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| 伊勢崎地区 |
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富士神社 【由緒】
元暦年間に佐位治官がこの地に築城した際に社殿を造営したと言われ、前方後円墳の上に建つ神社です。 豊穣と安産の神である木花咲耶姫命を奉っています。境内には古墳に埋葬されていた石棺が展示されています。 【主祭神】 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 安堀町799番地 |
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愛宕神社 【由緒】 創建は不明ですが、以前は波志江町二丁目の愛宕にあったが、明治十年の周辺の17社を合祀し 現在の地に遷宮したものです。 【主祭神】 火産霊命(ほむすびのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 波志江町1523番地 |
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上樹神社 【由緒】 創建時は不明です。もとは雷電神社と呼ばれていましたが、明治41年に無格の神社9社を合祀した際 に上樹神社と改称しました。合祀した神社の奉額が掲げられた石造りの鳥居が7つ並んでいます。 【主祭神】 大雷命(おおいかづちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 上植木本町923番地 |
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赤城神社 【由緒】 上野国神名帳には、佐位郡従四位上郡玉明神と記載されている神社で、安閑天皇の時代の創建です。 慶長年間に伊勢崎藩主稲垣長茂が改修した折に赤城神社と改名しました。 【主祭神】 大己貴命(おおなむちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 宮前町1282番地 |
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蓮神社 【由緒】 崇神天皇の皇子である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が、東国平定後この地で亡くなった墳墓である とも言われる、群馬県内一の低山である権現山にある神社です。山頂には以前熊野権現が祀られていましたが、貞享五年(1688)に 若一王子神社として建てられましたが、明治41年に7社を合祀した折、蓮神社と改称しました。 【主祭神】 櫛御気野命(くしみけぬのみこと)、豊城入彦命 【所在地】 伊勢崎市 豊城町1988番地 |
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三柱神社 【由緒】 弘治年間(1555〜90)に、この地の領主であった那波氏が倉稲魂命を奉祀<して、飯玉神社と称して建立した。 その後明治42年、国領の八幡神社および飯島の諏訪神社を合祀し三柱神社と改称した。 【主祭神】 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、誉田別命、健御名方命 【所在地】 伊勢崎市 下蓮町767番地 |
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八幡神社 【由緒】 康平五年(1062)源頼義が奥州平定の折り、この地に戦勝を祈願し山城の国岩清水八幡宮を分霊したもの です。利根川の氾濫によりたびたび遷座され、天明の大噴火の後にこの地に定まったといいます。 【主祭神】 誉田別命(ほんだわけのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 長沼町24番地 |
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稲荷神社 【由緒】
那波宗俊の意思を次いだ家臣の境野主水と五十嵐無兵衛が、五穀豊穣の五柱を祀ったことに由来し、
境野の子八斗兵衛が田を開墾し村を起こしたことから、この地が槐島から八斗島と改称された。ここには力を競ったという
力石がある。【主祭神】 倉稲魂命、大己貴命、大宮姫命、太田命、保食命 【所在地】 伊勢崎市 八斗島町1406番地 |
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八郎神社 【由緒】 群馬八郎満胤は光仁天皇の御世(770〜81)上野国群馬郡の地頭であった。幼少より才知に優れ、 長じて国司の代理官となった。これを嫉んだ者たちに石の棺に入れられ蛇食池に投込まれて亡くなったが、後に大蛇となって 襲った者たちの復習を遂げた。この大蛇を祀った神社です。 【主祭神】 群馬八郎満胤命(ぐんまはちろうみつたねのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 福島町2番地 |
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諏訪神社 【由緒】 建久四年(1193)源頼朝の庶子である那波政広がこの地の領主となるとき、武運長久を祈って信濃の諏訪明神 を分霊勧進したものです。その後伊勢崎の城主が篤く崇拝を受け、修復を重ねてきました。 【主祭神】 健御名方命(たけみなかたのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 戸谷塚町335番地 |
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雷電神社 【由緒】 大同二年(807)から翌年の日照りに困っていたところ、弘法大師がこの地を尾と訪れ、雨乞いを 行ったところ豪雨となりました。雨乞いの地にこの神社を建てたといいます。 【主祭神】 大雷命(おおいかづちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 中町57番地 |
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八幡神社 【由緒】 源頼義が奥州平定の折り、八幡の森の名にちなんで八幡大神祈願した。戦勝の帰路当地に 山城国男山岩清水から八幡大神を勧進して建立したものです。翌年後冷泉院より御宸筆の「八幡大神」額を賜った。 【主祭神】 誉田別命(ほんだわけのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 柴町693番地 |
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倭文神社 【由緒】 しどり神社と読み、延長五年(727)の「延喜式神名帳」にその名を記載されています。 天岩戸開きに功のあった倭文氏の子孫が奉った氏神様です。上野国の九の宮とされる由緒ある神社です。 【主祭神】 天羽槌雄命(あめのはづちおのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 東上之宮町甲380番地 |
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飯玉神社 【由緒】 応仁年間(1467〜69)に領主であった那波氏が、堀口の飯玉神社より分霊し奉ったことに始まり、 その後時代が変わっても氏子にまもられてきました。この神社の特徴は、普通お供え餅は大小の二段が実ですが、一個のみです。 【主祭神】 宇気母智命(うげもちのみこと)、大国魂命 【所在地】 伊勢崎市 韮塚町864番地 |
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薬王神社 【由緒】 領主の那波氏により、出雲の国杵築大社より分霊を勧進して建てられました。 この神社の霊験により近隣には病人が少ないと言われ、鳥居の南にある御手洗の池の水で洗うと難病も治ると言われています。 【主祭神】 大己貴命(おおなむちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 阿弥大寺町472番地 |
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諏訪神社 【由緒】 和銅元年(708)に国主が信濃の国の諏訪明神を分霊し奉って以来、歴代の領主の加護を受け地元の 鎮守とされてきました。覆屋の中の本殿は柿葺(こけらぶき)で、比較的簡素ではあるが多くの彫刻が残されています。 【主祭神】 建御名方命(たけみなかたのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 今井町213番地 |
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日枝神社 【由緒】 和銅元年(708)近江国の比叡山より山王明神を分霊し遷座したことに始まります。その後江戸時代には 日光例幣使によって天皇の勅使が崇敬しました。 【主祭神】 大山咋命(おおやまくいのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 山王町589番地 |
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飯玉神社 【由緒】 600年代に丹波笹山より保食神を分霊勧進したことに始まり、歴代の国主や郡代の加護を受け栄えました。 那波氏がこの地を領有すると氏神として崇められました。その後は前橋の酒井雅楽頭により神領が与えられました。 【主祭神】 宇気母智命(うげもちのみこと)、大国魂命 【所在地】 伊勢崎市 堀口町472番地 |
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豊武神社 【由緒】 火災のため創建の由来などは不明ですが、元は八幡宮呼ばれていました。何度かの疫病が蔓延したときには 近在には疫病患者が出なかったといいます。豊武の名は、近郊の村にあった神社を合祀したときに、富塚、余ヶ、大正寺、下道寺 の頭をとったものです。 【主祭神】 誉田別命(ほんだわけのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 大正寺町273番地 |
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飯玉神社 【由緒】 創建は明らかではありませんが、もともとは上下の二社がありました。明治維新の折に上下に社は 合併し夜具も神社と称しました。その後明治四十二年、新築したときに飯玉神社を奉り現在に至ります。 【主祭神】 保食命(うけもちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 馬見塚町93番地 |
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伊勢崎神社 【由緒】 建保元年(1213) 三浦介義澄により「飯福神社」として建立されたが、元徳元年(1329)に新田義貞が現在の地に遷したとされています。 大正十五年に伊勢崎神社と改称しました。出雲大社からの分霊を受けてから「福徳社えびす講祭」が、毎年11月19日・20日に行われています。 【主祭神】 宇気母智命(うげもちのみこと:保食の神) 保食の神とは、食物と産業を司る神です。 【所在地】 伊勢崎市 本町17番地10 |
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八幡宮 【由緒】 大永年間(1521〜28) 北条氏と長尾氏が争ったが雌雄が付かないその境界に、村人が建てた神社である。 その後、北条氏が上杉討伐のため当地で武運長久を祈願し、勝利したことから信仰を高めたと言われます。 【主祭神】 誉田別命(ほんだわけのみこと) 保食の神とは、食物と産業を司る神です。 【所在地】 伊勢崎市 今泉町1−1102 |
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五郎神社 【由緒】 天和元年(1681) 前橋藩主酒井忠清の次男が伊勢崎藩2万石として分与された折、社殿を創建したものです。 伊勢崎風土記には、広瀬川が利根川本流だった頃、赤い矢が流れ着き、拾った者の枕元に立ち「五郎権現の垂跡なり」との 神託があり祀ったとされています。 【主祭神】 鎌倉権五郎景政命(かまくらごんごろうかげまさのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 太田町623番地 |
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飯福神社 【由緒】 建武年間(1334〜36)後醍醐天皇の命による宗良親王・尹良親王が東征した折、休息の地に「位々登美」の御心霊を 祀ったとされています。境内には枯れ木の根元から永楽通宝のほか7,931枚が見つかったという「古銭発見碑」があります。 【主祭神】 保食命(うけもちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 茂呂3412 |
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千本木神社 【由緒】 創建は南北朝時代と言われるが不明です。永禄三年(1560)上杉謙信が、厩橋城攻めの折に戦勝を祈願したと 言われています。 【主祭神】 五十猛命(いそたけるのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 茂呂町千本木2280 |
| 境地区 |
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稲荷神社 【由緒】 ![]() 寛延元年(1748)に社殿が建造され、宝暦五年(1755)に「稲荷社」の額面が奉納され、同九年に鳥居が 建立されました。境内には、大行満願悔寄進の手水鉢や「時鳥招くや麦のむら尾花」と刻まれた芭蕉句があります。 【主祭神】 倉稲魂命(うがのみたまのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境東202番地 |
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飯福神社 【由緒】 景雲元年(767)に上野国の国司である林連雑物が創建したことに始まります。 利根川と広瀬川が合流するところで、江戸時代には海運が盛んであったところで、島倉・中島・境 ・小此木の地区の総鎮守として栄えました。 【主祭神】 保食命(うけもちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境中島407番地 |
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諏訪神社 【由緒】 天正年間に武田信玄の臣であった栗原太郎左衛門が、信濃国の名神大社諏訪明神より分霊を受け 氏神として創建しました。その後島村の鎮守となりました。大正三年に河川改修により現在の地に遷座されました。 【主祭神】 建御名方命(たけみなかたのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境島村373番地 |
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赤城神社 【由緒】 永禄十三年(1570)当地を領した新田氏の遺臣渋川隼人が、赤城山大洞の赤城神社より分霊し たことから始まる。嘉永六年(1853)の改築は、下淵名の名工 弥勒寺音次郎・音八親子によるもので、彫刻が施された本殿には、 「八方睨みの竜」が正面上部にあります。 【主祭神】 大穴牟遅命(おおなむちのみこと)、豊城入彦命 【所在地】 伊勢崎市 境平塚1206番地 |
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米岡神社 【由緒】 創建の記録や伝えもなく不明です。元は熊野神社と呼ばれていましたが、明治四十年に 南北米岡の神社を合祀した折に米岡神社と改称しました。本殿は旧赤城神社の八木沼より移したものです。 【主祭神】 櫛御気野命(くしみけぬのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境米岡149番地 |
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春日神社 【由緒】 天平宝字五年(761)藤原宿禰麿が、上野国の国司として下向する際、大和国春日部の 春日大明神を分霊しこの地に奉じ社殿を造営したことに始まります。その後焼失などもあったが国司の保護の元、 再興改築が行われてきています。 【主祭神】 天児屋根命(あまのこやねのみこと)、斎主命 【所在地】 伊勢崎市 境木島73番地 |
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飯玉神社 【由緒】 那波氏に領有された時代に、その那波氏によって堀口村の飯玉神社より分霊を奉じて創建されたものです。 その後は郷民の手により守られ祭祀が絶えることなく行われてきています。 【主祭神】 保食命(うけもちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境百々90番地 |
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諏訪神社 【由緒】 天正年間(1573〜91)に信州諏訪の諏訪大社から分霊を奉じて剛志村下武士に建てられた。 その後天保九年(1838)に豪商竹屋孫衛門らにより当地に移設されました。この神社はほかに例が少ない 本殿が来た向きとなっています。 【主祭神】 建御名方命(たけみなかたのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境諏訪1784番地 |
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嵯珂比神社 【由緒】 大永年間(1521〜27)に、戦国時代のこの地の領主であった小此木長光によって建てられたもので、 守護神は長光の生国である能登の石動明神を分霊したものです。小此木氏が去った後は郷民により石剣稲荷大明神として崇められてきました。 新田郡と那波郡との境に当ることから境村となり、明治四十年周辺の神社を合祀し嵯珂比神社と改められた。 【主祭神】 倉稲魂命(うがのみたまのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境493番地 |
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三社神社 【由緒】 文治二年(1186)源頼朝の臣 安達景盛が上野国の守護として赴任した際、この地で武を練って 明神を奉ったことによるといわれています。また、ところからこの地の名が武士となったといいます。拝殿内に掲げられた 天文陰陽の額は県内唯一のものです。 【主祭神】 誉田別命、大日るめ命、天児屋根命 【所在地】 伊勢崎市 境下武士1055番地 |
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勝山神社 【由緒】 和銅年間(708〜15)に穂積親王の東征の折、天照大御神と素盞鳴命を奉り東征成就を祈願したことから、 地元民がこの地に社を建てことに始まります。社殿の天井絵は金井烏州の描いたものです。 【主祭神】 速須佐之男命(はやすさのおのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境保泉226番地 |
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淵名神社 【由緒】 熊野神社として奈良時代の創建ですが、鎌倉時代に豪族淵名氏の氏神として崇拝を得ました。 明治に至り上淵名の飯玉大明神を合祀し淵名神社と改称しました。 【主祭神】 保食命(うけもちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境上淵名993番地 |
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雷電神社 【由緒】 建保六年(1215)伊勢崎城主の三浦義澄が創建したと伝えられています。その後、新田義貞が鎌倉幕府の 追討での戦勝を祈願したとされます。上野国神名帳に名のある由緒ある神社です。 【主祭神】 大雷命(おおいかずちのみこと) 【所在地】 伊勢崎市 境伊与久3581番地 |