はるラヂオ東京謝恩オフ&ライブ
(2004/03/13)



プロローグ】
 沖縄の地域コミュニティFM局「FMちゃんぷら」の番組「はるラヂオ」でDJをしているはるさんの「東京謝恩オフ&ライブ」に参加しました。そもそもなぜ沖縄のラジオ局なのに東京でのオフ会なのか?。それを語れば長くなりますが、かいつまんで紹介しましょう。
 それは昨年8月のことでした。沖縄でひっそりと(失礼)オンエアをしていた「はるラヂオ」でさだまさし特集をやるという情報がさだまさしファンサイトの掲示板に寄せられました。FM波は沖縄から届くはずはないのですが、当ラジオ局はインターネットを利用したwebラジオを放送しているので、日本全国どころか、世界中で聴くことができる環境があったのでした。web放送を聴くためにはインターネット接続環境があること、リアルプレーヤーがインストールされていることが必須でしたが、さだまさし特集を聴きたい一部の濃〜いファンは何とかその環境を準備して「はるラヂオ」のさだまさし特集を聴き始めたのでした。当初は火曜日午後9時からの1時間番組だったのが、やがて日曜日の午後9時からの2時間放送になったのもこうしたファンが後押しをした結果のようでした。さだまさし特集放送が始まるやいなや、全国のさだファンからのリクエストメールが届いたり、はるさんのHPの掲示板にたくさんの書き込みがされるようになったのでした。DJのはるさんは番組に寄せられたメールを片っ端から読み(初めの頃のある放送では、届いたすべてのメールを読んだことがありました)、また忙しいのにもかかわらず掲示板の書き込みには必ずレスを付けてくれるという温かい配慮がファンに親しさを感じさせていったような気がします。更にははるさん自身が大のさだまさしフリークで、いろいな蘊蓄を語れることも「はるラヂオ」のファンを定着させていった要因のような気がします。
 そんなこんなでみんなで盛り上げてきた「はるラヂオ」ですが、そのはるさんがお礼を兼ねてと計画されたのが、今回の「東京謝恩オフ&ライブ」なのでした。 今回参加したのは、主に関東近県で「はるラヂオ」をインターネットで聴いているさだまさし&はるファンでした。中には北陸から参加した方もいらっしゃいました。幹事役は「はるラヂオ」東京支局の【HAL】さんでした。準備の段階から当日、後日までいろいろとご配慮をいただきました。お疲れさまでした。

《 3月13日(土) 》
【オフ会】

 12時に池袋東口ジュンク堂書店前の三角地帯が集合場所。僕は11時30分少し前にその付近に到着。まだそれらしい人影は見られなかったと思います。何せ、放送や掲示板ではお耳やお目にかかっている方々でも、面と向かいあうのは初めての方ばかり。それがオフ会の一つの醍醐味でもありますが、こう見えても人見知りがちな僕(突っ込みが入りそう・・笑)としては様子見と昼食を兼ねて集合場所が見える目の前のマクドナルドの3階へ入ったのでした。
 やがて集合時間の10分前になりましたが、Macの3階から見ていてもそれらしい人影が分らなかったので取りあえず店を出て、横断歩道で信号待ちをしていたところで「はるラヂオ」の旗のようなものを持っている方(後で
【HAL】さんであることが分りました)を発見しました。側には何人かが集まっており挨拶を交わし始めたところでした。僕も何となく挨拶や自己紹介をしましたが、皆さんハンドルネームでの挨拶(そうじゃないと分らない・・笑)ですが、中には僕のハンドルネームから初めは女性だと思っていた方もあったようでした。リクエストメールや掲示板では意識して「僕」と使うようにしていましたので、「ああ、男の人なんだな」と気づいてもらえたようです。
 当日のオフ会は都内のさだまさしスポットを巡るというコンセプトで、次のようなコースとなりました。

池袋駅東口→(徒歩)→鬼子母神→(徒歩)→都営荒川線鬼子母神前駅→(バス)→無縁坂→(徒歩)→
湯島天神→(徒歩)→湯島聖堂→(徒歩)→聖橋→(徒歩)→ニコライ堂→(バス)→
市川市手児奈霊堂→(徒歩)→さだショップ市川ヨーロー堂前→(徒歩)→市川市内某民家前→(徒歩)→
ライブ会場「ALMANAC」

以上のほか、当初は荒川遊園地・浅草公会堂スターの手形・木根川橋を巡る予定でしたが、時間の都合により割愛されました。

★鬼子母神(きしぼじん)
 さだまさしさんの最新アルバム『すろーらいふすとーりー』のブックレットのやコンサートパンフレットVol.49に使われている写真(石燈篭に腰掛けて子供に何か見せている写真と鬼子母神のすぐそばにあるお稲荷さんの鳥居でギターをもって歩いている写真)を撮影した場所です。池袋駅東口ジュンク堂前の交差点から600mの標識がありました。この時点での参加者10数名(参加者名は後に記します)はぞろぞろと歩いて鬼子母神へ向かいました。先頭ははるさんと
【HAL】さん。10数人ではあるけれどあっという間に先頭と最後尾の間があいてしまいます。
都営荒川線鬼子母神前駅
 
アルバム『すろーらいふすとーりー』のジャケット写真が撮影された場所です。ジャケット写真は駅前踏み切りから早稲田方面側に向かって四番目(かな?)の踏み切りで撮影された模様です。アルバムジャケットは早稲田方面側から鬼子母神前駅方向を向いて撮影されていますが、今回は鬼子母神前駅側から撮影場所の踏み切りを見るということになりました。はるさんはじめ参加者全員が駅前踏み切りから線路を覗いている様子は傍から見るときっと奇妙な風景だったに違いありません。線路を見るだけに飽き足らない参加者の中から、かあるさんがはるさんのギターケースを借りてその踏み切りまで走り(およそ200mくらいある)、ジャケット写真と同じようなポーズをとりました。この写真は某掲示板で紹介されていますのでご覧になった方もいらっしゃるでしょう。方向は逆でしたが、ジャケット写真の雰囲気が出ていました。
★無縁坂
 都営荒川線鬼子母神前駅を後にした一行は、明治通りに出て、
【HAL】さんが手配してくれた○○○観光バス(28人乗りサロンカー)に乗り込み、上野を目指します。水上音楽堂近くでバスを止め、当日沖縄から来たはるクラブ会長ぽんさんが合流。ぽんさんを迎えに行くのに、はるさん少し長い距離を走ったそうです。ぽんさん合流後、不忍池のほとりを歩いて無縁坂に向かいます。学生時代に何度か訪れましたがその頃と全く変わっていませんでした。
★湯島天神
 無縁坂を登りきって、住宅街を縫って湯島天神へ向かいます。こちらも学生時代に何度も来ていますが、いつもお茶の水駅から向かっていたので、ちょうど反対側から向かうというのは初めてでした。大きな石の鳥居があることをこの日まで知りませんでした。境内はたくさんの梅の木がありますが、花は咲き終わった後でした。折しも、受験生のものと思われる絵馬がたくさん掛けられていました。
★湯島聖堂
 さださんの名作『檸檬』の舞台となった所です。ここでさだっちさんと合流。大成殿では太極拳をしている方々がいました。また、ここも何度も訪れていますが、大成殿の中の扉が開いているときに来たのは初めてでした。『檸檬』の冒頭に「あの日湯島聖堂の 白い石の階段に腰掛けて」とありますが、僕には今もってその階段がどれを指しているのかが分っていません。
★聖橋(ひじりばし)
 神田川を挟んで北側に湯島聖堂(孔子)、南側にニコライ堂(聖ニコライ)があって二人の聖人を結んでいるところから名付けられたのが聖橋です。『檸檬』では主人公がこの橋の上から檸檬を放るシーンがあったり、レモン色と「快速電車の赤い色」(中央線特別快速電車)と「各駅停車のレモン色」(総武線普通電車)の対比が美しいです。しかしながら総武線普通電車の車両は今はステンレスカーに黄色いラインが入っているだけになってしまいました。聖橋をもっとも美しく見るポイントはお茶の水駅を挟んだ反対側のお茶の水橋から聖橋・神田方面を向いたアングル(『檸檬』のシングル盤ジャケットになっています<さださん直筆イラスト)ですが、今回は聖橋を渡りながら『檸檬』の歌の世界に思いを馳せました。ちなみに橋の上から檸檬を投げる方はいませんでした。
 余談ですが、JRお茶の水駅前に「レモン」という画材屋があって、以前はその3F・4Fで「レモン」という喫茶店をやっていました。一昨年に久しぶりに訪ねたときには既に喫茶店はなくなっており、画材を売っていました。で、この喫茶店はガロの『学生街の喫茶店』という歌の舞台になったと学生時代に聞いたことがありますが、本当かどうかは未確認です。
★ニコライ堂
 中には入りませんでした。既にお気づきのように、当管理人はお茶の水界隈は何度も訪れていますが、ここニコライ堂だけはまだ中に入ったことがありません。今回もよい機会だったのですが、時間の関係で次の機会までおあずけです。ニコライ堂前で再びバスに乗り込み、市川へ向かいます。
 バスの中でぽんさんが沖縄から持参してきてくれた「ジューシーお握り」と「ヒラヤーチー」、「サーターアンダギー」をご馳走になりました。
★手児奈霊堂
 ライブの準備のため市川真間駅近くで、はるさん、章子さん、かあるさんが下車します。かわりに既に近くのホテルにチェックインしていたたっつあんを呼び出して合流しました。手児奈霊堂近くまで(そんなに近くではなかった)バスで移動後全員下車。バスとはここでお別れ。運転手さんお疲れさまでした。はるさんと【HAL】さんの話では運転手さん、ちょっと機嫌が悪かったような話しぶりでした。観光バスをタクシーのように使ったのがいけなかったのかも、というお話でした。
 手児奈霊堂にはさだまさしさんが自ら植えた桂の木があります(よりによって「かつら」とは、って言わないように!!(爆))。木は本堂に向かって左側に植えられています。特に看板や案内板があるわけではないので、知らない人は気づかないまま通り過ぎてしまいます。ここでもお約束通り記念写真をパチリ。
★さだショップ市川ヨーロー堂
 手児奈霊堂からJR市川駅に向かう途中にその店はありました。「さだショップ」とはさだ企画が認定するレコード店で、さだまさしCDを力を入れて販売しているお店です。あいにくこの日はお休みでしたが、本来は家電製品を扱う電気屋さんです。そう言えば昔は町の電気屋さんでレコードやカセットテープを売っていたものでした。
★市川市内某民家前
 具体的には書きませんが、ここまで読み進めてきたあなたならどなたの家かわかりますよね?。その民家の前では記念写真を撮る者あり、ゴミ集積所のゴミ出しの曜日を確かめる者あり(爆)、いろいろと不審な行動をする集団と化しました。ただし、住宅街で日もとっぷりと暮れて薄暗くなったのでご近所への配慮も忘れずにひそひそ話になったのが、さすがにこの団体だな〜と感じ入った次第です。ひそひそ話になったのがよりいっそう怪しげな集団であるという印象を与えていたような気がしないでもありませんが・・・(笑)。
 当管理人は翌朝再びこの民家前を訪れるのですが、この時点ではまさかあんなことになるとは思いもしませんでした。このことについては、《3月14日(日)》の項を見て下さいね。
はるライブの会場「ALMANAC」
 某民家前を後にした一行は、この日2番目のイベントである「はるライブ」の会場、「ALMANAC」へ向かいます。途中僕は羽柴小一郎さんに「あの方の家があそこならば建具屋のカトーさんも近くだよね」などと話しかけ、つまらないことに思いを馳せていました(笑)。
 「ALMANAC」は市川真間駅のホームの真っ正面、店の中からもホームが見えます。開場前だったので、一行の皆さん全員が店の前で並ぶという、いたずらをしました。知らない人が見たら何の行列だろうと思うだろうって。その様子は
【HAL】さんのカメラに収められました。もっとも、「何の行列なんですか」って尋ねる人はいませんでしたが・・・。
 開場まで少し時間があるので、僕と【HAL】さんはチェックインするためにいったんホテルへ向かいます。ホテルの入り口にたどり着くのに、ホテルの一角をぐるっと一回りしてしまいました(笑)。

【HAL】さんが作ってくれたアイコン付き名札。参加者全員に事前に渡されていました。

鬼子母神本殿

都電荒川線鬼子母神前駅。
駅前踏切から早稲田方面を望む

無縁坂の案内板。裏側に解説がある。

看板の前で記念撮影

湯島聖堂大成殿

市川市手児奈霊堂。
一行が囲んでいるのがさだまさしお手植えの桂の木。

【はるライブ】
 ラジオだけ聴いているとはるさんはどうしてもDJという印象が強くなってしまいますが、本来はアーティスト、シンガーソングライターなんですね。ラジオでも時々ギターを弾きながら生唄を披露していただきましたが、この日は本来のアーティストとしてのはるさんの姿を知ることができました。
 はるさんにとって会場の音響設備は十分に満足できるものではなかったようですが、我々一行にはそんなことは関係なかったです。生で、目の前でギターを弾きながら歌ってくれるということで十分だったのでした。プロである以上、納得してもらえるものを提供したいという思いは当然あると思いますが、この日については半日行動を共にしたり、いろいろなお話ができたりというトータルに考えて十分に満足させていただきました。
 ライブは午後7時開演予定でしたが、はるさんの学生時代のお友達が到着するのを待って少し遅れてスタートしました。ライブのメニューは次の通りです。なお、このメニューをここに記載するに当たっては、はるさんのHP内掲示板「東京謝恩オフ会ライブボード〜ALMANAC〜」に黄菜さんが書き込みされた内容を、黄菜さんの了解を得て使わせていただきました。黄菜さん、ありがとうございました。

【はるライブ メニュー】
〜第1部 リスナーの夕べ〜

  1.いつもの空
  2.CLOUDY
  3.DON'T CRY MY LOVE
☆めざせ!印税生活のコーナー☆
  4.桜の頃
  5.いつまでも
  6.Never say goodbye
  7.LIGELET
Dr.HALの「おじゃましまっす」
  (絢音ちゃんのお誕生日が近いので、
      参加者一同からプレゼント)
GEST TIME
    玉城まさゆき さん
  1.南へ
  2.友情
  3.越来の夕やけ
  4.夕暮れの街
〜第2部 さだまさしストーリー〜
      はるwith小田原グランドオーケストラ
  1.分岐点
  2.前夜
  3.主人公
  4.夢しだれ
  5.風に立つライオン
  6.落日
  EC. 檸檬


「ALMANAC」の店先に出されていた看板

 生のギターをすぐそばで聴くということがしばらくなかったのでとても新鮮な感じがしましたし、やっぱりアコースティック・ギターっていいな、と改めて感じた次第です。ゲストの玉城まさゆきさんの演奏も軽やかでなかなか良かったですよ。第2部では、半ば飛び入りの“小田原グランドオーケストラ”(笑)のジャンべ(太鼓の一種)が花を添えました。演奏中、きっと誰もが歌詞を口ずさんでいたのではないかと思います。そのジャンべを叩いていたか○るさんですが、あまり緊張した様子はなかったのですが、目ざとく黄菜さんが演奏曲目をメモしていることに気がついて「何が緊張するって、黄菜さんがメモを取っていること」みたいなことを言って笑いをとっていました。
 終演予定時間は21時30分だったようですが、実際に終了したのは22時を大きく回っていたような気がします。何だか全然長さを感じないうちに時間が過ぎていった気がします。ライブ終了後は、皆さん名残惜しそうにはるさんと話を交わしたり握手してそれぞれ家路へと付いたのでした。ごくごく一部の人間を除いて。

【非公式2次会?】
 ライブ終了後、はるさんと某プロモーターの方、当日お泊まり組の【HAL】さん、たっつあん、そして当管理人の5人は音響機材やはるさんの荷物を片づける(店内から店先のタクシーまで運んで積み込んだだけですが)お手伝いをした後、JR市川駅前の居酒屋に入って午前1時40分ぐらいまで静かに語ったのでした。そこではここには書けないようないろいろな裏話をはるさんから伺いました。
 おひらきの後、はるさんはプロモーターの方の車で船橋のホテルに向かいました。【HAL】さん、たっつあん、当管理人は二人をお見送りした後、ホテル(3人とも同じホテルでした。周辺には他に目ぼしいホテルは無いので)へ戻っておやすみなさい・・・zzz・・・・。

【当日の参加者】
はるさん・章子さん・絢音ちゃん・ぽんさん・ちさき〜さん・【HAL】さん・かあるさん・羽柴小一郎さん・akikoさん・薫色さん・コスモスさん・はくちょうまるさん・リリーさん・チェリーさん・保健のお姉さん・ひよこさん・さだっちさん・たっつあんさん・黄菜さん・ムーンライト(以上、順不同)


《 3月14日(日)》
 「はるラヂオ謝恩オフ&ライブ」の翌日、ホテルをチェックアウトした後は学生時代を過ごした下宿周辺や大学へ何となく行ってみたりしました。更には映画『解夏』のロケが行われた神宮外苑の絵画館に寄り、最後は浅草公会堂のスターの手形でさだまさしさんの手形を拝見して帰宅の途につきました。

★市川市内某民家近く
 前日の夕方に訪ねた某民家前を再び訪ねました。というのは、前日はとっぷりと日が暮れた頃だったということと、何よりももっと自分の脳裏に強く印象づけておきたいと思ったからでした。お天気は昨日に負けず劣らずポカポカ陽気で気持ちのよい朝でした。時間は午前9時30分頃だったでしょうか。昨夕の印象と合わせて朝日に照らされたそのお宅の門がまえを目に焼き付けて、もちろん写真にも撮らせていただきました。これでもう満足、と思って来た道を戻って国道方面へ向かいました。実はこの直前に、一本西側の道からも国道へは抜けられそうだと気づいていたのですが、もしその道を通っていたらその人とばったりと出会うなんていうことはなく、ちょっとのところですれ違ってしまっていたのでしょうね。さて、元来た道を国道方面へ歩いていくと、一人の女性がこちらへ向かって歩いてきます。最初は気にも留めなかったのですが、近づいてくるにつれて、「あれれっ、見覚えのある女性ではないかと・・・」。でもって、はっきりとそれが佐田玲子さんであることを認識したのでした。そうわかった瞬間から、果たして声を掛けるべきか、或いは何事もなくただの通りすがりとしてすれ違うか、本当に短い間に頭の中で葛藤がありました。結局、「佐田玲子さんですよね」と声を掛けてしまいました。怪しい者ではないという意味で、「栃木のムーンライトです」と思わずハンドルネームで自己紹介してしまいましたが、後で思い返せば「栃木放送の〈ひとりじゃないよ〉リスナーのムーンライトです」と言えばよかったかなと後悔しました。もっともあまりラジオのほうにお便りしていなかったので、ハンドルネーム(ラジオネーム兼用)でも誰だかわかってもらえなかったかもしれません。とにかく、こちらはもう予期せぬ出来事でドキドキものでしたから。玲子さんが「何でこんな所にいるの?」と聞いてくれたので、実はかくかくしかじかでと、はるラジオのこと、夕べ近くでライブがあったことなど手短に説明しましたところ、「はるラヂオ」について玲子さんは、「ああ、沖縄でさだまさしさんの特集をやっているところ」という認識をされていたようです。そんなこんなで、最後は「応援しています。頑張って下さい」とか何とか言ってお見送りしました。もちろん玲子さんは、ご実家に行くところとのことでした。この間、わずかに1〜2分だったと思います。
 それにしても、こんなことが起こるのですね。
★中目黒界隈
 市川市を後にして、JR総武線・山手線・東急東横線を乗り継いで中目黒へ。渋谷駅で東横線に乗り換えたとき、東横線のホームから見て東急文化会館が跡形もなく取り壊されていることに驚きました。8階の五島プラネタリウムが閉館したことは知っていましたが、文化会館そのものが無くなってしまっていたとは知りませんでした。これも20年の月日なのですね。学生時代は東急文化会館の5階にあった三省堂書店渋谷店によく立ち寄ったものでした。
 東横線渋谷駅から乗った車両は、開通したばかりのみなとみらい線直通の車両でカラフルでした。急行でたった一駅で中目黒です。ここも駅前の再開発で高層ビル(目黒区総合庁舎だったかな)が建っていてびっくりでした。中目黒は学生時代に下宿していた場所で、駅前から祐天寺方向へ商店街が続いていますが、その商店街からちょっとだけ脇道に入った所に下宿していました。お世話になったお宅は立て替えられて鉄筋3階建てになっていました(当時は木造2階建て)が、お世話になったその奥さんの名前が表札にありました。おそらくもう80歳を過ぎている頃だと思いますので、声はかけずにお宅の前を通っただけにしました。再び商店街を中目黒駅方面に戻りますが、当然商店街も当時とは趣を異にしています。銭湯はドラッグストアに変わっているし、全体に小奇麗なおしゃれな店が多くなっていました。
★国學院大學
 中目黒から東横線で渋谷へ戻り、東口の歩道橋を渡って大学への通学路を歩きました。大学を卒業してから1度だけ訪ねたことがありましたが、それでも10年以上の月日が経っていると思います。しばらくぶりにあちらこちらへ行ってみると変わってしまっている所ばかりでしたが、渋谷警察署の脇を入り、金王神社前の横断歩道を渡り、常磐松小学校の前を通る通学路はあまり変わっていませんでした。大学のキャンパスは入試も終わった後で、学生は春休みとあってひっそりとしていました。創立120周年を前にして、新たな校舎の建築工事が進んでいました。
★神宮外苑・絵画館
 渋谷駅へ戻って地下鉄銀座線に乗り外苑前で下車しまた。銀杏並木を絵画館まで歩きます。この銀杏並木は11月下旬から黄色いじゅうたんに覆われて見事なのですが、実はその時期に行ったことがないのです。一度は見てみたいと思っています。
 さて、絵画館正面にある階段で、映画『解夏』のあの場面が撮影されました。隆之が陽子を求めて上京し、「僕の目になって欲しいんだ」と言うシーンです。とても好きなシーンです。
 外苑周辺の野球場、テニスコートなどではたくさんの人々がスポーツを楽しんでいました。それらを横目に再び銀座線外苑前駅まで歩きます。
★浅草・浅草寺・浅草公会堂スターの手形
 浅草は一番身近に感じる東京の玄関口です(東武線沿線に住んでいるので)。学生時代には浅草まで来ると故郷に戻ってきたように感じたものです。浅草に来たら浅草寺をお参りせずには帰れないという習慣になってしまっているので、この日もお参りしました。それにしてもこの日はすごい人出でした。この日の「はるラヂオ」ではるさんが電話でレポートしていましたが、犬しかいないというのが信じられないくらいの大混雑でした。ところで「はるラヂオ」を聴いてふと思ったのですが、ひょっとしたら浅草ではるさんとニアミスしていたんですね。
 人込みの中を浅草公会堂スターの手形へ。浅草は東京へ出るたびに通ってはいても、ここを改めて訪ねるのは初めてでした。もちろん、さださんの手形があるのは知っていましたが。すぐ斜め上には田中邦衛さんの手形がありました。

★慌ただしく遅い昼食を食べて、浅草駅発14時30分の特急スペーシアで帰宅の途につきました。こうして振り返ってみると、いろいろな意味でとても濃い1泊2日だったように思います。
 当管理人も予想しないほどの長文になってしまいましたが、当レポートをお読みいただいた皆さま、ありがとうございました。

(2004/03/31・04/01 記す)

神宮外苑・噴水前から青山通り方面を望む

絵画館正面の階段

浅草公会堂・スターの手形。左下がさださん。右上は田中邦衛さん。