六 地 蔵
ろくじぞう

 天正の時代(1576年ごろ)猪倉城の鹿沼右衛門と板橋城の板橋将監がこの場所でたたかいました。猪倉城の鹿沼右衛門たちはやぶれて,この上猪倉の林のなかで打ち首になりました。そのあとに作ったほこらと井戸の後があります。ここで切った首を大沢・小池道の分かれ道にさらし首にしたそうです。これを供養(くよう)する六地蔵が残っています。

 ちょっと悲しい話ですね。