森昌子のしあわせタイム
  森昌子のしあわせタイム〜番外編〜

  「森昌子・歌謡ショー」を目指して
 自転車旅行したときのことを思い出し、
 再現してみました。
  S56.8.16(日)PM1:00〜、PM4:30〜
  〜長野県南佐久郡・小海町総合センター〜
信濃路・旅行記

寒椿

旅行全図
(Web地図サービスより作成)
@「MMサイクリング」の集大成・・・
 当時私は、新潟市に住む新潟大学の学生。心の支えは、昌子さんの人柄や歌でした。
 雑誌や「ファンクラブ会報」をチェックし、近くのコンサートへは、たびたび行っていました。
夏の花束
「小海(こうみ)町」・・・新潟市(日本一長い信濃川の河口)から、ず〜っと上流へ(源流近くまで)さかのぼった所。
「小海線」・・・日本一標高の高い所(1375m)を走る国鉄。
 
 今まで、1日100q位走ることは、よくありました。
また、帰省(新潟〜群馬:260km:1日)
も何度か、サイクリングで・・・。


 往復600km余り、3日間に分ければ、
なんとか、行って来られるかな?
夏だから、2野宿でも大丈夫かな・・・?

 卒業を控えた今年(5年目・・・笑)、
遠出のサイクリングもこれが最後かも?と思い、
夏休みを利用し、(自分の力で)行って来よう!
と思ってしまったんですね。(笑)
A周到(むちゃくちゃ?)なサイクリング計画

・1日目:新潟〜長野?(行ける所まで)→250q(1泊目)
・2日目:長野〜小海町〜長野?→160q(2泊目)
・3日目:長野〜新潟→250q

 いつもは平均時速20q(休憩を入れて)、今回は、3日連続での長距離なので、平均時速18qで、まずは、新潟〜長野が14時間と計算して計画しました。

 とにかく、目的地の「小海町」に間に合えば、帰りは下りだし、多少遅くなっても何とかなるのでは・・・という予定でした。(走り続ければ、必ず着く!の思いこみ?のもと)

 河川敷など、適当な所で野宿できるよう、1人用テントと寝袋も持参。
また、信濃川沿岸のきれいな景色を残しておきたい!と思い、近くのカメラ屋で、一眼レフを借り、撮影しながら行くことに・・・。(途中の写真はほとんど当時のもの・・・)

 「信濃」・・・と聞いて、「信濃路梓川♪」を思い浮かべるファンの方も多いでしょう・・・
この曲、初めは「何だか不思議な感じの曲・・・?」という印象でしたが、
いつの間にか、(私にとって)「特別な曲」になりました・・・。

寒椿

未明の万代橋
 夜明け前の「万代橋」。(長さ307m)
信濃川河口近くのこの橋は、新潟市のシンボル。1929(S4)年完成。
 「新潟ブルース」では、
「今日も霧が降る万代橋よ・・・」
と歌われています。(美川憲一さん)
未明の万代橋
関屋分水路
 左は、市街地中心部と、郊外を分ける?「関屋分水路」(幅250m)。
 洪水防止などのため、
1972(S47)年!完成。

 右は、新潟市五十嵐一の町
にある新潟大学(正門前)。
新潟大学・正門

寒椿

*第1日目・・・新潟市〜長野市
新潟のアパート  8月15日(土)、AM6:50〜
いよいよ、五十嵐二の町(いからしにのちょう)にある
新蔵(しんぞう)アパートを出発。
 準備になんだかんだと、やや出遅れぎみ・・・。(苦笑)

 写真右上の建物が新蔵アパート。(右下→入口)

堰
 やや海岸沿いの道を進み、
AM8:10〜大河津(おおこうづ)分水路の河口付近に到達。
 この分水は、洪水防止のため、
1922(T11)年に開通。

 写真は、信濃川・側の堰(せき)。
信濃川へ
小千谷付近の信濃川
 長岡を過ぎ、小千谷の手前。
景色の素晴らしさに、思わず足を止めてしまいました。
(重いカメラを持ってきた甲斐あり!)
 広すぎて1枚に入りきらないので、
2枚に分けて撮影、後で合成しました。
 
アレチマツヨイグサ  あちこちに咲いていた黄色い花。(アレチマツヨイグサかな?)
ということは・・・「宵待草」の一種?などと勝手に思い・・・
 思わず浮かぶ「大正ロマン」の熱唱(新宿コマ)・・・
「待て〜ど 暮らせど 来ぬ人を〜 宵待ち草のやるせなさ〜・・・♪」


 AM11:00〜十日町付近通過。
自転車の装備
 〜このときの装備〜
フロントバッグ→食料、地図、カメラ、雨具、衣類等・・・
 (その下に、工具類、ライト・・・)
サドルバッグ→テント外布、断熱マット等・・・(寝袋)
フレーム各部→テント支柱、水筒、空気入れ、予備フォーク

(全備重量→約20.0kg、ふだんの重量→約14.5kg)
津南町付近
 左は、津南町(豪雪でも有名)付近。

 小千谷を過ぎる頃から、道は狭く、ほとんど山道?(アップダウン)が続きます。(右:下流方向)
新潟・長野県境
県境の信濃川
 新潟・長野の県境付近。

 ときどき、木々のすき間から見える信濃川(千曲川?)が、すご〜くきれいです。(上流方向)

 峠も越え、長野への下り坂・・・。
県境の山道より
栄村付近  ここは、栄村・・・水の色が緑色〜!

 そのとき、左の山肌に、な、なんと・・・
「竹かごを背負ったおばさん」の姿が・・・
・・・日焼けした顔をほころばせ〜
話しかけられてはいませんが・・・(笑)。
竹かご
栄村付近  左は、栄村付近の千曲川。

 PM6時半、須坂の道沿いに銭湯。(「梅の湯」だったかな?・・・写真はイメージ)
 この後、暗くなると見つけにくいし、
これを機会にゆっくり休む。
(外へ出ると、あたりはもう暗い)
一人用テント  PM7時すぎ、寝るにはまだ早い?し、明日のために、
少しでも距離を稼いでおこう!と考え、さらに2時間ほど前進。

 PM9時半、長野市に到着。千曲川を渡った河川敷に、桃畑(袋に入った桃が多数)があり、そこで1泊することに・・・。サイクリング車にスタンドは、ついていません。(PM10時すぎ:就寝)

(1日目・・・約250km、14時間?、平均18km/時)

寒椿

*第2日目・・・長野市〜小海町〜長野市
千曲川
 AM6時前:起床。
さあ、いよいよ目指すは「小海町」。
あと約80kmなので、4〜5時間で着くかな?

 千曲川沿いに「地獄ラーメン!」という看板のドライブインあり。「どんなラーメンかな?」と思いながら、通り過ぎる。
千曲川
 長野市付近の千曲川。
青空を写し、ゆったりと流れるせせらぎがきれい。五木ひろしさんの「千曲川」が浮かびます・・・。

 小諸を過ぎると、しだいに登り坂がじわじわと・・・。
千曲川
小海町の千曲川
 やがて、小海町へ・・・。

 左:小海町役場横の千曲川。
(清流と水しぶきがきれい〜)

 右:総合センター屋上から見た千曲川下流方向。
(緑の山々や小海町並も・・・)
小海町の千曲川
センター前の国道
 AM11時すぎ、ついに!
小海町総合センターに到着。
(標高・約700m)

 国道141号線(左が長野方面)とセンター(公民館側)入口。
小海町総合センター
小海町総合センター
 入口前の坂を下った裏側。
左が公民館部分、右が「大講堂部分」。ここに椅子が並べられて、コンサートが・・・。

 建物の脇に置かれた自転車。
(単2電池4本の明るいライト付)
この自転車で・・・
小海町チケット(昼) 信濃路梓川(ジャケット)
(チケットは実物大)  
小海町チケット(夜) 小海音頭(ジャケット)
○第1部・・・「小海音頭」発表。(作曲は、遠藤実・先生なんですね〜)
 詞は、一般公募ですが、作詞家の「いで はく」先生が、入選佳作の方数名の発表と講評、表彰の後、ロングヘアの森昌子さんが歌って、地元の方々が踊ります。

○第2部・・・「森昌子ショー」。
 歌は、学園ソングから始まり、ふつうの地方公演と同じだったかな?
当時の新曲「哀しみ本線日本海」や「信濃路梓川」(詞:いではく・先生 曲:遠藤実・先生)なども確か・・・。暑い会場もなんのそのの熱唱♪に感激!

小海町まつり  商店街付近の銭湯で一休みの後、食堂で「野菜炒め定食?」を食べる。
 テレビでは、ナイター「巨人VSヤクルト」戦中継。
江川投手が、147km?の速球を投げていて、
アナウンサー「いつもの江川ですね〜・・・」などと実況。
 ルーキーの原辰徳選手が4番?を打っていました。
(この試合、3×0で巨人が勝ったと、あとで知りました)

 食堂を出るとあたりは真っ暗。
帰り道、小海町役場付近?で地元のおまつりがありました。

 「忘れたふりする ふるさとは〜・・・」
・・・と「港のまつり♪」を思い出します・・・。
小海町まつり
長野で1泊  PM8時すぎ、行けるところまで行こう!と考え、
長野市付近まで到着。泊まる所?を探すが、暗いし、河川敷はどこだか不明・・・。
 右側の小高い丘を登ると、使用されていない「一軒家の住宅?」を見つけ、(ちゃっかり)その庭でテントを・・・。(PM11時:就寝)

(2日目・・・約160km・・・)

寒椿

*第3日目・・・長野市〜新潟市
飯山付近
記念の1枚
飯山付近
 AM6時?起床、長野市を出発。きれいな千曲川沿いに、新潟へ・・・
全体的にやや下りなのと、太陽を背にしているので、足や目、気分も楽です。
 飯山市付近で記念写真。(フロントバッグの上にカメラを置き、セルフタイマーで)
写真の左が下流(新潟側)、右が上流(長野側)です。
 指なし手袋は必需品。左手に持っているオレンジのサンバイザー、太陽がまぶしくなく快適。靴は、底の硬いサイクリングシューズ(歩きにくいですが)。右手に腕時計をしているのは、日焼けのため。
用水路
 PM5時頃?大河津分水路・手前。
信濃川堤防わきの用水路がきれい!
(左が上流側、右が下流:新潟側)
霧島昇さんの「誰か故郷を想わざる」が浮かびます・・・。
 さあ、この旅も、あと40km!もうすぐ新潟市だ・・・!
用水路
 PM7時頃?、暗くなり始める頃、新潟の新蔵アパートに、無事到着。
(3日目・・・約250km、13時間?、平均19km/時)

寒椿

小海音頭  「小海町 Web Site」には、小海音頭が紹介されていて、(歌入りで)ダウンロード(←バナーをクリック)もできます。
 町役場の方に、リンク許可をいただきました。m(_ _)m
*後日談・・・総合センター・再訪問
公民館側入口
 2005年7月28日(木)、旅行記を作るにあたり、24年ぶりに、小海町を訪れました。
公民館側入口から、坂を下ると駐車場、そして総合センター入口があります。東京電力の水力発電所も見えます。
 以前と変わらぬ青空、千曲川の清流や、緑の山々、建物に感慨新た・・・。
坂を下ると 総合センター入口
水力発電所
 公民館の受付で、女性の方に「総合センターのこけら落としのとき、訪れた者ですが・・・」とお話しすると、目を丸くされ、男性の方が、当時の「公民館報」集を探して、コピーしてくれました。
 しばし館内を散策。大講堂は、ちょっとした体育館という感じで、親子ふれあい工作?教室が行われていました。当時は、照明効果のため、暗幕で締めきった(満員の)館内、暑かったでしょうが、気になりませんでした・・・。(笑)
公民館報−1
公民館報−2
公民館報−3
 「森昌子ショーに2300人!」(昼夜合わせて)とあります。
この(狭い)会場に、よく入りきれた?な〜という感じです。 また、この町の人口は、6900人。単純に考えると、町民の3人に1人が来られた?のですね〜。

寒椿

新蔵アパート
 3日間(2野宿)で330×2=約660km?、天候にも恵まれ、大きなトラブルもなく、忘れられない想い出になりました。でも、(後で考えると)無事行って来られたのが全く不思議!?なほどです・・・。
 まあ、「やっぱり!森昌子さんは素晴らしい♪」ということで・・・(笑)。
戻る