<<2002年6月25日 入院・手術の予定決定>>
6月25日のCT検査の結果、胆嚢に胆石があることが確認され、この時点で7月24日入院、同26日胆嚢摘出手術が予定された。診察終了間際、医師(院長)から「痛みが出たらいつでも来て下さい。夜間でも結構ですから」と言われる。この時はその言葉をそれほど重くは受けとめていなかった。入院までちょうど1ヵ月あり、その間痛みの発作を誘発させないために食事に気を付けなければならず、栄養士の指導を受けて帰る。ところが午後から、痛みが再発。横になっていればいくぶん楽だったので夕方まで安静にして過ごす。夕食の途中で嘔吐し、その後さらに楽になる。
翌26日は通常に出勤するが、腹部には鈍痛が残っており、身体全体がだるい感じがする。午過ぎ頃からだったろうか、尿の異変に気づくが、この日は仕事の関係で21時ごろまでの勤務で帰宅も遅くなった。<<2002年6月27日 緊急入院>>
一昨日からの腹部の痛みは続いていたが、いつも通りの時間に出勤の支度をして車を乗り出す。が、10分くらい走ったところで、仕事ができる状態ではないと判断して自宅に引き返し、病院へ行く。この時、特別に痛みが増したということではなく、診察を受けて痛み止めの注射なり、点滴なりの処置を受ければ午後からでも出勤できるのではないかと言う思いがあったのと、25日に診察を受けた時の「痛みが出たらいつでも来て下さい」の言葉が病院に足を向けさせた理由であった。
外来受付を済ませ、診察の順番が来るのを待った。診察を受けると、医師は開口一番「痛みが出ましたか」と言った後、目を見て「ちょっと待てよ、黄疸が出ている。すぐに入院しましょう」と告げられる。「黄疸が出ている」と言われてもピンと来なかったのだが、直後から血液検査・尿検査・エコー(超音波)検査・心電図・腹部レントゲン等の検査を受けて、病棟へ案内される。ロビーで少し待たされた後、病室へ案内され、看護師さんがすぐに点滴の準備を始めたので、「入院の準備をして来ていないので、ちょっと待って欲しい。」と告げたら、主治医と連絡をとってくれてOKが出たので、2時間の猶予をもらって自宅へ帰り入院の支度をしたり、職場への連絡を済ませたりして14時頃入院。早速点滴が始まる。
16時過ぎ、内視鏡による検査などを受けるために病室を出るが、この時車椅子に乗せられる。歩けないわけではなかったが、検査を前にして点滴による投薬をしていたらしいので、歩いてはいけないらしい。車椅子は初体験。検査時に鼻から細いチューブを肝臓まで入れるという処置をした。これは肝臓に貯まってしまった胆汁を排出するのが目的らしい。検査・処置終了後、ストレッチャーに乗せられて病室へ戻る。ストレッチャーに乗せられるのももちろん初めて。この時意識はあったので、天井を見ながら、どこをどう通っているのかが分かった。病室を出てから戻るまで約50分。これから2日間くらいは絶食で、栄養はすべて点滴からの摂取となる。
18時過ぎ、主治医に呼ばれて症状と今日の処置、今後の治療方法などの説明を受ける。それによれば、総胆管に石が2つ詰まっていて、肝臓で作られた胆汁が流れなくなり、肝臓に胆汁が貯まってγ-GOT、γ-GPTが極端に高い数値を示していて、これが黄疸の原因であるという。昨日から尿が異常と感じていたのもこれが原因。主治医には「放って置けない状態」と言われ、ここに及んで緊急入院させられた事情を理解する。また、胆嚢の胆管出口近くにはウミのようなものと石が認められるとのことで、胆嚢の摘出手術を行うとのこと(胆石の場合、石だけを摘出しても再発の恐れが高いという)。ただし、手術をするには肝臓の回復を待つ必要があり、これには10〜14日くらいの時間がかかるとのこと。その間、肝臓まで入れたチューブによる胆汁の排出と点滴(抗生物質など)が治療の中心になる。この時点で、7月12日手術、7月20日頃退院のスケジュールであるという。
入院した患者として非常にありがたかったのは、このように主治医から症状や治療の方法、処置の目的、治療のスケジュール等々のきちんとした説明が受けられたこと。おかげで、何一つ不安なく退院まで過ごすことができた。こういうのを「インフォームド・コンセント」と言うのかな。<<入院した病院について>>
入院した病院は、今市市の市中心部にある「医療法人 明倫会 今市病院」という。同市内では唯一と言っていい総合病院。今までこの病院にかかったことがないのに、なぜこの病院だったのかは非常に単純な理由からであった。最初の診察を受ける時点で、しかるべき検査が受けられそうな病院、かつ場合によっては他の病院に紹介状を書いてもらえそうなところ、更には万が一入院となった場合、家族が行き来し易いという諸条件に照らした結果、この病院の選択となった。ところが、入院してから知ったのだが、この病院では、胆石症の内視鏡による手術を自治医科大学との共同研究で開発し、1990年以降1800症例を経験しているという(病院内の掲示板に掲示してあった)。いわば、胆石症のオーソリティがいる病院を図らずもまた幸運にも選択したことになる。実際に、同じ病室に入院していた方(入れ替わり計4人いたが)の2人は自治医大病院から紹介されてきたらしく、内一人はやはり胆石症で入院してきた方であった。
入院そのものが初めての経験であるため、他の病院と比較する術が無いのだが、毎朝院長の回診があり、必ず一言二言病状などについて話しかけてくれた。また、主治医も院長と前後して回診をし、患者のその日の様子を把握しているようであった。更にこれは当然と言えば当然のことながら、医師と看護師、看護師同士の連絡がきちんとされている様子がわかって安心できた。これは患者にとっては何物にも代え難い要素であるように強く感じた。<<入院生活について>>
入院中の1日のスケジュールはおよそ次の通り。6時起床・検温。8時朝食。9時過ぎ、院長・主治医回診、12時昼食、14時検温、18時夕食、20時検温、21時消灯。この間、必要に応じて点滴や各種検査が行われる。
入院して間もなくの頃は、勝手が分からず少々戸惑いもあったが、だんだん生活のリズムがつかめるようになった。症状としては入院中痛みなどは全くなく、特に安静状態を保っている必要もなかったので、点滴を受けながらも点滴台を転がしながら屋上に出て気分転換を図るのが日課になった。病院内では携帯電話の使用ができないので(禁止)、携帯電話使用の際は屋上に出るか、病院玄関の外に出るかしかなかった。
入院中の暇つぶしには、読書三昧で過ごした。読みたいと思った本はすぐ買ってしまう質なので、全く読んでいない本が何冊も「積ん読(つんどく)」状態だったので、できる限り読んでしまおうと思った。1日に単行本1冊位のペースで読むことができた。
一番辛かったのは、頭髪を洗えなかったことかな。ゆったりした洗面台があれば可能だったが、そういう場所はなかったので、看護助手さんにお願いしてナースステーションの流しで2回洗っていただいた。風呂は週2回入浴日があるようだが、全員というわけにはいかないようだ。ただ、手術前日はシャワーを浴びた。夏ということも幸いして、毎朝起床後にタオルを絞って全身を拭くということで十分であった。
消灯時間が21時というのも、普段の生活ではなかなか考えられないこと。消灯後も枕元のスタンドは点灯可能なので、さほど支障はないが、せいぜい読書かテレビを見る以外に特にすることもないので、結構退屈。入院中は割と早く就寝する習慣になっていったので、明け方早くに目が覚めることが多かった(2時とか3時、4時)。
食事は、胆石症と言うことで、基本は脂肪制限食。極端に脂肪を抑えたメニューでたんぱく質は魚や鳥のささ身が多い。また、緑黄色野菜が必ずと言っていいほど使われていた。ご飯は、必要に応じておもゆ、5分粥、7部粥、全粥であった。特に手術前後は絶食だったので、術後は消化器官に負担をかけないように、おもゆから全粥まで段階を追って変わっていった。<<手術について>>
手術は「腹腔鏡手術」といい、みぞおち、へそ直下、右わき腹に2ヵ所、計4ヵ所に1〜3cmを切開し、腹腔鏡(内視鏡)を用いて胆嚢を摘出するという手術だそうです。腹部を大きく切開する従来の方法に比べて、患者の身体的負担が少なく、手術後の回復も早いのが特徴のようです。
7月9日夕方、主治医から本人・家族(両親)に、入院時の症状と入院後の治療・手術についての説明を聞く。約30分間。手術同意書を受け取る。後日サイン・捺印をして提出。<<手術前日・当日・翌日>>
7月11日、翌日に手術を控えて、午前中に下腹部の剃毛、午後シャワー、夕食から絶食。下剤2錠服用。水分の摂取は21時まで。
7月12日、手術当日。起床後、浣腸。予定では当日3番目のオペということで午過ぎの予定。8時30分から最初の人のオペが始まるそうで、1番目2番目の方の進捗状況で予定はずれて来るという。9時過ぎ空腹感強まる。9時30分、術衣に着替え。点滴1本をオペ前に落とす。12時少し前、右肩と右臀部に1本ずつ注射。肩の注射は痛かった。手術に対する不安をなくすための注射と看護師さんが言っていた。12時10分頃、病室前からストレッチャーに乗ってオペ室へ移動。看護師さんたちに見送られる。オペ開始は12時15分。オペ室入室後、ストレッチャーから手術台に移され、術衣を脱がされる(両肩のホックをはずすとほぼ全裸状態になる)。口には酸素マスクをつけられ、点滴をしている針から全身麻酔薬が注射される。左肩がずし〜んと重くなるのを感じていたら、あっという間に意識を失っていた。
病室に戻ってきたのは14時20分(と後で聞いた)。病室までストレッチャーで戻り、病室でべッドに移されたはずだが、その時の意識はない。酸素マスクをつけられたあたりから意識が朦朧としだし、話しかけられれば答えられるぐらいになるが、それでも意識ははっきりとしていない。酸素マスクをつけてから1時間の間、10分に1回の割合で深呼吸をする必要があるらしく(肺血栓防止のためという)、母がその合図をしていてくれたらしい。酸素マスクは、3時間ではずしたらしい。手術後、祖父や叔父、妹、弟らが来ていたが、彼らが帰る時も、意識は朦朧としていた。いつの時点だかは覚えていないが、主治医が耳元で「手術は成功しましたよ」と言ってくれたことに「ありがとうございました」と返事をしたことを覚えている。手術後、執刀医から寝ている時に、「足を動かしたり寝返りを打ったりして、動いて下さい」と言われていた(やはり肺血栓防止のためらしい)ものの、なかなか寝返りまではできずにこの後辛い思いをする。看護師さんに、痛みがあるかどうか、痛み止めの注射が必要かどうか聞かれたが、たいした痛みはなかったので注射はしなかった。夕方、両親が帰ったことは覚えているが、その後は夜半過ぎまで眠ってしまったようだ。寝ている間に看護師さんによって点滴の交換がされたと思う。
夜半頃に腰の痛みで目が覚める。麻酔が完全に抜けるまでは頭を高くしてはいけないようで、枕が使えない。ゆえに、横向きになることができずに(上体を肩で支えると頭が下がって、反対側の肩から首にかけて負担がかかる)、仰向けの状態が長く続き、腰への負担がかかって腰の痛みがひどく、以後ゆっくりとは眠れなかった。
7月13日、手術翌日。5時頃目覚め、6時起床。といっても起き上がれず。9時過ぎに排尿のために尿道に入れられていたチューブ(カテーテルというのかな)を抜いてもらって、ようやく起き上がれる。正直に言って、入院中一番驚いたのがこのチューブ。こんなものがここに入るんだ・・・人体の不思議というか、医療技術の一端を垣間見た次第。執刀医から「手術翌日からはどんどん歩いて下さい」と言われていたが、オペ翌日はそろりそろりと歩いてトイレに行くぐらいが精一杯。切開した傷口の痛みはさほどではないが、両肩が張って痛い。肩こりの何倍もの痛さと言ったら分かるでしょうか。これは手術の際に腹部を膨らますためのガスを用いるそうで、そのガスの影響で肩が張るのだそうで、ガスを体内から抜く(吸収する)ためには、身体を動かす必要があるのだとか。午後になって幾分楽になるが、横になったり、起き上がったりするときに痛む。腹筋に力を入れると傷が痛むので、余計に肩に負担がかかって痛い。<<手術後の経過・退院>>
手術後の経過は順調で、手術後3日目には肩の痛みもほとんど無くなって、普通に歩けるようになり、階段の上り下りも出来るようになる。ただ、咳やしゃっくり、鼻をかむ時などに腹部に力が入ると、傷口が痛むので、極力腹部に力を入れないように努める。
7月15日、朝食前に体重を量ると、入院時に比べて-5kg、手術前までは-3kgだったから、手術後だけで2kgの減量。この後、手術後の影響で下痢の症状が出て、更に1kg体重が減り、入院時からすると最大で6kgの減量をしたことになる。通常で6kg減量するのは容易ではないけれどね。退院後、元に戻らないように注意せねば。
7月16日、腹部の造影検査。肝臓などに石が残っていないかどうかの検査。特に問題ないらしく、入院直後から肝臓まで入っていたチューブが抜かれて、すっきりする。7月18日に血液検査をして問題がなければ、退院にGOサインが出せるとのこと。この日の夕方、16時30分頃抜糸。抜糸と言っても、糸ではなく、傷口はホッチキスの針の太いようなもので止めてあるのを抜くだけ。痛みは全く感じない。手術翌日に、傷がこのピンで留まっているのを知った時もびっくりした。
7月18日、早朝に採血。午前中に看護師さんから、退院OKの旨連絡を受ける。17時30分主治医が回診し、明日退院してよいとのこと。退院後注意すべきことや、1ヶ月後に外来で診察を受けることなどアドバイスを受ける。
7月19日、10時30分 めでたく退院。<<看護師(含む准看護師)さん・看護助手さん>>
入院した病院は1階が外来の診察室、2階が各種検査室・手術室、3〜5階が入院病棟で、 入院病棟各階毎にナース・ステーションがあり、担当の看護師・看護助手が詰めている。ちなみに「看護師」の表記は、従来の「看護婦(女性)」と「看護士(男性)」の表記を改めて、両性に共通の表記として「看護師」を使うそうである。今年3月に厚生労働省からの通達があったそうである。また、「看護助手」というのは、医療行為は行わないが、入院患者の身の回りの世話をしてくれる方々のことのようで、例えば、食事を運ぶ、食器を下げる、シーツの交換や病室の清掃、入院しているお年寄りの下の世話等々日常生活の多岐にわたって看護師をサポートしている。
自分が入院生活をして初めて、看護師という職業の大変さやその尊さを知った。昼夜を問わず患者の様子に気を配り、医師から連絡のあった処置を適切にこなし、看護師同士で患者の状態をもれなく共有・連絡・引き継ぎし、ローテーションで夜勤も務める。さまざまな患者に対していつも笑顔で接し、不安感を与えないように心がけている(たぶん)。“白衣の天使”とはよく言ったものだと感心する。入院中に印象的だったのは、点滴や採血の際に針を刺すと「チクッ」という痛みがあるわけだが、どの看護師さんも針を刺す前に「ごめんね〜」とか「ごめんなさい」などと言ってくれるのは、患者にとって救いになっていると思う。仕事だからと言って単に事務的に行うのではなくて、患者に対する思いやりが感じられたのは、嬉しかった。
初めての入院生活・手術を受けるに当たって、本当に不安を感じることなく過ごせたのは、病状や治療法をきちんと伝えてくれる主治医の先生、常に患者に対して思いやりをもって看護に当たってくれる看護師さん、身の回りの世話をしてくれる看護助手さんのおかげだと強く感じています。大変お世話になりました。ありがとうございました。(2002年7月23・24日 記す)
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