さだまさし大阪フェスティバルホールコンサートに伴う
大阪ミニオフ会&奈良小旅行
(2004/02/07〜08)


 新しい何かに挑戦する時というのは、乗り越えなければならない垣根がとても高く感じるものですが、一度体験してしまうと、二度目に同じことをするのにはとても垣根が低くなるものです。というわけで、昨年10月の大阪フェスティバルホールでのコンサート&京都小旅行に続いて、再び大阪に行ってきました。今回はもちろんコンサートを楽しむという目的もあったのですが、それ以上に前回のオフ会でその楽しさの味をしめてしまった僕としては、お友達になれた方々との再会の方が楽しみでした。今回は少しだけ余裕をもって、事前に連絡を取り合っておきました。
 コンサートの翌日には、長年の念願であった奈良を散策してきました。奈良を訪れるのは実に中学校の修学旅行以来約○十年ぶりのことでした。

<2月7日(土)>
【行程】

JR宇都宮駅(東北新幹線) → JR東京駅(東海道新幹線) → JR新大阪駅(地下鉄御堂筋線) → 淀屋橋駅 → リーガグランドホテル
12:28発なすの244号    13:32着/13:50発のぞみ21号  16:27着           16:50頃着  17:00頃チェックイン
→ 18:30コンサート開演 → コンサート後、大阪ミニオフ会


★チケット顛末
 今回のコンサートチケットを取るに当たって、大ぼけをかましてしまいました。それは10月のコンサートが終わって間もなくファンクラブメンバー対象の先行予約が行われていたのですが、まだ先のことだからと確認せずに放っておいたら締め切りを過ぎてしまったのでした(爆)。実際問題として、大阪に行って来て間もなくのことであったし、半年も経たずに再び大阪遠征はどうかとも思っていたので、あんまり乗り気ではなかったことは確かだったのですが、それでもチケットがなければ始まらないと思い直し、“とりあえず”チケットを取ろうと行動に出ました。
 しかし、前述のようにファンクラブ対象の先行予約は終了しているのでどうしようかと考えていた時に、フェスで撒かれていたキョードー大阪のチラシを思いだしました。それにはローソンチケットの先行予約のお知らせがあったのでした。今回はこれにすがろうと、指定の日時を待ち、予約開始時間にはダイヤルしたのですが、案の定なかなか繋がりませんでした。しばらくしてからやっと繋がって、予約完了、とその時は一安心したのですが、実はこのあと重大なことに気づいたのです。それは夕食や入浴を済ませてのんびりとした後、いつものようにインターネットに繋ごうとしていた時にふと、本当にふと気がついたのでした。さっき申し込んで予約が完了したのは、
2月7日の大阪フェスのチケットではなく、翌日2月8日の奈良100年会館のチケットであったと・・・・(大爆&冷汗;)。幸い、受付終了時間までには間があったので再度電話に飛びついてダイヤルしたところ、無事チケットを取ることができて本当に“ほっ”としたのでした。もしこの時、チケットが取れていなかったならば、今回の大阪遠征はしていなかったかも知れません。また、後で分かったことですが、ファンクラブの先行予約は結構競争率が高かったようで、僕が知った限りでもずいぶん外れた方がいたようです。あくまで結果論ではありますが、ファンクラブの先行予約を忘れていたことが幸いしていたのかも知れませんね。「人間万事塞翁が馬」、人間何が幸いするか分からないという言葉を身を持って知った感じがします。さだまさしさんの大阪フェスティバルホールのコンサートには、全国各地から人が集まってくるようなので、チケット争奪競争が激しくなっているようです(僕もその原因を作っている一人なのですが)。

★出発
 当日は前回同様、午前中の出勤でした。予定した列車に間に合うように職場を出、まずはみどりの窓口で復路の列車変更をしました。当初コンサートの翌日はとっとと帰路につくつもりでしたが、少し帰りを遅くすれば奈良の雰囲気だけでも味わえるのではないかと前日夜になって大まかな計画を立てたのでした。
 あとは計画通りにとんとんと事は進み、予定通りに大阪着。ホテルにチェックインを済ませて、コンサートの開場・開演を待つばかりでした。 今回もホテルはリーガグランドホテルに取り、年初めにインターネットで予約を済ませていましたが、1週間くらい経ってからたまたまホテルのHPを見たら、同じ日の同じタイプの部屋の料金が3000円も安くなっていることに気づき、予約していた分をその場でキャンセルし、新たに予約し直して3000円を浮かせたのでした。ホテルの宿泊費は日々変動しており予約時の料金で決まるので、予約した後のチェックをしたほうが良いと言う教訓を得ました。

★コンサート開演前
 ロビーで誰かに会えるかと思いつつ行ってみると、てぐみんさんと吉田さんにお会いできました。吉田さんは今回はコンサートはパスしたようです。それから、てぐみんさんのお知り合いお二人とちよっとだけお話させていただきました。今後新たな友達の輪になっていきそうな予感がしました。座席に移動後、紬さんの席の番号をお知らせいただいていたので、紬さんが席に着いたのを見て(わりと近くの席でしたので)、まずはご 挨拶だけ申し上げました。

★コンサート終演後

 オフ会に参加する方々と連絡を取って、ロビーで待ち合わせ。初めてお会いする方もいましたが、無事合流。さださんを出待ちした後、総勢8名で、オフ会会場のお店(JR大阪駅近く・梅田の地下街)まで歩きます。わずか10分くらいの道のりですが、地元関西の方々の歩くのが速いこと。そう言えば思い出しましたが大阪の人は全国一歩くのが速いという統計(?)があるのでした。、普通に歩いているのに引き離され、横断歩道で信号は無視まではいかないもののギリギリでも渡って行くし・・・(笑)。
 この日のメンバーは、大阪1人、兵庫2人(ご夫婦)、京都1人、滋賀1人、富山1人(金沢に赴任中)、栃木2人計8人。中には顔を合わせてみたら以前からお知り合いだった方同士もいて、「人の縁とは不思議なもので」を実感。初めての方同士も、そこは「さだまさし」というキーワードで集まっている人たちですから、最初から同級会のノリであっという間にうち解けてしまうのでした。今回の会場となったお店は、地元の“お嬢”さんが用意してくれた「美食酒家ちゃんと。(ハービス大阪店)」。お嬢さん行きつけのお店らしく、いろいろと工夫していただいて、それがまたオフ会に参加した皆さんの心をくぎ付けにしてしまったのでした(写真はデザートとして出されたヨーグルトケーキ。ケーキの周囲にはクッキーで焼いた「大阪/さだまさし最高!!」の文字)。オフ会が初めてという方もいらっしゃいましたが(そういう僕も2度目です)、オフ会の楽しみという禁断の果実を味わわせてしまったような気がします。
 楽しいオフ会の時間(約2時間)はあっという間に過ぎていき、お店の閉店時間になってやむなくお開きとなったのでした。中には別の仲間と合流して朝まで楽しみましたという報告も受けました。

<2月8日(日)>
【行程】

ホテル → 地下鉄淀屋橋駅 → 難波駅・近鉄難波駅(近鉄奈良線・橿原線)→ 尼ケ辻駅 → 垂仁天皇陵 → 唐招提寺 → 薬師寺
8:45チェックアウト                             10:00頃
→ 西ノ京駅(近鉄橿原線・奈良線)→ 近鉄奈良駅 → 東大寺 → 近鉄奈良駅→(近鉄京都線)→ JR京都駅 →
                   13:00頃          15:11発         16:00頃/16:34発のぞみ138号
JR東京駅(山手線)→ JR神田駅(地下鉄銀座線) → 東武浅草駅(東武日光線)→ 自宅
18:53着                       20:00発けごん39号    22:00頃 


★奈良散策
 朝8:45分、ホテルをチェックアウト。上記の行程で奈良のごく一部を散策。電車を利用した以外はすべて自分の足で歩きました。
垂仁天皇陵から薬師寺までは前日に購入した「るるぶ奈良」で紹介されていたモデルコース。時間的にもちょうど良かったです。

★垂仁天皇陵
 第11代垂仁天皇の御陵。前方後円墳とのことですが、近くではその形は感じられません。本来は周囲の濠に水がたたえられているようですが、季節のせいか、何か意図があってのことか濠に水は全くありません。濠の周りに細い遊歩道が作られており、半周しました。僕の他に観光客はいなくてひっそりしていました。

前方後円墳の正面

周囲の濠に水はなかった

★垂仁天皇陵から唐招提寺へ
 道の両わきに田んぼが広がっています。日曜日ということもあり、地元の人が散歩をしています。途中、奈良市街方面を望むと若草山が見え、そのふもとに東大寺大仏殿の鴟尾が肉眼でも分かります。コンサートにいつも持参している双眼鏡があったので、双眼鏡で覗いてみました。手前を近鉄橿原線が通っているので、列車が来るのを待って写真に納めてみました。

★唐招提寺
 唐僧、鑑真が天平時代に創建したお寺。ここは中学の修学旅行でも来ていないので、はじめての来訪。しかしながら、国宝・金堂は平成12年から21年までの予定で解体修理中。金堂がある場所は工場のように大きな建物で囲まれて土の土台だけが露出しています。金堂に安置されていた仏像は大講堂に一時間借りして展示中。観光客の姿も少なく、ひっそりとしていました。

唐招提寺へ向かう途中、若草山を望む。列車は近鉄橿原線。

解体修理中の唐招提寺金堂

★薬師寺
 唐招提寺とは目と鼻の先。ここは修学旅行でも訪れていますが、お坊さんの面白い話(内容は完全に忘れている)とかすかに東塔の印象があるだけです。もっとも覚えていたにしても近年の堂塔の建立・再建により、当時の面影とは全く違っているはずです。北受付から入って、金堂や東西の塔を見る前に、東僧坊で行われていたお坊さんの説話をほんのちょっとだけ聴きましたが、興味を惹かれたお話だったのでかいつまんで紹介します。
    
人間はつまらないこと、面白くないことがあると、顔がうつむいてしまうのだそうです。つまり顔が下を向いてしまう。ここから
    “面倒”という言葉が生まれました。逆に、楽しいことがあると、顔が上を向いて光が当たり白っぽく見えるようになる。
    顔が白くなるところから“面白い”と言うようになりました。

ざっとこんな話でしたが、“面白い”の説明ではもう亡くなりましたが、美白で有名だった鈴木その子さんのお名前が出てきたりして、やはりここのお坊さんの話は面白いと感じさせられました。さらに余談ですが、合掌の際「手と手を合わせて“幸せ”」の説明をした後、「手の甲と甲を合わせて指の節を合わせて“節合わせ(不幸せ)”」、「爪と爪を合わせて“爪合わせ(詰合わせ)”」などと学生さんが言ったことがあるというエピソードも紹介してくれました(笑)。
 中門と金堂の間は2001年5月にさだまさしさんのコンサートが行われた場所です。金堂の脇を通って東塔と西塔を間近で心ゆくまで見ました。頭の中ではさださんの「瑠璃光」がぐるぐる、ぐるぐる鳴り響いていました。この日は風があって、耳を澄ますと風鐸の音が聞こえます。西塔の相輪につけられた風鐸の音でした。東塔には現在風鐸はありませんが、風鐸のついていた跡はありますので、おそらく1300年前の白鳳時代にも同じような音が響いていたに違いありません。東塔の水煙を双眼鏡で覗いて楽しみました。奈良に限らず観光に出かけるときは双眼鏡を持っていくと楽しみが増えそうです。

薬師寺東塔

薬師寺西塔

時刻は正午。太陽の南中時に真北に落ちる東塔・西塔の相輪と水煙の影

★東大寺
 ここも修学旅行で訪れてはいるものの、教科書で見た南大門と大仏の大きさの印象しか残っていませんでした。ちょっと道を間違えて大仏殿前の参道の南大門と大仏殿の間へ出ましたので、いったん南大門の南側へ戻ってから金剛力士像を拝見し、大仏殿へ向いました。大仏殿前の広場では、1980年に昭和の大修理が終わった時に落慶法要記念としてここでもさださんがコンサートを行っています。大仏殿周辺にいる間、「まほろば」が頭の中で響き続けます。それにしても、大仏そのものももちろんですが、大仏殿の大きさはよくぞこんなに大きなものを現在のような重機が無い時代に作ったものだと感心させられます。しかも現存の大仏殿は江戸時代の再建で、創建当時の3分の2の大きさでしかないというのですから、天平時代の人々の苦労や技術が偲ばれます。
 修学旅行コースとしては、南大門と大仏殿で終わってしまうところですが、東大寺の行事の中でも重要な行事の一つである“修二会”の舞台となる二月堂へ向います。大仏殿脇からけっこうな坂道を上がり三月堂の前に出ます。目の前の絵馬堂茶屋というお休処で昼食をとって二月堂へ上がります。修二会のクライマックスとしてよく知られている“お松明”が振られる舞台に上がり大仏殿の屋根の向こうに奈良の街を望みます。二月堂周辺にいる間、今度は「修二会」が頭の中で響き続けます(こればっかりやん・・さだファンはきっと誰でもそうなるのです)。
 二月堂を堪能したあと、大仏殿の後ろを通って転害門(てがいもん)へ向います。東大寺の中でも創建当時のものは数少なく、この門は天平時代に建てられたそのものが残っているとのことです。この門について、かつて宮大工の小川三夫氏(薬師寺の西塔や金堂の再建に尽力した最後の宮大工棟梁と言われた西岡常一氏の唯一の内弟子)の講演を聞いたことがあって、その中のとても印象的な話が心に残っています。それは、門を西側(国道側)から見た時にいちばん右側にある柱についてです。門の表に面している柱ですから、できれば美しく見せたいというのが人情ですが、当時の人々の建築に対する考え方は、材料を活かすということに気を配ったそうです。どういうことかというと、木は陽がよく当たる南側に大きく成長し枝を延ばしますから、一本の木を柱にしようとすると木の南側に面したところには大きな節ができることになります。この木を建築材料に使おうとするときに、この節を隠そうとして目に付かない北側に向けて使うと長持ちしないのだそうです。つまり、木として生えていた状態と同じ向きで、南に面していたところは南に向けて、北に面していたところは北に向けて使うと長持ちするのだそうです。つまり、見た目の美しさよりも、素材を長持ちさせるということに心を砕いた昔の人の知恵がそこに実践されている、その例としてこの転害門の柱を紹介されたのでした。そのことを思いだしながらその柱の側に近寄って、昔の人々の知恵によってこの柱や門は1200年以上も風雪に耐えて来たのだと思うと、なんだか不思議な感じがしました。


威容を誇る東大寺大仏殿

修二会の舞台となる東大寺二月堂

天平時代から残っている数少ない建築物・転害門

転害門西面右端の柱。大きな節がいくつも見られる。

★帰途へ
 転害門をあとにして、近鉄奈良駅まで急ぎます。1時間に1本の京都行き急行に乗り遅れると、予定していた列車に乗り遅れてしまいます。無事に予定の列車に乗り、順調に帰宅することができました。
 奈良にはまだまだ行きたいところがありますが、今回は今回として自分なりに納得のいく2日間でした。

(2004/02/11 記す)