今こそ「人」を選ぶとき!
〜第19回参議院議員選挙に向けて〜


1.「小泉改革選挙」を考える

7月29日は参議院議員選挙の投票日です。
小学生の頃から投票日の夜はテレビにかじりつき、自分が選挙権を持たない 頃から投票に行け行けと言い続け、今では「選挙監視委員」の名を襲名 している(家族からね)自称「選挙バカ」の私だが、今回の選挙は非常に 面白くなると思ってます。

首相「だけ」があれだけ前面に出てきて、野党と同じように「改革」を 訴える。問題はその改革の内容だとよく言います。人気だけで投票する 政党を決めるべきではない。その通りだと思う。首相の掲げる「痛み」とは 何なのか。本当に有権者(=自分)にとって耐えられるものなのか。 自民党に入れるなら、そこを見極めてから入れて欲しい。

また、、私にとって気になるのは、選挙を乗り越えた(として)首相が 「改革」を断行できるかという点。自民党の中に敵はいるという指摘の多い 首相の改革論。今回の選挙、たとえ比例区でも「小泉純一郎」と書いたら それはただの無効票(「自民党の小泉」だけなら別の「小泉候補」の 票になるらしいが)。小泉改革に肩入れするなら、票を投じようとする 候補が本当にその改革に賛同しているかを見極めてからにして欲しい。 今回の場合、なんでもかんでも「自民党なら」では「首長と議会のねじれ 現象」に近いことが起こりかねないのだ。現に、党内で反論の多い首相の公約 (道路特定財源の問題とか)は自民党の公約としてはあやふやな形にして いるというではないか。

私が言いたいのは、「この政党だから」「あの人に頼まれたから」ではなく、 「自分が重視する、この考えを持った人だから」という理由で、投票して 欲しいということなのです。そのために、現在有権者にはほぼ平等に「1票」 が与えられているのだから。


2.「非拘束名簿式」とは?

すでに選挙戦は始まっていますが、今回の場合、「どうも聞いたことのない 候補のポスターを見かけるが…」と感じる人も多いはず。これは、「非拘束 名簿式比例代表(正式名称忘れた)によるもの。ついに比例区でも「人名 を書いて投票」することが可能になったのです。

今回の比例区では、各党が事前に設定して提出する「名簿順位」が なくなり、全員が同じ立場で当選を狙います。
まず政党(仮にA)の名前を書いた場合、従来どおりその政党の票になります。そして、 特定の政党のある人名(仮にα:もちろん名簿に名前があることが前提)を 書いた場合、その票は政党Aの票であると同時にα候補の票でもあることに なります。当落決定の流れは…まず、「政党A」と書かれた票と、政党Aの 名簿にある個人名(α、β、γ…候補)の票を足したものを「政党Aの票」と して、従来と同じドント式によって各政党の議席数が決まります。そして、 その議席は各党の中で「個人名投票の得票数が多い順」に与えられることに なります。だから、同じ比例区でも今回は当選するためには「自分の名前」を 売らなくてはならない。だから聞いたことのない候補の名前がポスターで 見かけられるようになるんです。

この制度、導入が決まった当初あれこれ言われたようです。ただ、私それを 忘れてしまいました(爆)。まずメリットは、政党が勝手に決めた順位に よってではなく、同じ政党でも民意によって当選候補が決まる…という点。 これは非常にいいことだと思う。こちらにはまったく関係ない、政党内に おける功績やら何やらで順位が決まるのもどうか…という見方です。

そして(私がまず考える)問題点は2つ。一つは「組織票で当選者が決まって しまう可能性が高い」という点。考えてみれば、全国有権者ウン千万、候補者 数百(もいないか?)。ましては今までは比例区で政党名だけ売ってた 人達だから、有権者が知ってるわけがない。となると、大きな力を持ってくる のが組織票。政党議席数はともかくとして、どこぞの会社やらなにがしの 労組連合やらが特定の候補を推し、選挙活動にいそしめば、その組織票に よって当選してしまうでしょう。企業がらみの組織票が、企業と政党 (候補者)のパイプとなり、癒着の原因になると思っている私にとっては、 この関係は大反対。前述のメリットが建前ということになってしまうのです。

そしてもう一つは、「単なる有名人」に票が集まる危険性がある…という点。
「何だかわかんないから知ってるこの人に入れちまえ」というふざけた 考え方をした輩が増えると、いわゆるタレント議員が生まれやすくなるの です。そういえば某タレントが、海の向こうからネットワーク上でのみ 選挙活動を行い日本には来ない…という方針を発表したら非難ごーごー、 やむなく帰国…という話もありましたな。

ともあれ、この制度には賛否両論ありそうです(少なくとも私にとっては)。 でも、とる行動は一つです。政党なら政党の方針を、個人名投票をするなら きちんとその候補の方針を知り、それに同意した上で票を投じて下さい。 一人一人が組織に流されず、安直な考えを持たず政策を理由に自分で決めた 候補や正当に投票すれば、きっとこの制度は正当性のあるものになると 考えます。


3.自分の考えで投票に行くこと

ここ数年(十数年)、投票率の低下が決まって話題になります。現在都心 では、投票率が5割を切るなんてこともザラになってきました。
つくづく思うんです。「何を考えてるんだ。嘆かわしい」と。景気が良く ならないと文句を言い、政治家が何かやらかすと「ケッ」と掃き捨て、 そのくせ選挙には「誰がやっても同じ」と投票に行かない…。棄権をする ことは、政治を司る人間を選ぶ権利を放棄すること。文句はその権利を 行使してから言ってもらいたい。「面倒だから」と何も考えずに棄権をする 輩には、政治家や国政に対してケチをつける資格はない、と私は考えます。

また、投票に行くにしても票を投じる候補の決め方も、いろいろな意味で 問題を含んでいる気がします。まず、国政における地方との関係。確かに、 選挙区選出の議員はその地域の代表。各地方の問題点を中央に知らしめる 重要な役割を担っています。ですが、その地方に有利な話を引っ張って くるのとはワケが違うと考えます。選挙区における候補があまりに地元地元 と言うのはどうかと。そう思うんです。地方の話をするならその選挙区全体の 話であって欲しい。選挙区内の特定の地域(=“地元”)に対する話「だけ」 をネタに票を取ろうなんて間違ってる。そして、それをアテにして票を 投じる有権者にも絶対に問題があると思うんです。国政選挙なら国の話を まず考えるべきだと考えます。
また、それは企業が選挙活動に加担するのも同じ事。「見返り」というヤツが 付きまとっている気がしてなりません。これを金銭で解決した形が、「贈賄」 という奴なんじゃないでしょうか。私は、企業における選挙応援活動に反対 します。

〜続きは次回〜(投票後かも?)