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新四国88カ所霊場めぐり
群馬県太田市・伊勢崎市・桐生市


 四国の88カ所霊場めぐりは、弘法大師とともに「同行二人」のお遍路さんの名で有名ですが、その霊場を東群馬に 遷したものがあるとあると知り、のんびりと歩いて見ることにしました。名前は「新四国88カ所霊場」で、江戸の末期に 新田の豪商白石栄左衛門が創設したものと言います。早速順番に歩いて見ることにしましょう!

白石邸は太田市阿久津の尾島一交差点の南東側に、その豪奢建物が維持され蔵や門も往時のまま残って居ます。

【第一番札所】  明星山 正光寺 (しょうこうじ) 【所在地】  太田市阿久津町101

 「新四国88カ所霊場」の第一番札所は、白石の屋敷から国道354号線をはさんでのすぐ北にある正光寺です。 今は住職も居ない侘しい寺ですが、白石栄左衛門の菩提寺であることから設定されたようです。

 参道入口に新田第一番明星山正光寺と刻まれた石柱が立っています。その脇には石碑と稲荷神社があります。

【第二番札所】  地蔵院 金剛寺 (こんごうじ) 【所在地】  太田市岩松町525

 今ではすっかり寂れてしまい、町の集会所を兼ねた本堂となっていて、「ここはお寺なの?」と言ってもおかしくは無い 状態となっています。もちろん住職は住んではいない。

 本堂の西に地蔵堂があり、子育て地蔵が祀られています。こちらの方がお寺らしさを残していて、脇の看板には 「園仏および妙蓮の板碑」とふたつの板碑があることを示しています。境内にある子どもの遊具もひっそりとしていました。

【第三番札所】  大悲山 徳性寺 (とくしょうじ) 【所在地】  太田市押切町517

 中島飛行機(現 富士重工業)で有名な中島知久平出身地であり、菩提寺となっているいるのが三番札所の徳性寺です。 「新坂東16番」の石碑もあります。

 本堂の西に観音堂があり、子育て観音と呼ばれる2体の観音像が祀られています。観音堂の外にも観音石像があります。 本堂脇の修復記念碑には、昭和63年に住人が護摩焚きなどをして落慶を祝ったことが記されています。

【第四番札所】  堀口山 正覚寺 (しょうかくじ) 【所在地】  太田市堀口町105−4

 今では寺社があったことすら分らない状態で、石碑だけがその在りし日を残しています。 新田氏の地頭であった堀口氏の館跡であったことも記されていて、寺は昭和43年まであったが、堤防の拡充工事で廃寺となり、 墓とともに不動堂が浄蔵寺へ移されています。

 浄蔵寺へ移された不動堂は山門の西にある小さなものとなっています。

【第五番札所】  大悲山 観音寺 (かんのんじ) 【所在地】  太田市前小屋町1739

 早川に架かる不動橋を渡り南ヶ丘住宅地の南東の隅にそのお堂がある。前のは利根川の堤防があり、まわりの多くは畑と なっています。
観音堂のみが残るだけで住職はいないため、寺の管理は利根川を渡った深谷市にある明光寺が兼ねていて、 御朱印などはそちらで受けることができます。
【第六番札所】  駒形山 浄蔵寺 (じょうぞうじ) 【所在地】  太田市堀口町223

 新田義貞が鎌倉攻めに向う際ここで馬を休めたことから「駒形」の山号を持つといわれる浄蔵寺には、梵鐘もあります。

 大日如来を安置する本堂の西の五智堂の裏手には大きなイチョウの木があり、幹周りには気根と呼ばれる乳のように 垂れ下がる根があります。妊婦が飲むと乳の出がよくなるという言い伝えがあるようです。

【第七番札所】  呑嶺山 明王院 (みょうおういん) 【所在地】  太田市安養寺町200−1

 康平4年(1061)に後冷泉天皇の勅願により建立され、新田氏の氏寺です。不動明王を千体刻んだピラミッド型の千体不動塔が あります。

 ここの不動明王には火炎の光背がありません。

【第八番札所】  義平山 清泉寺 (せいせんじ) 【所在地】  太田市世良田町1490

 平治の乱に敗れ斬首された頼朝の兄である悪源太義平の菩提を弔うために、妻である新田義重の娘の妙満尼によって立てられた寺です。 檀家を持たず墓地がなく庵のような 寺容です。

 庭の中央に、徳川吉宗の子の田安宗武が、娘夫妻の寿福を祈願して宝暦5年(1755)に立てた法篋塔あり、 その西隅に悪源太義平の墓があります。

【第九番札所】  威徳山 総持寺 (そうじじ) 【所在地】  太田市世良田町3201−6

 世良田の東照宮の近くにある総持寺は、新田義重など新田氏の館あとに建てられたお寺で、間口9間と言う大きな本堂を持っています。

 この寺は、萱葺きの鐘楼が特徴として目立つ寺です。ここの梵鐘にはイボがないことで知られています。

【第十番札所】  寂光山 西光寺 (さいこうじ) 【所在地】  伊勢崎市境平塚1224

 永禄元年(1558)に玄海和尚によって開山されました。利根川の流れが変わり川に没してしまい、昭和6年に現在のところに 移築されました。

 本堂南側に石物が並んでいます。その中に馬頭観音文字塔があり、その側面にあかがね街道の終点であった平塚河岸があり、 繁栄したことが刻まれています。

【第十一番札所】  瑠璃光山 愛染院 (あいぞめいん) 【所在地】  伊勢崎市境461

 広い参道の正面に大きな梵鐘の下がる鐘楼門がある愛染院。祀られている愛染明王は愛欲に誘惑される人を救うとされる仏です。

 本堂前の松が枝を龍のように横に伸ばしています。

【第十二番札所】  大悲山 法養寺 (ほうようじ) 【所在地】  伊勢崎市境東121

 康治2年(1143)に上武士の能満寺住職によって開山され、明和4年(1767)に観音堂が建てられました。その後2回の火災が起きたが、 観音堂だけが火災を免れたことから火防ぎ観音と呼ばれています。

本堂前には白御影石でできた高さ2mの報恩観音像が立ち、門の脇には鐘楼が建っています。

【第十三番札所】  薬王山 法楽寺 (ほうらくじ) 【所在地】  伊勢崎市境女塚377−1

 東武伊勢崎線の踏み切り手前に、法楽寺、祈祷法印開山堂、稲荷神社を示す石柱が立っています。 そこを西に入ると赤いトタン屋根の本堂があります。

かつては七堂伽藍の立つ大寺院であったが今は侘しい姿となっています。女塚の祈祷法印が住職となって災いや疫病があると 加持祈祷で村人を救ったといわれています。

【第十四番札所】  自在山 真福寺 (しんぷくじ) 【所在地】  伊勢崎市境三ツ木313−1

 その昔、三木城のあった場所に近くに立つ真福寺は、三木城城主根岸肥後守の姉を弔うために作られた寺とのこと。

門柱脇に大小2体のお地蔵様が建っていて、本堂脇の高台に稲荷神社が建っています。しかし、城跡らしきものは見当たりません。

【第十五番札所】  高徳山 観音寺 (かんのんじ) 【所在地】  太田市小角田町211

 江戸時代には総持寺の末寺でしたが、いまは無住の小さな本堂の寺で、会議所である小角田会館と棟続きとなっています。 道沿いには石仏や道祖神などが並んでいて往時を偲びます。

西に一間ほどの小さな薬師堂があります。その棟に新田氏の家紋がついていて、その関係があると推定されます。

【第十六番札所】  水沢山 円福寺 (えんぷくじ) 【所在地】  太田市新田下田中町318−1

 新田義貞の菩提を弔ったのが始まりと伝えられるが、円福と名乗る僧がこの地に移住し住職となったことから 円福寺と言われる寺です。

 平成17年に解体新築された本堂の前には、元禄4年製作の本尊と同じ十一面観音が立ち、 更にその前には石造りの金剛力士像が阿吽と構えています。

【第十七番札所】  珠宝山 徳蔵寺 (とくぞうじ) 【所在地】  伊勢崎市境上矢島934

 文禄年間に京から移り住んだ南義頼の長子が出家し創建した寺で、その後次第に伽藍が整備されてきました。朱門の脇には 地蔵堂が建っています。

 もともとこの地が、新田義貞の曾孫である政義の三男の谷島三郎信氏の館跡で、それを示す宝塔が境内にあります。

【第十八番札所】  喜離久山 浄蓮寺 (じょうれんじ) 【所在地】  伊勢崎市境上矢島456

 新田義貞の家来であった今井清義が、足利市との合戦に敗れた一族の菩提を弔うために諸国行脚の後に創建された寺です。

 もともとこの地が、新田義貞の曾孫である政義の三男の谷島三郎信氏の館跡で、それを示す宝塔が境内にあります。

【第十九番札所】  医王山 経蔵寺 (きょうぞうじ) 【所在地】  伊勢崎市境百々63

 百々と書いて「どうどう」と読む地区の会議所の裏手に建つ経蔵寺は、新田氏の末裔の小柴明光が草案を建て出家したのに 始まります。

 西隣に建つ薬師堂は平成18年に新築された本堂が建つまでの本堂です。

【第二十番札所】  摩尼珠山 能満寺 (のうまんじ) 【所在地】  伊勢崎市境上武士604

 間口13間もの大きな本堂を持つ能満寺。広い山道と境内には芭蕉句碑や多くの庚申塔や舎利塔などがあります。

 本堂の西に不動堂があり厄除け不動として参拝者も多い。

【第二十一番札所】  瑠璃光山 法光寺 (ほうこうじ) 【所在地】  伊勢崎市境下武士827−2

 剛志小学校の東隣に建つ法光寺は、境内に保育園を持ちます。山門脇には観音立像があります。 本堂には金色に輝く風鐸が下がっています。

 大同4年(809)に法光が結んだ庵で薬師如来を祀ったことに始まります。

【第二十二番札所】  小柴山 福寿院 (ふくじゅいん) 【所在地】  伊勢崎市境小此木651

 小柴が分解して小此木となった地に、延長4年(926)に創建された寺で、朱塗りの鐘楼門を持つ寺です。

 広い境内はよく清掃が行き届いていて、訪れた日も奥様が丁寧に除草に励んでいました。

【第二十三番札所】  住吉山 延命寺 (えんめいじ) 【所在地】  伊勢崎市馬見塚町901

 国道354沿いに比較的新しく大きな寺がある。山門の前には白御影の仁王様が立って居ます。文明元年(1469)に 法印道尊の開基とされています。

 延命寺は明和三年(1766)に始まったとされる伊勢崎佐波観音霊場めぐり34カ所の一番札所である発願寺となっています。

【第二十四番札所】  福寿山 観音寺 (かんのんじ) 【所在地】  伊勢崎市長沼町11

 馬見塚の南の集落に入る手前の信号を西に入ると、小さな寺観音寺がある。1応永の頃(1400年頃)に開山され、たびたび火災にあい 現在の本堂は大正3年のものです。

 墓地の前に宝暦9年(1759)の二十二夜塔や寛政5年(1793)の観音供養塔などが並んでいます。

【第二十五番札所】  宮柴山 満善寺 (まんぜんじ) 【所在地】  伊勢崎市堀口町706

 真新しい山門と石造り観音そして本堂と平成17年に新築された建造物が並びます。本堂脇に明治時代に小学校であったことを 記した碑と、山門裏手の阿弥陀板碑が印象的です。

 

【第二十六番札所】  今井山 西光寺 (さいこうじ) 【所在地】  伊勢崎市今井町3

 唐破風の屋根が印象的な本堂の南東にも同じような建物がある西光寺。南東の建物は以前の本堂で、今は観音堂となっています。

 本堂の東にはコンクリートの納骨堂があります。

【第二十七番札所】  天神山 光福寺 (こうふくじ) 【所在地】  伊勢崎市連取町580−10

 樹齢約300年と言われる県の天然記念物だある『連取の傘松』で有名の菅原神社の北に、現在は集会所になっているところが、 廃寺となった光福寺の跡です。

 集会所の入り口の脇に寺の跡地であることを示す碑が建っています。

【第二十八番札所】  菩提山 宝幢院 (ほんどういん) 【所在地】  伊勢崎市連取町1674

 駐車場の奥に目が引かれてしまう朱塗りの山門があります。文政7年(1824)に建てられたものとのこと。門の奥には本堂があります。

 よく整備された境内は、観音堂や石像物が並んでいます。

【第二十九番札所】  石岡山 退魔寺 (たいまじ) 【所在地】  伊勢崎市美茂呂町3612

 市役所の南の広瀬川のほとりに退魔寺はあります。新しい山門の先に右手に本堂、正面に観音堂が建ち、南側に墓地に囲まれて 鐘楼があります。

 広瀬川を見下ろすように十一面観音がのる養塔建っています。

【第三十番札所】  赤城山 龍昌院 (りゅうしょういん) 【所在地】  伊勢崎市境伊与久1537

 伊勢崎の町から離れた静かな場所に、こんもりとした林がある。この中に龍昌院の本堂と観音堂がある。 その前には薬師様が迎えて居ます。

 石段の脇には石造りの龍が隠れています。

【第三十一番札所】  大悲山 妙真寺 (みょうしんじ) 【所在地】  伊勢崎市境下淵名2679

 山門を潜ると広い境内に、間口9間の大きな本堂と鐘楼があります。

 鎌倉の北条氏に嫁いだ淵名実秀の娘が、鎌倉幕府の滅亡により帰郷し庵を結んだとされる寺です。

【第三十二番札所】  華香山 願成寺 (がんじょうじ) 【所在地】  太田市新田花香塚町846

 現在は安成寺と表札されている寺が、以前の願成寺で、隣の安楽寺と合体し、双方の一字を取って安成寺となった。

 <本堂の菱には新しい観音堂がある。以前は大師堂のあったところです。br>

【第三十三番札所】  実相院 安楽寺 (あんらくじ) 【所在地】  太田市新田花香塚町846

 現在は安成寺の墓地となっているところに安楽寺はありました。

 堀をめぐらした中に小さな弁才天の石宮があります。

【第三十四番札所】  田中山 長慶寺 (ちょうけいじ) 【所在地】  太田市新田上田中町154

 新田氏が南朝の三代長慶天皇を奉じて戦ったことに由来する寺とされています。

 千利休の祖になる田中五郎義清の墓とされる宝筺印塔があります。

【巡礼歌】  世の中に蒔ける護国の種間寺 深き如来の大悲なりけり

【第三十五番札所】  妙満山 大慶寺 (だいけいじ) 【所在地】  太田市新田大根町1000

 別名ぼたん寺と呼ばれる大慶寺の開基は、悪源太こと源義平の妻妙満が、その実家である新田義重の庇護を受けて庵を開いたことに始まる。

 新田義貞が戦死時に泣いたと言われる、別名泣き不動とされる不動明王奉る不動堂がある。

【巡礼歌】  補陀落やここは岬の舟の棹 とるもすつるも法の蹉?山

【第三十六番・三十七札所】  医王山 長福寺 明源寺(ちょうふくじ・みょうげんじ)
【所在地】  太田市新田金井町465

 長福寺と明源寺は合体し長明寺となっています。その長明寺は長福寺が改称したもので、明源寺は今はない。 本堂は平成4年に老朽による建替えされたものです。

 本堂の南西には「薬師護摩堂」があり、信徒の篤い信仰を受けています。

【巡礼歌】  黄金さす慈悲ぞ大日尊 ただひたすらに利益願いて

【第三十八番札所】  宝珠山 福蔵院 (ふくぞういん) 【所在地】  太田市新田市野井町2181−1

 福蔵院は、かつて市野井に有った最勝院・福蔵院・勝光寺の三寺が合併したもので、本堂は勝光寺のものです。 山門脇の白壁が印象的なお寺です。

 第二次世界大戦で供出された梵鐘は、昭和59年に新しく鋳られたものです。

【巡礼歌】  この世には弓矢を守る八幡なり 来世は人を救う弥陀仏

【第三十九番札所】  宮林山 全性寺 (ぜんしょうじ) 【所在地】  太田市大原町371

 かつて足尾の銅山から利根川まで採掘された銅を運んだ道「銅街道」に面した岡登神社の、すぐ隣に位置する全性寺です。

 内陣の欄間に掲げられた彫刻は、岸亦八・太輔親子による中国の物語を題材にしたもので、太田市の重要文化財に指定されています。

【巡礼歌】  上州の新田の里の地蔵尊 あかがねみちと宮林山

【第四十番札所】  羽黒山 胎養寺 (たいようじ) 【所在地】  太田市薮塚町2179−1

 本堂の前に大きな銀杏の木が二本立つお寺です。羽黒山から寺院を移し、修行場として開山されたことに始まります。 江戸時代には用水路を作った代官岡登景能によって現在の地に移され、大根の大慶寺の末寺となりました。

 墓地の手前には宝筺印塔などが並んでいます。

【巡礼歌】  この神は三国流布の密教を 守り給わん誓いとぞ聞く

【第四十一番札所】  藤光山 長円寺 (ちょうえんじ) 【所在地】  太田市薮塚町554

 東武桐生線の東に小高くなったところに長円寺があります。狭い山道から石段を登った山門の先に、欄間の彫刻を彩った本堂があります。 この本堂は宝蔵寺の観音堂を移築したものです。

 本堂の西に五世紀頃の古墳で、石仏が囲んでいます。山門脇にある鐘楼は明治の火災を免れたものですが、梵鐘は平成のものとのことです。

【巡礼歌】  きくならく千手不思議の力には 大磐石も軽くあげいし

【第四十二番札所】  日輪山 南光寺 (なんこうじ) 【所在地】  みどり市笠懸町阿左美967

 鎌倉時代に、弘法大師の巡錫の地にちなんで開かれた寺で、弘和2年(1382)南光比丘尼が夫の大塔宮護良親王の菩提をともらったことから、 寺の名となっています。

 本堂の西には平成17年に建てられた薬師堂があり五輪塔が安置されています。

【巡礼歌】  曼荼羅に命輝く日輪の びる遮那如来救いすばらし

【第四十三番札所】  岩松山 地蔵院 (じぞういん) 【所在地】  みどり市笠懸町鹿2904

 県道太田・大間々線のJR岩宿駅の北に、入り口を見落としてしまうようなところに地蔵院はあります。 入ると境内は広く、真新しい本堂が目を引きます。平成17年に改築されたものです。

 本堂の南に、本堂を見るように石造物が並んでいます。

【巡礼歌】  笠懸の参り拝む身の よろずの願いかなわぬはなし

【第四十四番札所】  正札山 普門院 (ふもんいん) 【所在地】  桐生市広沢町二丁目3118

 明暦2年(1656)聖眼寺の末寺として開山された普門院は、東武桐生線の阿左美駅と新桐生駅の間の広沢2丁目の信号を 南に入り東武線の下を潜った先を左に折れたところにある。

 それほど広くはない境内には本堂と庫裡があるだけです。

【巡礼歌】  今の世は大悲の恵み菅生山 ついには弥陀の誓いをぞ待つ

【第四十五番札所】  慈丸山 聖眼寺 (しょうげんじ) 【所在地】  桐生市元宿町15−19

 桐生市の浄水場の裏手に木々に囲まれた聖眼寺がある。裏手は渡良瀬川が流れる静かな場所です。

 小さな山門の正面に本堂があり、その左手に大きな薬師堂がある。新上州33ヶ所、関東88ヶ所の札所でもある。

【巡礼歌】  渡良瀬を渡る旅人見上げれば 心はなごむ慈丸の御山

【第四十六番札所】  鷲力峰福応山 円満寺 (えんまんじ) 【所在地】  桐生市西久方町二丁目3−19

 山の手通りの西宮神社は酉の市の立つ神社ですが、その隣に円満寺があります。 高い石段を登ると山門脇に鐘楼があり、更に石段を登ったところに本堂がある。

 この寺の梵鐘は太平洋戦争下でも供出を免れ文化十年ままを今に残しています。の

【巡礼歌】  極楽の浄瑠璃世界たくらえば 受くる辛苦は報いならまし

【第四十七番札所】  平等山 妙音寺 (みょうおんじ) 【所在地】  桐生市西久方町一丁目4−31

 円満寺の隣の隣にある寺で、道路に面した駐車場から石段を登り山門を潜ると右手にコンクリート製の本堂がある。

 桐生七福神めぐりの寺でもあり、寿老人の石仏がある。

【巡礼歌】  妙なりし音久方に尋ね来て 御法の縁に逢うぞうれしき

【第四十八番札所】  諏訪山 観音院 (かんのんいん) 【所在地】  桐生市東二丁目13−18

 こんもりとした木々の中に、山門、鐘楼、地蔵堂、本堂、庫裡と並んでいる。

 地蔵堂は「日限地蔵」と呼ばれ、「何日までに…」と願うとされています。

【巡礼歌】  諸人の願いをしかと能満の 深き誓いに耐えぬ香煙

【第四十九番札所】  諸願山 成就院 (じょうじゅいん) 【所在地】  桐生市境野町一丁目1129

 桐生川の近くの細い道を入ったところに寺はあります。足利の鶏足寺の末寺で慶長二年(1597)に創建されました。

 境内には江戸時代に行われた庚申供養の名残として、庚申塔が並んでいます。

【巡礼歌】  十悪の我が身を捨てずそのままに 浄土の寺へ参りこそすれ

【第五十番札所】  広沢山 福厳寺 (ふくごんじ) 【所在地】  桐生市広沢町五丁目1662

 国道50号線に沿って旧古戸桐生道があり、その道を西南に入ったところに山に張り付くように福厳寺があります。 石段を登った正面に本堂がありその右手前に観音堂が建っています。

 広沢の豪農彦部家の菩提寺でもあり、その墓石が並んでいます。

【巡礼歌】  よろずこそ繁多なりとも怠らず 傷病なかれと望み祈れよ

【第五十一番札所】  八幡山 法楽寺 (ほうらくじ) 【所在地】  桐生市広沢町六丁目825

 賀茂神社の南東にあり、八幡太郎義家が奥州征伐の折、この地で必勝祈願に法楽の舞を奉納したことが縁で、山号と寺名がつけられた とされています。

 紫陽花がたくさん咲いている中に、撫で仏である賓頭盧尊の座銅像があります。

【巡礼歌】  後の世をただ幾たびも願うべし 仏の誓い末は加茂沢

【第五十二番札所】  聖天山 善泉寺 (ぜんせんじ) 【所在地】  太田市菅塩町644

 かつては18の末寺を持つ大寺であったといわれる、真言密教の道場であった善泉寺。

 本堂の前にある薬師堂は目の病にご利益があるとされています。

【巡礼歌】  菅塩の霧立つ沢に拝むなり 大慈大悲の雲の掛け橋

【第五十三番札所】  妙智院 慈眼寺 (じげんじ) 【所在地】  太田市北金井町533

 現在は無住のため雑草が生い茂りあれはじめているが、天正12年(1584)大慶寺の末寺としての創建です。

 本尊は十一面観音で彼岸の盆にお堂が開かれます。

【巡礼歌】  慈願寺は諸願かないの水清く 心の月はさやかなりけり

【第五十四番札所】  各願山 西慶寺 (せいけいじ) 【所在地】  太田市鳥山上町1426−1

 山門の先に鐘楼門の建つ寺で、大同2年(807)に勝道上人にの開基とされています。

 新田義貞の鎌倉攻めの折、この寺の不動明王に戦勝祈願をした寺と言われています。

【巡礼歌】  義貞の救いし明王は 今も慈愛の眼輝く

【第五十五番札所】  寺尾山 聖王寺 (しょうおんじ) 【所在地】  太田市寺井町693

 興教大師が天正年間(1110頃)に開山したといわれるお寺です。西側には強戸保育園がある。

 境内には整った形の宝形造りの地蔵堂があります。

【巡礼歌】  寺尾山松のむらたち尋ねきて 千手の御影拝むうれしさ

【第五十六番札所】  清池山 医王寺 (いおうじ) 【所在地】  太田市新田小金井町982

 入り口に太い石柱門があり、その脇に医王寺と刻まれた石碑がある。正面に本堂があり、近年建替えられたものです。

 青銅製の大日大聖不動明王と呼ばれる不動明王のほか、あわせて3体の不動明王が安置されています。

【巡礼歌】  妙なるや法の蓮の花咲きて 心の底もすすめる小金井

【第五十七番札所】  脇屋山 正法寺 (しょうほうじ) 【所在地】  太田市脇屋町562

 延喜年間(910年頃)の創建で、大きな仁王門のあるお寺で、新田義貞の弟の脇屋義助の菩提寺です。

 仁王門は、貞享2年に建てられたもので、解体修理も行われたものです。

【巡礼歌】  尋ねても祈りをかけよさしもくさ 正しき法の寺を印に

【第五十八番札所】  向機山 雷像院 (らいぞういん) 【所在地】  太田市脇屋町522

 貞享年間(1685年頃)に正法寺の末寺として創建とされています。現在は脇屋集会所と一体で、分校のような建物です。

 西側に精霊供養所があり、聖徳2年(1712)の地蔵尊を中心に多くの石仏が並んでいます。お札は57番の正法寺で受けることができる。

【巡礼歌】  雷の光に輝く御堂には 薬師の像のありがたきかな

【第五十九番札所】  御室山 円福寺 (えんぷくじ) 【所在地】  太田市別所町594

 平安末期に新田義重が開いた新田荘跡地にあるお寺で、平成7年に建てられたコンクリート製の本堂があります。

 境内には5世紀頃の茶臼山古墳と新田氏累代の墓があります。お札は57番の正法寺で受けることができます。

【巡礼歌】  御室山峰の松風おとづれて 千手の誓い耳に触れぬも