天然記念物日本鶏の情報を提供するサイトです


天然記念物 黒柏鶏始末記 木幡吹月

鶏紀行「出雲」先頭ページへ

(鶏紀行「出雲-神話の国出雲の鶏の居るところといないところ-」の続き)

古来、山口、島根地方に飼われてきた黒柏鶏という日本鶏が、昨年文部省から天然記念物に指定されたために世間の注目を浴び、小生が多年これを飼養していることを聞知した人々から問合せがだんだんある。

黒柏鶏は尾羽長く垂れた黒色の長鳴鶏で、正しく時刻を告げるので古来山地の神社、仏閣や農家で実用と鑑賞を兼ねて愛養されて来たが、その鳴声の長さは、彼の東天紅鶏に比べていささか短いが、鳴声が清澄で独特の抑揚は東天紅鶏に勝るものあるため、鶏飼の玄人が珍重する。

その発祥は山口か、島根か不明だが、出雲地方で古来この鶏の別名を「石州黒」というところを見ると、山口から石見を経て出雲へ来たものとも考えられる。近時卵用鶏種に駆逐されて数も減り、近親交配のために体質も虚弱に、体型も矮化して来たようだ。数年前に松江市の根岸啓二氏が拙宅を訪問して、これが研究と保護顕彰に着手したとき、意図をヒレキして余の20年来の経験談を徴して種鶏の分譲を求められたが、当時純系の雌はわずか1羽所持せるのみ、やむなく別に東天紅鶏と黒柏鶏との1代雑種で全身黒色に出たものを数羽分譲し、君はこれに他より純系の雄を配して数代を経過すれば、原種に復元するという自信の下に持ち帰られたことがあった。

その後氏は鋭意これが優性繁殖に努めると共に、鏑木、小穴等、斯道の大家を招致して、ついにこれが天然記念物の指定を受けるに至った様子であったが、その際に審査を受けたサンプルが果して何れの鶏種によって作られたものかは知るを得ないが、その実物を見たり、新聞に報道せられた写真を見た県下各地の我と自負する愛好家から、その体型や羽色の不備を指摘する異論続出し、自称元祖や本家元が次々と名乗りを挙げて、にぎやかなこと江戸は黒門町の「いもりの黒焼」の本家争いよろしく、黒と名がつけば鶏の世界でも本家争いで、ケンケンゴウゴウの声は朝の鶏小舎以上のものがあった。

余は根岸氏の作出鶏も見ず、審査に来県した2大家に面晤の機も逸したので、論難の是非については何とも言い得ない。ただその作出鶏の母鶏として、拙家より分譲の東天紅鶏雑種を使用せられたとすれば、2代や3代の優性交配で原種に復元せしむることの至難なことは、筆者自らも体験し、専門動物学者の説もまた同調するところであるから、仮にサンプルになった作出鶏に不備な点があったとすれば、短期間の研究と短時間の審査にも甘い点があったためかとも懸念され、母鶏分譲者として一縷の不安と責任を感ぜざるを得ない。

他に幾多優秀な原種鶏が存在する島根県で不備なサンプルで指定を受けたことは見合いの相手にウッカリ寝起きのまずい顔を見られた遺憾がないでもないが、試験の答案に落第点をとりながら実力認定で御情け及第したと思えば腹も立たぬ。殊にこの天然記念物指定の対象は、審査のサンプルになった作出鶏やその飼養グループの所有鶏に限定せず、島根県に存在する該当鶏種全部を含むものだから純粋種の飼養者は何れも自分の飼養場が指定されたと思ってその幸運を喜び、指定に努力した人の熱意を多とすべきである。

ただこの純粋という問題について議論が起こり易いのは、この黒柏に大別して二ッの内種があって、一長一短あり、飼養家は各々その長をとって譲らぬためである。

その1は大型で脚高く、雄の冠は肉厚く赤色で切れ目が深く整然たる鋸歯状をなし、謡羽は4本位が長く垂れるのみ、足の裏や趾膜の裏は肉色である。その2は体型小にして脚短く雄の冠は粗面で肉薄く、切れ目は紙をちぎりとった如く不整形でかつ浅い。昔応挙や若冲等の描いた鶏の絵にこの種の冠が多い。冠肉が薄いために体力の消長によって伸縮し、体情期には雌の如く側面へ倒れるものがあり、冠全体に著しく黒色の色素が分布する。

謡羽、小謡羽が著しく羽の幅が広く数も多く地に長くひき、足の裏や趾膜が濃黄色である点が鑑別の要点である。

故老の口伝によれば昔から黒柏鶏は肩に「弁当箱を背負った」ような型の鶏でないと声が良くないという。即ち首の付根、肩の部分が少し盛り上がったような姿の鶏は、後者の中にしばしば見受けられる。鳴声は前者が太く低いのに比べて後者のほうはカン高く清澄である。後者の愛養家は黒柏鶏は冠も黒くないといけぬとて冠に黒味の少ない前者を「赤がしわ」と蔑称しているのは、一部の真理があるようで、後者の冠が昔の絵にあるような不整形で黒色が多い点は野趣に富み原種の香が深い。しかし同じく天然記念物である土佐の東天紅鶏を始め、各種の日本鶏にも各々2、3の内種があって必ずしも一致しない点もあるから、黒柏鶏の中に2種類あるのも一応止むを得ないとて、採長補短は将来の問題である。

八雲本陣にて出雲柏鶏オスの写真画像

出雲黒柏鶏♂
昭和26年当時
八雲本陣にて当時の写真を撮影

三刀屋の景山宅にて出雲柏鶏オスの写真画像

出雲の黒柏鶏♂
三刀屋の景山宅にて
体重2,85kg 謡羽長さ1m
撮影  鈴木

湖陵町の吉田肇宅出雲柏鶏オスの写真画像

黒柏鶏♂
湖陵町の吉田肇宅にて
撮影  鈴木

今度島根県の文化財保護委員会の下部組織として、黒柏鶏だけに関する特別委員会が出来て、これが研究と保護に乗り出したことは結構である。天然記念物の委員会はあくまで敬虔の態度をもって伝統を尊重し、故老の経験を徴してしかるのちこれが研究保存に努力すべきで、功をあせりことを好んで理論本位の近代科学に囚われた改良さたは厳に慎まねばならぬ。鶏は生きもので豌豆の花と違うから、鶏の改良淘汰にメンデルの法則が直ちにあてはまらぬことは当然。天然記念物と読んで字の如く天然自然に出来たものが対象であるべきだから、鶏の如く本来人間の作為によって淘汰固定されて来たいささか人工的な生物をもしもなお天然記念物として取り扱う上は特に慎重に対処すべきである。  (島根県文化財専門委員会)

このページのトップへ