11.命よ燃えろ心よ光れ

 小曽根俊子 著
 講談社 刊

 この本は、本書「こならの森」の「としこの童謡詩」の作者である小曽根俊子さんの著書です。ここで小曽根俊子さんの本を紹介するのは身内をほめるみたいで気がひけます。しかし、良い本は誰が書こうが良い本であるし、また読んでいない人にはぜひ読んでもらいたいと思うからです。
 これは小曽根さんの半生を家族や仲間たちの中で、どう悩みどう感動したかを綴った本です。私は最後まで一気に読んでしまいました。なにしろ文章がうまい。そして、俊子さん自身の生き様が手に取るようにわかるからです。また飾りのない文章の中に、いや飾りのない文章だからこそ、静かな感動におそわれるのでしょう。
 中でも特に感動的なのは第三章の″大人になるっていやだね″です。行政機関の人達に「君、どこが悪いの」「お家に帰りたいでしょう」「こんな体でかわいそうに」「ずいぶん金かけて………。もったいない」と言われました。その言葉に対して俊子さんは思います。「あの人たちはいったい何しに来たのでしょうか。ある友人に『私たちはみせものじゃない』、と怒りました。『かわいそうに』と連発されて、答える言葉を知らず、涙ぐむ仲間もいました」こんな俊子さんの激しい怒りの中に、生きるエネルギーを見る思いがします。
 また、わたぼうし音楽祭への入選や詩集の出版、それに伴う全国各地からの手紙が寄せられたことなど、数々の楽しい思い出もたくさん書かれてあります。まさに俊子さんの心の軌跡をたどった本とも言えるでしょう。
 一つの花があるとします。それを見て何も感じなければそれまでです。しかし、それを「美しい」と感じられる事こそ、人生を豊かにするような気がします。そして、「美しい」と感じるためには、血のにじむような努力と、不正に対する限りない怒りとが必要なのではないでしょうか。そんな事を考えさせてくれた本でした。(1990/11)


 12.ヒマラヤ登攀史

 深田久弥 著
 岩波新書 刊

 高い山への憧れがあったせいでしょうか。地図を買うとすぐに高い山を調べる癖がありました。就職してすぐに買った平凡社の世界大百科事典の地図に、八千メートル以上の山を赤鉛筆で囲んだ覚えがあります。この地図には計十三座の八千メートル峰が記されてあります。では地球上に八千メートル以上の山は何座あるのでしょうか。数え方にもよりますが、合計十四座とされています。これは全てヒマラヤに存在します。しかも七千メートル以上の山は、地球上にヒマラヤ以外には一峰たりとも存在しません。
 づっとヒマラヤの山の事について知りたいと思っていました。ある時、ヒマラヤの八千メートル峰全ての登攀(とうはん)記録が出版されている事をどこかで知りました。それが本書です。すぐに本屋に行き買って来ました。なにか長年探し求めていた理想の女性に出会ったような気持ちと言っても過言ではありません。
 ヒマラヤン・ジャイアント(八千メートル以上の山をこう呼んでいる)を最初に征服した人々、ヒラリー、テンジン、エルゾーグ、ラシュナル、ヘルマンブール、そしてマナスルの今西寿雄など、知っている人が続々と出てきます。私は一気に興奮しながら読んでしまいました。山に興味のある人にはぜひ読んでもらいたい一冊です。
 しかし、未知なるフロンティアという歴史的観点から見る限り、現在では山の持つ意味は小さくなりつつある様です。この事について詳細に述べるスペースはありませんが、新聞報道の大きさを見る限り、そう思えてなりません。
 ゆうなれば本書は、登山が歴史的意味を持ち得た最後の記録書とでも言えるでしょう。そう言う意味では、先に「山に興味のある人には………」と言いましたが、「人生を積極的に生きたいと思う人にぜひ読んでもらいたい」と言い換えた方が良い本かも知れません。とにかく、人類のエネルギーを感じさせる本です。(1990/12)


 13.正木ひろし

 家永三郎 著
 三省堂選書 刊

 正木ひろし。この人の名を知っている人は少ないかも知れない。しかし、巨人と呼ばれる人が少ない日本にあって、数少ない巨人の一人である、と私は思う。有名であると言う事と真の巨人であることとは全く異なる。例えば偉人の一人であり最も有名な“密林の聖者”と呼ばれているシュバイツァーがいる。しかし、彼は現在ほとんど認められていない。むしろ黒人からは嫌われていたことが明らかになってきた。だが正木の評価は時間と共に強められことすれ、弱まることは決してないであろう。
 正木は、警察の拷問によって死亡して埋葬された死体を掘り出した。そしてその首を切断し、列車に乗って東京にたどり着く。そして、東京大学の教授に他殺死であることを鑑定してもらった。それをもとに警察部長を告発し、十二年に渡る裁判の末、ついに有罪が確定する。彼はこの首切りの体験によって「キリスト教信仰の精髄にふれることができた」と語っている。「この時の彼の行為は、時代を考えれば警察が正木を死体遺棄で逮捕した上、署内で『消してしまう』事も簡単だと思われる。正木の行動はまさに命がけであった」、と著者は語っている。
 国家を支える基本的暴力装置、それは警察と軍隊にほかならないが、それにたった一人で立ち向かった男、それが正木ひろしだ。著者は「五十年の人生で、こういう人物に実際にめぐりあえたということだけでも、私は二十世紀の日本に生まれてきたのを感謝せざるをえない」、とこれ以上はないと思われる最大の謝辞を送っている。
 正木の思想は「法律に従う事のみを知って、これを改める事を知らなければ、人類は永久に革命を経験しないであろう」と言う言葉に表れている。この抵抗の精神こそ彼自身だと思う。まさに〃日本の良心〃と呼ぶのにふさわしい。
 こんな生き方があったのだという事をかみしめながら、冬の夜に一冊の本を読むのもあながち無益ではないだろう。(1991/01)


 14.麻 薬

    − ヘロイン −

 三留理男 著
 光文社文庫 刊

 目の前で妻や親、子などが殺されても笑っていられる。そんな薬が麻薬です。
 タイ・ラオス・ビルマの国境にまたがる「黄金の三角地帯」と呼ばれている地域があります。ここで世界の七十%のアヘンが生産されます。著者は危険きわまりないこの地域に足を運び入れ、本書を書きました。この地を始めて訪れた時の印象を次のように語っています。「ケシ畑に行ってみたが、筆舌に尽くしがたい美しさだった。白と紅の大輪の花が風にゆっくりとそよぎ、まるでメルヘンの世界にでも飛び込んだようだった」。この美しい花が人々を廃人にし、地獄へと落とすのです。
 ケシを栽培している山岳民族の生活も詳細に記述されています。あまりの貧困と働き過ぎのために、女達は三十代でもう老婆のようです。子供は栄養失調、マラリヤにかかっても薬がなくただ死んで行く。男達は自らアヘンを吸い続け、廃人同様になったり寝たきりになってしまったり・・・・・。
 アヘン証人の莫大な利益に対して、生産者のあまりにも悲惨な生活。また作者は麻薬をヤクザのような表面的な悪のみだけを追求するのではなく、もっともっと本質的な巨大な悪にまで迫っています。それは政治です。イギリスの東インド会社によるアヘンの生産と密売による巨利。アメリカのトルーマン政府は「東アジアにおける共産主義活動阻止」と言う目的で麻薬に関係する人達を保護しました。これにより世界中にアヘンが広まったのです。そして、アヘンの取引にからむ大がかりな汚職や政治家の腐敗。アヘンからヘロインを作るための日本製薬品の売買など。麻薬を知る事により国際間の陰の部分がよりはっきりと見えてきます。
 湾岸戦争が起こってしまった今、このような本を読む事は、平和や国際社会を考えるにあたって必要かつ不可欠な事と思われます。私達は巨大な悪とは何であるかを、この本を読む事によって考えてみようではありませんか。(1991/02)


 15.ハーレムの熱い日々

      − BLACK IS BEAUTIFUL −

 吉田ルイ子 著
 講談社文庫 刊

 本書はアメリカの60年代を描いた本です。あれから現在まで世界は大きく変わってきました。しかし、この本を読んでも古くささを全く感じません。例えば次ぎのような黒人の言葉が出てきます。「なぜ、日本人は白人がそんなに好きなんだ。中国人、韓国人、インドネシア人、タイ人などのアジア同胞とどうして仲良くしないんだ」。著者が黒人から問いかけられた疑問は、今なお新しいと言えるでしょう。いや外国人が町に目につく現在こそ、わたしたち日本人に問いかけられた根本的な疑問であるかも知れません。
 私はこれほど冷徹にまで自分自身を見つめた女性の本を読んだことはありません。そういう意味では優れたルポルタージュであるとともに、人生を考える本とも言えるでしょう。
 ハーレムの黒人暴動の中で、白人の夫との間に少しずつ溝が深まります。二人の力だけではどうしようもないアメリカ社会という重荷。その中で著者は苦しみもがきます。そしてついには離婚することになるのです。しかし、私にとって不思議に思ったのが、ここまでに至る著者の心の動きが実に感動的なのです。著者の苦しみが痛いほどよくわかる。痛いほどよくわかるから感動的なのかも知れません。
 また黒人たちが白人の価値観にしばられることなく、自分達の価値観に目覚めていく過程が良く描かれています。顔の彫りの深いほうが美人と思うとか、やたら英語を使いたがる国民性を考えるとき、私たち日本人の意識はアメリカの黒人よりも30年以上も遅れているとさえ思います。ひたすら欧米の価値観に追従することではなく、自分達の価値観に目覚める事、そこ事こそが国際化の第一歩のように感じられます。
 まじめなことをダサイ事であると感じ始めた年頃の人達に、ぜひ読んでもらいたい一冊です。また「自分をさがしに旅に生きています」も同時にお勧めします。(1991/03)