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上州の街道
群馬県は古くから関東と信州を経て京や北陸、越後・東北などをつなぐ交通の要所でした。 またそれは、物資や文化を運ぶだけでなく、そこに生きる人達の生活を支える大切な道でもありました。 江戸時代を中心に、上州を通る街道を訪ねてみましょう。


中仙道新町から碓氷峠 江戸時代の五街道のひとつで、東海道に次いで江戸と京都を結ぶ重要な街道で、六十九宿ありました
例幣使街道倉賀野から太田 毎年、朝廷から日光東照宮への幣使が派遣され、その例幣使が通った街道です
三国街道高崎から三国峠 三国峠を越えて越後に通じる、江戸と越後を結ぶ街道です
銅街道(あかがね街道)沢入から新田 足尾銅山の銅を利根川まで運んだ街道で、足尾銅山街道ともいわれていました
下仁田街道(姫街道)藤岡から和美峠 天明三年の浅間山噴火で不通になった中山道の脇街道として利用され、 上州のシルクロードとよばれています。
十石街道新町から十石峠 多野地区は米が取れなかったことから、信州佐久米が峠を越えて食糧用、酒造用に 1日10石の割合で搬入された街道です
古河往還太田から板倉 例幣使街道の太田宿東端にある追分地蔵を起点に、館林、板倉、茨城県古河へと向かう 東毛地方における重要な街道の一つでした
古戸・桐生道桐生から大泉 桐生の織物や金山産松茸を江戸に運ぶ往来で、利根川古戸渡しから太田宿までを古戸道、 太田宿からを桐生道と呼びました
沼田街道前橋から沼田 沼田藩主が参勤交代用の道路として使ったことから沼田街道と呼ばれました
沼田街道西通り前橋から沼田 利根川の西岸を通る道で沼田街道西通りと言われましたが、三国脇往還とも呼ばれました。
清水峠越往還 沼田から清水峠 上越両国を結ぶ最短ルートであり、上杉謙信の関東出陣など上杉、北条軍の抗争の時の通路として 伝えられています
佐渡奉行街道前橋から沼田 佐渡金山の管理のため、佐渡奉行が現地に赴く際の中仙道と三国街道をつなぐ近道でした
会津街道沼田から尾瀬 上州から尾瀬を越えて会津に通じる街道で、、上州と会津を結ぶ唯一の物資の流通路として、 重要な道でした。
信州街道高崎から鳥居峠 中山道の脇街道で、信州や北陸からの近道として、また草津などの湯治客や善光寺への 参道としても使われました
草津道須賀尾から草津 信州街道から分かれ草津温泉へ通じる道を、その名の通り草津道と呼ばれていました
館林道川俣から下早川田 江戸と日光東照宮をつなぐ日光裏街道の一つで日光脇往還とも言われた街道です
大胡道柴宿から神梅 例幣使街道の柴宿から分岐し神梅で銅山街道に合流する大胡道は、 日光東照宮参りの道でもありました
根利道黒保根から金精峠 銅山街道の黒保根から老神温泉を通り、会津街道と一度交わり金精峠を越える、 日光東照宮への日光裏街道です
榛名妙義街道榛名から妙義 榛名神社と妙義神社を結ぶ参拝用の街道でした
前橋玉村街道玉村から前橋 前橋より利根川の東側を下り玉村より中山道に合流する生活用の往還でした