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土佐声長東天紅鶏,富岳天辺に謡う

はじめに

富士山頂に謡う東天紅鶏の写真

富士山は日本の最高点で、その秀麗な姿は各地で眺望出来、近世の浮世絵にも数多く描かれた日本の代表的な風景である。私も登山に明け暮れていた頃、冬季に2度、夏期に1度登った経験があるが、冬の急斜面の氷は固く、噴火口付近の烈風は凄まじく、独立峰だけに風による影響に左右され、季節によりその難易度は急変する。また、東京湾の海面を0として、標高僅か3776mなのに気圧は地上の2/3の650hpaで、平地との気温差は20度となり、如何に地球の大気層が有限で薄いかがわかる。

富士山から遠ざかって40年経った平成7年の晩秋、河口湖のホテルで静養を兼ねて、朝から晩まで冠雪の芙蓉峰を眺めて1日を過した時、「富士山頂で日の出を見乍ら長鳴鶏の謡を聴いたら素晴らしいだろうな」と考えた。更に、鶏も気嚢を7個有し、人の10数倍も効率の良い肺機能によって、8000mの高空を飛翔する渡り鳥と同じ鳥類ならば気圧の変化に充分耐えるだろう。謡はどの様に変化するのか益々興味が湧いてきて、「何としても実現したい」その思いはだんだんと強くなり、途中で挫折しない為には外部に発表して自分を追い込んで行く事だと決意して、ドイツの77回家禽展ニュルンベルクで発表したら、外国人には日本の富士山に神秘的な魅力があるらしくドイツ人もイギリス人も、「是非富士山に同行したい。連れて行け」と大騒ぎになった。

登山当日の天気図画像

登山当日の天気図

もう後には引けない。しかし、私に鶏を担ぎ上げる体力が残されているのか懸念していた折、全日本山岳連盟会長や栃木県山岳連盟理事長をやっている昔の山仲間より田島忠雄氏が紹介されて、いよいよ企画の実施に入った。先ずアルミ合金のフレームに竹の簾を巻いた鶏を運ぶケースを試作し、重量軽減と揺られても鶏が滑らないように改良を加えて完成した。 鶏は体力のある若鶏で、最初の栄誉に高知県特産鶏保存会より種卵で導入した東天紅鶏を選定した。また、写真写りの良い白藤小国鶏も控え役として連れて行く事にして、長時間揺られても耐えられる様に環境変化に対する訓練を続けた。

実施時期は、風が強いと鶏が深さ220mの噴火口に飛ばされて仕舞うので、梅雨明け10日の天候の安定期を狙って8月1日の御来光と定めた。

(企画書は行動記録と重複するので省略)

行動記録

期日 平成8年7月31日(水)〜8月1日(木)
編成 鈴木喜一(全国日本鶏保存会会長)
  鈴木石花(国際俳句協会会員)
  茅野 誠(TBS報道局ニュースセンター映像担当)
  田島忠雄(自然倶楽部タジマ主宰)
東天紅鶏(高知県特産鶏保存会系)平成7年7月孵化♂
  白藤小国鶏(伊勢誓山系)平成7年4月孵化♂
ルート 吉田夏道登攀・須走口下山
  富士スバルライン終点まで往復自動車

空から見た富士山の登山道図

空から見た富士山の登山道図

7月31日(水) 桐生発9時46分・上信越自動車道佐久IC,11時35分・141号線清里着12時50分清里にて昼食を摂り鶏を休ませる。清里発13時30分・中央自動車道須玉IC14時雷雨に遭遇する。晴れれば山道は登り易いと思いつつ車をとばす。大月JC14時40分、河口湖INを経て富士スバルライン5合目終点着16時、登山準備をして鶏をアルミフレームの搬送ケースに移し、準備体操をして出発16時25分。

田島氏が背負子に鶏籠を2つ付けてトップに立ち、鈴木(石)、鈴木(喜)、 茅野カメラマンの編成で大沢を横切って吉田夏道を登攀する。

鶏と共に富士登山道で憩う写真画像

鶏と共に登山道で憩う

ヘッドランプに懐中電灯を併用して黙々と高度を稼ぐと、砂漠の様な荒涼とした斜面に素晴らしい満月が昇り幻想的な美しさに疲れも忘れる。8合目(標高3200m)20時40分、9合目の山小屋(元祖室)21時着、食事を摂って仮泊する。気温が低いので鶏は小屋の中に入れ,ツェルトザックを掛け暗くして休ませる。鶏用の各種の餌を用意したが、鮪の刺身を細かくしたのを良く食べた。私達にはチューブ入りの行動食が最適であった。

鶏と共に富士山頂にて撮影した写真画像

富士山頂にて

8月1日(木) 元祖室発1時5分、途中山道にて味噌汁を作る。久須志神社の鳥居を潜り吉田口山頂着4時、御来光に最適な謡う場所を選定する。(気温7度で東京の真冬並み、幸い微風)

東の空が紅色に染まり御来光4時56分、東天が紅く滲むと岩上の東天紅鶏が「全てを見下すお山の大将」として、気分がよいのか平地よりも良く謡い、集まった登山者から一斉に拍手が起こった。やがて、日の出と続き念願叶って、富士山頂の大自然の素晴らしさに呼応する東天紅鶏の謡を聴き、鶏飼いの冥利を堪能したひと時を過ごした。しかし、小国鶏は鮮やかな蓑羽をカメラに晒すだけで1声も発する事無く終わった。

富士山頂にてご来光を背景にした2羽の写真画像

ご来光、富士山頂にて

個体の状態にも依るが、外部条件に左右されずに暁に謡うという概日リズム(Circadian rhythm)の能力が、小国と鳴き鶏として鍛えられた東天紅鶏とでは差があるのかも知れない。

さて、富士山頂で初めて長鳴鶏の東天紅鶏が謡って多くの登山者には、「縁起が良い、こんな感激は初めて」と喜ばれ、「鶏と一緒に写真を撮らせてくれ、下山したら早速、宝籤を買う」と言う人まで現れ、北海道から来た子供達からは、「鶏の叔父さん」と親しまれたりして内外の約束を果す事が出来た。

太陽も昇って一息ついた頃、ガスコンロでお湯を沸かしてインスタントラーメンの朝食をとり,茅野カメラマンと田島氏は補足撮影のため山頂を1周する。

7時30分下山開始、何時の日か富士山頂で「長鳴鶏の謡合せ会」を開催出来たら素晴らしいだろうなと考えながら山頂を後にした。帰りは須走口の下山道を下り、11時に富士スバルラインの駐車場に到着、レストランで昼食。大役を果した鶏達に野菜と鮪の刺身をご馳走する。高度が下がると気圧と気温が上昇し、東天紅鶏、小国鶏共に元気で安心して帰路に着いた。

おわりに

白藤小国オスの写真画像

富士山から帰った、白藤小国♂

本企画は多くの方々の協力で達成された。ことに、映像が他の事件の発生により放映されなかったが、茅野カメラマンのご協力に感謝し、自然倶楽部の田島主宰の登頂から下山まで細心の注意を払いながら鶏を背負い続けたご努力に厚く御礼を申し上げて報告と致します。

☆概日リズム(Circadian rhythm) ― 生物体に本来そなわっている、おおむね1日を単位とする生命現象のリズム ― (広辞苑より)

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