時を目指す。観光案内板があるので迷わずに着く。山門をくぐるのに階段を上がり、山門をくぐってから更に2つ階段を上がって左右通り抜けの門をくぐると境内。正面に大雄宝殿(本堂)がどっしりと構え、本殿左手に鬼塀がある。映画「解夏」ではこの寺で、隆之の少年時代の隠れんぼ、陽子との再会、大晦日の汽笛・教会の鐘・鉄心の鐘を思いだすシーン、林老人から“解夏”の意味を聞くシーンと、重要なカットが撮影された。
鬼塀は映画や写真で見ると大きく見えるけれども、実物を見ると想像していたよりもずっと小さく感じる。しかし、迫力はある。この鬼塀横の石段に隆之を追ってきた陽子がすわっていたのだが、もちろんこの日はいなかった(当たり前じゃ〜。いるほうが怖い?)。その石段(急!!)を上がって、左手に行くとすぐに民家が一軒ある。最初は通り過ぎてしまったが、この民家の目の前に「解夏」で墓参りの水を酌む隆之を撮影した石組の井戸がある。深さは3〜4メートルあったろうか。井戸には鯉が何匹か泳いでいて、井戸のそばには猫が3匹のんびりとしていた。
ここから更に墓地の間を縫っていくと、右手山側にホテル長崎が見える。映画の中の隆之の墓から見える長崎港の風景が見える場所へ出るそうだが、正直に言ってこの時点で暑さにうんざりしており、上ることを断念する。この井戸の前の通りを諏訪神社方面に行くのが小説「解夏」に出てくる“子供街道”らしい。聖福寺まで戻って再び築後通りに出て諏訪神社へ向かう。★諏訪神社・月見茶屋
築後通りを諏訪神社方面に向かうと突き当たりが奉行所前通りで、突き当たったところに長崎歴史文化博物館が建設中。諏訪神社参道のほうへ迂回して参道の石段を上って諏訪神社へ。10月9日を中心に開催される長崎を代表するお祭り「おくんち」の舞台。本殿に向かって左手に月見茶屋があり、休憩。抹茶(290円)と「おすわのぼた餅」(450円)をいただく。実はこれが昼食代わり。これまで、昼食をとる機会を失っていた。★シーボルト通りから万寿庵
193段あるという石段を降りて諏訪神社前交差点からシーボルト通りに入る。この通りは商店街になっていて、地元の生活の様子がうかがえる。途中、長崎街道の石碑(親和銀行の角)を確認し、更に進むと桜馬場中学校の石塀が左側に見え、その向かいが映画「解夏」で隆之の母が何度か訪れる饅頭屋「万寿庵」(映画の中では昔の屋号の“石田屋”で登場)。ついさっき月見茶屋でぼた餅を食べたばかりなので、残念ながら饅頭はパス。店に入ることもなく、店構えだけ写真に納めた。映画の中で隆之の母が饅頭屋の右手から階段を駆け上ってくるシーンがあるが、店の右側に道路はない。隆之の母が駆け上っているのは実は聖福寺そばの道路で撮影されていることが、「解夏」の公式ページ「“解夏”的長崎の歩き方」で紹介されている。
聖福寺境内 聖福寺鬼塀 聖福寺鬼塀横の石段
隆之を追って長崎に来た陽子が隆之と再会したところ聖福時境内聖福寺鬼塀横の階段を上がったところにある井戸
墓参りをする隆之が水を汲んだ井戸万寿庵 映画「解夏」の中では旧屋号“石田屋”で登場 隆之の母・聡子が石田屋に行くのに駆け上った坂
実は聖福寺前の坂★万寿庵から中島川石橋群
万寿庵から新長崎街道(電停通り)に出て、諏訪神社前交差点まで戻り、中島川に沿って歩く。この中島川は地元の人々にとっては憩いの場になっているようで、橋から川面に降りることができ、子供たちが遊んでいた。川にはたくさんの鯉が泳いでいる。
橋の一つ編笠橋では川面に降りる石段で、隆之が外海町の黄水仙を思いだすシーンが撮影された。編笠橋から更に少し下ると、眼鏡橋。さすがに観光名所の一つ、観光客が記念写真を撮っている。眼鏡橋を渡りながら1982年の長崎水害でこの橋が流されたことを思いだした。ここまでが、前日に予定をしていた行動だった。ところが、西日本の日没は遅い。まだまだ日は高くホテルに戻るのも惜しい気がしたので、ちょっと欲を出した。眼鏡橋を鍛冶町通り方向に上がっていけば、へいふり坂が近い。鍛冶町通りには興福寺もある。ということで、まずは興福寺に寄ってそれからへいふり坂を上った。が、実はここで大変なことになった。
★興福寺
映画「解夏」では、隆之が林老人を訪ねる場面とクライマックスで隆之が視力を失った場面が撮影された。山門をくぐった正面に、2本の白い花の百日紅が咲いていた。この百日紅の花が咲いたと林老人から連絡を受けた隆之が陽子と一緒にここに来て、ここで隆之は視力を失ったことを陽子に告げる。境内は何組かの観光客がいたが、ひっそりとしていた。★へいふり坂
興福寺を出て鍛冶町通りを思案橋方向に歩くと、晧台寺と大音寺の間にへいふり坂がある。しばらくはスロープが続くが、やがて正面に垂直の壁のごとく石段が立ちはだかっている。本当にそんな感じた。この石段で映画「解夏」の冒頭のシーン、陽子が隆之に「でんでらりゅう」の歌を教えてもらうシーン、映画最後のシーンが撮影された。石段をまっすぐ上っていくと一つ目の“休み石”がある。実はこのあたりでかなり息苦しさを感じ始めた。「“解夏”的長崎の歩き方」には更に上の二つ目の“休み石”がラストシーンの撮影場所との紹介があったので、息を整えながら上る。二つ目の休み石を一応写真に納めてはみたが、この旅から戻って「解夏」DVD本編を見直してみると、どうも雰囲気が違う感じがするのはなぜだろう。
ここまでは何とか上がってきたが、身体のほうがちょっとまずい状況になってきた。どうやら熱中症の症状のようだと感じた。引き返すことも考えたが、一歩一歩ゆっくりと、日陰を見つけては休憩を取りながら上った。これを書いている(8/15)時点で考えると、時間や距離が読めるのだから来た道を戻るほうが安全だったと思う。坂を上ることは、土地勘もなく時間や距離が読めない分心理的負担も多くなり危険性が増したのは事実であった。石段の勾配が急なのは二つ目の休み石のちょっと先までで、そこからは幾分勾配も緩くなり、助けられた。石段の両脇は墓地で人通りはほとんど無く、こんな所で倒れてしまっては大袈裟でなく死にかねないので、意識を強く持ってゆっくりとゆっくりと風頭山バス停を目指す。やがて墓地を抜け、住宅街へ出たかと思うとバス発着所に入って行くバスがやって来た。本当に助かった、と思った瞬間だった(大汗&冷汗)。へいふり坂を登り初めて30分くらいだった。長崎駅前で路面電車を降りてからは、暑い中をずっと歩いてきたのでその疲れもあって、軽い熱中症の症状になったと考えられる。水分は常に補給していたが、十分ではなかったのか、水分の取り方を間違っていたのか定かではない。水分のうちスポーツドリンクなども摂ってはいたが、塩分は不足していたかも知れない。欲張って予定外の行動をしたのが根本の原因だったかも。ちなみに、興福寺とへいふり坂は3日目の8/7午前に予定していた行動であった。
★風頭山バス停からホテルまで
運良くバス停にたどり着き、バスに乗車。乗車したバスは稲佐橋行きとのことで、これまた都合のいいことに宿泊しているホテル前の停留所(宝町)に止まる。幸運が重なった。ホテル前まで運賃150円。長崎市内のバスもリーズナブルと感じた。ホテル到着18:00。★稲佐山展望台
ホテルで1時間ほどの休憩をして、食事に出たついでに稲佐山展望台に向かう。実はこれも前日立てた予定には入れてなくて、というかどちらかというと忘れていた。ふと思いついたという感じ。ホテルの部屋に置いてあったチラシには無料の循環バス(いくつかのホテルを巡回する)もあるとのことだが、ホテルからロープウェイ乗り場まで、そうは遠くないので、また歩く。このころには、あのへいふり坂での疲労感や苦しさはすっかり取れていたので、性懲りもなく歩く。ロープウェイ乗り場までは約15分。途中、街灯が暗かったり人通りがほとんど無いので、夜間女性だけで歩くのは止めておいたほうがいいかも。
ロープウェイ乗り場入口の案内板に従って進むと、神社の境内に・・・。やがて神楽を練習している音が大きく聞こえてくる・・・!?。ロープウェイ乗り場はあるのだろうかと疑問に思いつつも進んでいくと、神社の境内の中に煌々と明かりの灯る乗り場があった(笑)。ロープウェイの乗車時間は約5分(往復1200円・夏季22時まで)。浴衣を着たガイドが簡単なガイドを始める。その中で「斜面都市長崎」という言葉が印象的だった。高度を上げるにしたがって長崎の夜景が見えてくる。
展望台までは少し歩くが、展望台屋上からの夜景は格別だった。心地よい風も吹いていて、日中の暑さを忘れさせてくれる。次の日のコンサートのオープニングで歌われるに違いない「長崎小夜曲」の歌詞「♪宝石箱に身を投げたような港の夜」や「♪大空に深く横たわる川が この街に注ぎ込んで光る海になる」などを実感できる。夜の展望台は日中よりもお客さんが多いということを、ロープウェイのガイドが他の客の質問に答えていた。展望台から夜景を撮影している人も多かったが、夜景の撮影にはストロボをOFFにしましょうね、皆さん。夜景モードがある場合には、夜景モードにして三脚を使うのがベスト。
展望台で約1時間ほど過ごして、ホテルに戻ったのが、21:40。この日の行動をメモに書き留めて、就寝ZZZzzz・・・。
編笠橋横の石段 隆之が外海町の黄水仙を思い出した所 眼鏡橋 興福寺の白い百日紅
「解夏」のクライマックスで隆之と陽子が見上げた百日紅興福寺の大雄宝殿 へいふり坂の登り口 きつい“坂”が続く へいふり坂 二つ目の休み石 稲佐山展望台から見た長崎市内の夜景 左端が長崎駅付近 中央は大波止 右側は南山手
(手持ちで夜景モード撮影したため、やや手ブレしているのはご愛嬌)【2日目 8月6日(土)】
■長崎市内散策(その2)
ホテル前宝町電停 → 松山町電停 → 原爆爆心地 → 長崎原爆資料館 → 平和公園 → 浦上天主堂 → → 松山町電停 → 長崎駅前電停 → 築町電停 → 江山楼中華街本店 → 長崎駅前電停 → 魚市場跡駐車場 → 稲佐山
8月6日は広島の原爆忌。この日に長崎にいるというのは、「夏・長崎から」のコンサートを抜きにしても特別のことのように感じる。午後はコンサートで稲佐山に上がる都合、午前中だけ浦上周辺を歩く計画を立てた。★原爆爆心地
公園として整備されている広場の中に、黒い四角柱のモニュメントがそびえている。1945年8月9日午前11時2分にこの石柱の上空500メートルで、原子爆弾が炸裂した。観光客も多くなく、静かにモニュメントは立っていたが、モニュメント近くの木陰で高校生〜大学生と思われる外国人のグループが引率の教師らしい人から何やら説明を聞いていた。広島と長崎の原爆の被害については、核兵器保有国の政治的指導者はもちろんのこと、学生など若い世代にも是非その事実を積極的に知ってもらいたいと願わずにはいられない。★長崎原爆資料館
改装前の資料館には修学旅行の引率で2回訪れたことがある。その後、資料館はリニューアルしたことは知っていたが長崎を訪れたのは引率以来初めてなので、新しい資料館も初めてであった。新しい資料館は今風の展示の仕方で洗練されていた。が、しかし、自分にとっては以前の資料館のほうがインパクトがあったように感じてしまった。それは展示の仕方云々ということではなくて、僕自身の感じ方のせいなのであろう。つまり、今よりも若かったということ、若さゆえの多感さということであったかも知れない。実は広島の資料館も自身が高校生の修学旅行の時に見ているが、その時もやはり強力なインパクトを感じたことだけは覚えており、その時にすでに米ソ(当時はまだ冷戦状態にあった)の指導者は絶対に広島の事実を知るべきだと、感じていたのだった。★平和公園
平和公園では8月9日の記念式典に向けた準備が行われていた。平和祈念像から平和の泉を結ぶ線がまっすぐ稲佐山山頂に続いているのが印象的であった。
原爆投下60周年を迎えた今年の記念式典では、さだまさし氏も長崎栄誉市民として献花をしていた(知人からメールで連絡があり、式典の中継でもかろうじて確認)。平和の泉の碑文には「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくて、とうとうあぶらの浮いたまま飲みました。 −あの日のある少女の手記から−」とある。★浦上天主堂
前述のように過去に2回長崎を訪れてはいるが、浦上天主堂は初めて。建物自体は原爆のあと建てられたもので古くはないが、信仰の場所としての存在は大きなものがあるようだ。この翌日にオランダ坂で地元のタクシーの運転手が観光客と話していた言葉が印象に残っている。「浦上天主堂は信仰のための教会、大浦天主堂は観光のための教会」、なるほどそういう見方があるのかと納得。
教会の中は極めてシンプル。いかにも信仰の場所というたたずまいであった。それゆえ観光客は堂内奥までは入れない。天主堂入口の右手にヨハネ・パウロ2世の胸像がある。今年亡くなったヨハネ・パウロ2世が1981年にここでミサ挙行したことを記念して作られたそうだ。★浦上天主堂下交差点
ここで不思議なというか、面白いものを見かけた。「女の都団地」という行き先表示を掲げた路線バスが走っている(謎)。「女の都」って何、どんな所(笑&期待・爆)。とっさのことでこの時は写真に撮れなかったが、翌日に県庁近くで再びこの表示のあるバスを見かけることになる。★江山楼中華街本店
稲佐山に上がる前に、腹ごしらえのために江山楼中華街本店へ。店に入ったのは12時40分頃で待ち時間20〜30分。新地中華街に中華料理屋は数あれど、なぜこの店なのか。それはさだまさしさんと深い関係があるから。「夏・長崎から」の出演者を招待して前夜祭と打ち上げがこの店で行われるという。しかも社長の王さんがボランティアとしてそれを引き受けているということのようです。ここでいただいたのは「特上ちゃんぽん」でしたが、これについては「食べある記」のページに簡単なレポートがあります。★稲佐山へ
江山楼中華街本店での昼食を済ませて長崎駅前に戻り、コンサート中の熱中症対策の飲み物などを購入して、イベントバス発着所となっているポートパーク(魚市跡)へ向かう。人の流れがバス発着所へと続いていた。この後については、「まさし&玲子」のページ内の「コンサートレポート」をご覧下さい。コンサートは16:30開演、21:45終演、ホテルに戻ったのは23:30。
原爆爆心地モニュメント
1945年8月9日午前11時2分 この上空500mで爆発したという浦上天主堂 平和の泉 平和の泉 平和祈念像側から稲佐山を望む 江山楼中華街本店 入口 稲佐山公園野外ステージ 「夏・長崎から」会場 【3日目 8月7日(日)】
■長崎市内散策(その3)
9:45ホテル・チェック・アウト → 長崎駅前アミュ・プラザ → 築町電停 → 市民病院前電停 → オランダ坂 → 隆之の家 → → 大浦天主堂 → 雨やどり → ピース・ミュージアム → 大浦海岸電停 → 西浜町電停 → 高野屋 → 中央橋 → 思案橋 → → 崇福寺 → 自由飛行館 → 正覚寺下電停 → 長崎駅前電停 → 聖福寺 → 日本二十六聖人殉教地 → 県営バスターミナル ★長崎駅前アミュ・プラザ
長崎県営バスターミナルで空港行きのバスの発車時刻を確認したあと、長崎駅に隣接する商業施設アミュ・プラザに寄ってお土産を調達する。今回は松翁軒のカステラをチョイス。宅配便にて発送。到着は翌々日。★長崎駅前電停から市民病院前電停まで
長崎の路面電車は4系統あって、どの系統も距離に関係なく1回の乗車につき100円。1ヵ所だけ乗り継ぎが出来る電停があってそれが築町(つきまち)電停。今回体験したのは長崎駅前から正覚寺下行きで築町まで行き、築町で石橋行きに乗り継いで市民病院前で下車した。乗り継ぎの要領は、築町電停で下車する際に運賃100円を払い、運転手に乗り継ぎの旨を申し出るとピンク色の「乗り継ぎ券」を渡してくれるので、それを持って目的地行きの電車に乗ったら下車する時に、乗り継ぎ券だけを運賃箱に入れればよい。注意しなければならないのは、乗り継ぎが出来る電停は“築町電停”だけということ。路線図を見ると、長崎駅前・公会堂前・諏訪神社前でも乗り継ぎが出来そうだが、これらの電停には各系統の電車が走っており、目的地行きの電車に乗れば乗り継ぎという面倒をせずに済むというわけだ。もし間違って行き先の違う電車に乗ってしまったら、仕方ないからもう100円払って乗り換えるしかない。今回は利用しなかったけれども、観光などで1日に何度も路面電車を乗るのならば、500円で1日乗車券というのが買えるので、それを使えばリーズナブル。★オランダ坂周辺
市民病院は映画「解夏」で陽子が隆之の薬を受け取るシーンを撮影した病院。市民病院前電停はオランダ坂最寄りの電停でもある。市民病院前を通り、ホテルニュータンダの角を曲がると間もなくオランダ坂。隆之と陽子が手をつないで坂を下りてくるシーンがあった。オランダ坂をまっすぐ上がっていくと、レンガ色の建物の昭和会病院がある。病院のほうに下りる階段があり、ここが病院に薬を取りに行った陽子を迎えに出た隆之が雨の中転んで、陽子が階段を駆け降りるシーンが撮影された場所。実を言うとこの階段にはすぐに気がついていたのだが、このシーンに使われた階段ではないと思い込み、周辺をうろついて時間をロスしてしまった。最終的には「“解夏”的長崎の歩き方」をプリントして持っていたので、そこに載っていた写真(映画のワン・シーン)と照らし合わせることで確認できた。★昭和会病院から隆之の家(祈念坂)まで
雨のシーンが撮影された階段を下り、孔子廟前を通って大浦石橋岸通りに出て、石橋電停横の路地に入っていくと斜行エレベーター「スカイロード」(無料)がある。このエレベーターはまだ新しく、観光客にもあまり知られていないのではということのようだ。他の観光客2組と地元のおばあさんと乗り合わせる。一組は家族連れでどうやら以前に長崎に住んでいたことがあるらしい口ぶりであった。外に見える景色は急坂で、乗りあわせたおばあさんが「昔は地獄坂と言ったとです」という話を聞かせてくれた。確かにこの急斜面を石段で上り下りするのは地獄に行く思いだったろうと、一昨日のへいふり坂を思い出した。
斜行エレベーターを下りて左手に行くと、大浦石橋岸通りを挟んで東山手一帯が見え、活水女子大学の赤い屋根や海星高校の水色の屋根が確認できる。斜行エレベーターの出口に戻って垂直エレベーター前を右手右手に行くと狭い坂の下り口に出る。この坂が「祈念坂」で途中に映画「解夏」で何度も出てくる隆之の家のロケ地がある。映画に出てきた家は土地を借りて建てたオープンセットのため建物はないし、その庭も個人の所有地で中に入ることは出来ない。この隆之の家の前の「祈念坂」は坂の下の脇がすぐに大浦天主堂で大浦天主堂の中からもこの坂が見える。この坂は、昭和会病院横の階段のシーンに続いて、雨の中隆之が陽子に「陽子、頼むから一人にしてくれよ。悪いけど帰ってくれないか」(台詞は不正確)と陽子を追い返してしまう切ないシーンや、林老人に誘われて二人で興福寺に出かけるときに母聡子が心配そうに二人を見送るシーンなど、「解夏」の中でも印象的なシーンが撮影された場所である。
ひっそりとたたずんでいる「祈念坂」を下りて左に折れるとすぐに大浦天主堂前に出る。急に観光客や土産物店などの賑やかさに包まれる。★大浦天主堂
長崎県に三つある国宝のうちの一つがこの大浦天主堂。修学旅行の引率できたときには入れなかった記憶があるのだが、いまではすっかり長崎観光名所の一つ。オランダ坂で聞いたタクシーの運転手の言葉が思い起こされる。もともとは日本二十六聖人殉教者を祀る天主堂という由緒ある教会ということである。堂内のイスに座って一休み。堂内では天主堂を案内する音声が流されており、確かに観光のための教会になってしまっているようだ。
JR長崎駅 右上に小さく稲佐山が見える 路面電車 長崎駅前電停
カラフルな車両が走っていて楽しい長崎市立病院
陽子が隆之の薬を取りに来たシーンのロケ地オランダ坂 昭和会病院横の石段
雨の中陽子を迎えに行って隆之が転んだシーンのロケ地スカイロード終点から見た東山手方面 映画「解夏」の主人公隆之の家の前 祈念坂 国宝 大浦天主堂 ★さだまさしショップ「雨やどり」からナガサキピースミュージアム
大浦天主堂を出て目の前の通りを左手に進むとまもなく右側にさだまさしショップ「雨やどり」がある。店内には入ってみるものの、やや混雑していたことや特に買い求めようとしたものもないので、店内を一巡しただけで出る。店先の写真だけは押さえる。
大浦天主堂前まで戻り、全日空ホテル前を通り大浦海岸通りまで出る。旧香港上海銀行長崎支店記念館前の陸橋を渡ると正面にナガサキピースミュージアムのモニュメントが見える。世界平和を願う発信基地としてさだまさし氏が提唱し現在はNPO法人として運営されている。五線譜をモチーフにしたモニュメントの下(駐車場側)では、隆之が友人の松尾に長崎の風景を目に焼き付けていく決心を伝えるシーンが撮影された。
ピースミュージアムを出て、大浦海岸通電停まで歩くが、国際観光埠頭前の長崎港でペーロン大会が開催されていて、賑わっていた。★高野屋(からすみの名店)と県庁坂通り
大浦海岸通電停から路面電車に乗り西浜町電停で下車。目的は県庁坂にあるからすみの名店高野屋。長崎に出発する1週間くらい前に、NHKの「新日本紀行ふたたび」という番組で、この高野屋を取り上げていたので、長崎に行く機会に是非と心に決めていた。グレープの「朝刊」にも「♪僕の好物のからすみを 手土産とくれたのに わざわざまた煮てだめにして」とあるので、その存在はかなり前から知っていたが、どんな味なんだろうという好奇心から土産に買うことに決めていた。 ちょっと懐には厳しかったけれども、旅に出ているからと気持ちが大きくなっているところで一腹を求める。立派な桐箱入り。桐箱いらないからその分安くしてくれないかな、ときっと誰もが思うに違いない。
高野屋は県庁坂のちょうど下にあり、この坂を上ると長崎県庁がある。この坂道が8月15日精霊流しの夜にはいちばん賑やかになるところだという。高野屋の前から中央橋の陸橋を渡っていると、前日浦上天主堂下交差点で見た「女の都団地」行きのバスを見かけた。バスが信号待ち(右折待ち)をしていたので、カメラを準備して撮影。帰宅後にネット検索した結果これは「おんなのみやこ」と読むのではなくて「めのと」と読むことが判明。「女の都小学校」や「女の都病院」もある。れっきとした町名であることも分かった。しかし、知らない人が「女の都」の文字を見たら間違いなく「おんなのみやこ」と読んで、頭の中は「???」となるであろう。★中央橋から思案橋・崇福寺(そうふくじ)周辺
中央橋の陸橋から春雨通り・思案橋通と電車通りに沿って正覚寺下方面に歩いていく。思案橋周辺がいちばんの繁華街。正覚寺下手前を左に折れてレストラン金子に寄り昼食。長崎ローカルのトルコライスを食べる。レストラン金子とトルコライスについては「食べある記」のページでどうぞ。
レストラン金子を出て崇福時を拝観。長崎に国宝は三つあると前述したが、大浦天主堂以外の残り二つはここ崇福寺にあるという。二番目の門と本堂の大雄宝殿が国宝に指定されているという。
崇福寺の目の前の角地にあるマンションの1階にあるのが、まさしさんが経営する自由飛行館。食事はとったばっかりだったので、ここも写真を撮っただけ。★再び聖福寺、日本二十六聖人殉教地
正覚寺下電停から乗車して長崎駅前電停で下車。当初の予定ではこの日へいふり坂を上る予定だったが、一昨日に苦しく辛い思いをしながら上ってしまったので、少々時間的な余裕が出来た。崇福寺も本来は予定していないところであった。バスの時間までにはまだ余裕があるので、再度聖福寺を訪ね、また長崎駅近くの日本二十六聖人殉教地も訪ねた。
聖福寺に向かう途中、中町教会隣の中町公園横の歩道で精霊船を作っている場面に出会った。遠巻きに写真を撮らせてもらった(無断)。聖福寺の鬼塀は映画「解夏」のシーンで強く印象づけられたのでもう一度見ておきたかった。帰ってから気付いたことに、聖福寺に2回も行ったのに、鉄心の鐘はすっかり忘れていて、写真も撮らなかった。このあたりが慌てて行動予定を立てた結果かな。聖福寺を出て、隆之の母・聡子が饅頭屋に向かうシーンの坂を写真に納めた。聖福寺前の築後通りを長崎駅方面に道なりに進むと突き当たりに日本二十六聖人殉教地がある。ここは引率した修学旅行でも来ていて印象に残っている場所である。★県営バスターミナル
日本二十六聖人殉教地からNHK脇を通って坂を下り、県営バスターミナルへ。予定したバスの発車時刻まで30分くらい時間があるので、待合室で涼みながらバスを待つ。15:15発の長崎空港行きバスに乗車し、長崎市街を離れる。
ナガサキピースミュージアム 県庁坂通り
8月15日精霊流しがいちばん賑やかになるところからすみの名店 高野屋 「女の都」・・・実は「めのと」と読む地名でした
中央橋陸橋にて崇福時 第一峰門(国宝) 自由飛行館 さだまさしさんのお店 中町公園横で精霊船を作っていた 日本二十六聖人殉教地 ■帰路
経 路 手 段 発車時刻 到着時刻 JR長崎駅前 → 長崎空港 長崎県営バス 15:15 15:55頃 長崎空港 → 羽田空港 スカイネットアジア航空SNA990便 17:05 19:00頃 羽田空港第1ビル → 浜松町 →
→ 神田 → 浅草東京モノレール → JR山手線 →
→ 地下鉄銀座線19:25頃 20:10頃 浅草 → 下今市 東武鉄道けごん41号 21:00 22:49 ★長崎空港
搭乗手続時に窓際は埋まっているとのことで、主翼横非常口座席でも良いかと尋ねられる。この席の乗客は万一の場合、客室乗務員の指示に従って緊急脱出時の援助をしなければならないという決まりがあるらしい。旅客機の事故が頻発しているさなかにあって、無事に羽田に着いてさえくれれば何でもいいので(苦笑)、承諾したところ、搭乗券と一緒にその旨を記した注意書きをもらった。搭乗までは時間があったのでまた展望デッキで飛行機の離発着を見るが、地方空港なので羽田空港のように頻繁に離発着が見られるわけではない。たまたま折り返しSNA990便となる飛行機の着陸を見た。着陸後40〜50分で次のフライトをするというのも、考えようによっては安全上大丈夫なのかい?、と思ってしまう。
搭乗完了後、座席は随分空いている。自分の列の座席は反対側の窓際にビジネスマンとおぼしきおじさんが一人いるだけである。ということは、この非常口の座席にはいざというときのために必ず乗客を配置するという決まりがあるのかな、と感じた次第。
実質1時間50分くらいのフライト(強い向かい風を受けているので予定よりも時間がかかるという機内アナウンスがあった)を無事に終えて羽田に着陸。この機材はこの日のフライトは終わりらしく、空港の隅のほうの駐機場に停止した。空港ターミナルまではタラップを下りてリムジンバスでの移動になった。
長崎空港 8月1日から長崎便が就航したスカイネットアジア航空
Boeing 737-400★帰宅
出発日とは逆の経路をたどって浅草まで出、夕食をとってから予定の列車に乗る。列車内では、この日の行動をメモに書き留めていたが、そうしているうちに到着してしまった。下今市駅からは時間的に公共の交通手段はないので、タクシーで帰宅。自宅到着23:00頃。■まとめ
今回も良く歩き回った2泊3日だった。長崎には過去に2回訪れたけれども、いずれも修学旅行の引率=仕事であって、自由に動けるわけではなかったし、バスでの移動がほとんどだったから、“坂”を実感することもなかった。今回の旅では、長崎の“坂”というものがどういうものか分かったような気がする。観光地巡りでどこに行くにも“坂”を上らずには行けないし、そこで生活している人々のことを思うと大変だろうなぁと思うこともしばしばであった。正直に言って「また坂かよ!!」と何度思ったことか。でも、やっぱりこうして自分の足で歩き回ると、その街が少しだけ自分のものになったような気持ちになる。その経験は大切にしたい。
長崎市内で見て歩いたところは、主に映画「解夏」のロケ地巡りという非常に偏ったものであったが、ただ名所旧跡巡りをするだけではなく、一つのテーマに沿って予定を立てるととても印象深い旅が出来るのではないかと改めて感じた。
「夏・長崎から」のコンサートは、来年が最後になるとアナウンスされている。来年もきっと長崎に行きたいと、心に念じておこう。(2005/08/14・15・16 記す)
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