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碓氷峠usuitouge
(群馬県松井田町)
  2000.5.6(土) 曇りのち晴れ

刎石山(810m)、子持山(1,107m)、碓氷峠(1,200m)

5時間40分(歩行時間:5時間00分)

旧18号霧積分岐(8:20)→刎石坂(8:45)→刎石茶屋跡(9:05)→堀切(9:20)→栗が原(9:40)→
山中茶屋跡(10:10)→霧積分岐(10:40)→熊野神社(11:00-11:20)→笹沢施行所跡(11:50-12:10)
→陣場が原(12:20)→山中茶屋跡(12:30)→刎石茶屋跡(13:30)→旧18号霧積分岐(14:00)
  黄金週間の終わりに、中山道の最大の難所と言われる碓氷峠を歩いてみました。旧国道18号線からの 入口には、休憩所と大きな案内板がある。ここを入ると荷車はもちろん、馬も登れるのかと思える登りです。 途中覗と言われる見晴らしの良いところがあり、坂本宿を眼下にする事が出来ます。 その先では室町の時代に建てられて「上り地蔵・下り地蔵」が元気をつけてくれます。

  今でも水をたたえています弘法大師の教えで掘った井戸を過ぎるとすぐに、刎石山の山頂にある茶屋跡に着く。 昔はここに四軒の茶屋があったと言います。ここを過ぎると道はなだらかとなり、植林の杉林をぬけると雑木の 自然林となりホッとします。

  昔の合戦時に掘られたと言う堀切の前後で、アプト式時代に汽車が通ったレンガ造りの「めがね橋」を、新緑の木々の 合間に見ることが出来ます。ミツバツツジの花もそこここに咲き出しています。

  南向・北向の馬頭観音の石仏を過ぎると、雑木の間を気持ちの良いだらだらとした登りとなり、 梢には時折野猿を見ることが出来、東山道・中山道と街道気分を味わう事が出来ます。 旅人がこのあとの登りを前に腹ごしらえをしたため繁盛し、最盛期には十数軒の茶屋が並んだと言う 山中茶屋跡は笹の中です。明治天皇も立ち寄ったと言う、分校跡もあります。

  太平記に新田氏と足利氏が、戦国時代に武田氏と上杉氏が合戦をしたと言う、古戦場の地が陣場が原です。 ここは子持ち山の下で、熊野神社で合流するが、施行所と霧積分岐方面との分岐点でもある。 マラソンをしている人に声をかけると、来週14日の安政遠足(侍マラソン)の練習とのことでした。

  碓氷峠に当たる場所、上州と信州の国境に熊野神社があります。ここにあるシナノキは信濃の語源とも言い、 古い時代の阿吽一対の狛犬が居ます。またここは碓井川の源流に当たり、湧水がワサビ田を潤しています。 ちょうど山葵の花の時期で、白い小さな花を着けていました。

  帰りは長坂道回りで下ります。笹沢で喉を潤し、若芽の木漏れ日の中で昼食です。 ここには一軒の人や馬の休憩所があった所です。少し下ると、身支度を直したと言う化粧水跡があるが、 水は今はない。唐松の林を軽石を踏みながら、のんびりとのんびりと下ります。