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天然記念物「小国鶏」

 小国鶏は地鶏に次ぐ古い鶏である。我が国の鶏文化の基本をなす小国鶏は三重県宇治山田市の岡与一郎氏が、昭和15年7月3日、伊勢地鶏(正告、大和鶏、和鶏)の名称で天然記念物指定申請を行い、9月3日、鏑木嘱託官の実査を経て昭和16年1月27日、名称を小国鶏として指定された鶏である。

古来より鶏の品種の決定は体型によるもので冠型や羽色の違いは内種として扱われた。小国鶏も永い間「地鶏と一括り」にされていた為、遠祖はスマトラ種に異論は無いが小国鶏の渡来に就いて「畔田翠山の昌国説」「南朝鮮の細尾鶏説」「中国の蜀鶏説」「古墳時代渡来説」等あり定かでなく、しかも中国には同じ様な鶏は居らず名は日本製で詳細は不明のままであった。

しかし、本種が平安時代には既に京都地方で飼養されていたことについては、平安四大絵巻の鳥羽僧正筆「鳥獣戯画」や土佐光長が後鳥羽天皇の勅を奉じて描いた「年中行事絵巻」に本種が描かれていることにより疑う余地は無い。また、本種は元来闘鶏であった。従って容姿端麗典雅であるが内に勃々たる闘志を蔵している。特に、平安から鎌倉時代にかけて宮中鶏合せに使われたことは史実でも明らかである。

昭和15年に小穴彪氏は「大宮家禽研究所」、加藤遜後氏は昭和18年、南多摩由木に「加藤小国研究所」を設けて両氏とも各地より小国鶏を集めて小国鶏の研究を行った。両氏の小国鶏論争は続き、終に加藤氏が小穴彪氏の全国日本鶏保存会を出て「全日本家禽協会」設立へと袂を分かつ切っ掛けとなったのは有名である。この様に先人の努力を傾注した小国鶏は、昨今、近交劣化の為、地方の品評会では矮小化され、洗練された姿態の美、体色の華麗、深い奥の凛然たる態度が充たされていない小国鶏が多く見受けられる。

更に、北欧で広く飼われているフェニックスショウコクの出現を考慮すると、日本鶏の基本となる小国鶏専門の保存会が必要であると思っていたところ、此の程、奈良県の土井栄造氏を会長に、兵庫県の高田英彦氏を事務局長として「天然記念物小国鶏保存会」が発足したのは真に喜ばしいことである。第一回の品評会が、平成22年4月18日(日曜)に、大和朝廷設立の神話に登場する奈良県宇陀郡曽爾村で、佐竹満治氏(静岡県在住)を審査長に迎えて盛大に開催された。私は名誉会長との由で、4月17日と18日、同村の奥香落(おくこうち)山荘に泊まり、会場では小国鶏の健全な継承を願い、村長、議長、行政関係者や各地の愛鶏家と語り合った。

平成22年春

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