Please say me `I love you"
                               
〜秋夜〜




 潮風が顔をかすめるたびゾロは顔をしかめた。水平線の向こうから朝日が昇ってくる。
しかしなぜこんなにも今日は目覚めが悪いのだろう・・・。

「はぁ・・・。」

ゾロは深いため息をついた。昨日は厭な夢を見た。くいなが死んだあの日の夢だ。
もう、ゾロが駆けつけたときには彼女の顔には白い布が被されていて、その布はぴくりとも動かない。
生きていたのなら布はふわふわと上下しているはずなのに・・・。ゾロが今朝の夢を思い出していると後ろから不意に声がした。

「おい、ゾロ」

低くも高くもない声だ。ゾロの中でこいつとくいなのイメージはかぶっていた。負けず嫌いで、本心をいえなくて。
(後者はゾロについてもいえることだが)そして何より・・・。

「何だ、サンジ。お前なんでこんな所にいるんだ?」

「あぁん?そりゃこっちの台詞だろ。こんなくそ寒ィ中何してんだよ。」

「ちょっとな・・・。」

「おいおい、秘密主義かよ。」

そう言ってサンジはニヤニヤと笑った。
ガサゴソとタバコの箱とライターをズボンのポケットから取り出し、一本に火をつける。慣れた手つきだ。

「別に・・・。只・・・、昔の厭な夢を見たんだよ。」

「寝小便かなんかのかぁ?うわー。恥ずかしっ!!」

「ちげーよ。ほら、お前に話したことがあるだろ。俺の死んだ友達の話。久しぶりに見ちまったんだよなぁ・・・。

最近見てないから吹っ切れたかと思ったのに。」

「なるほどな。ん?ちょっと待てよ?吹っ切れるっツーことは誰か別に女でも・・・!?となるともしかしてっ
・・・ナミさんーっ!!??ダメだぞ!!俺はお前とナミさんの交際なんて絶対に許さんからな!」

「アホかお前は・・・。誰があんな魔女なんか好きになるか。」

「んだよそんなに静かに否定されてもこっちがどんなリアクションとればいいんだよ。
もうちょっと愛嬌ってもんを持ってもいいんじゃねぇか?」

「悪いがてめぇと話してると疲れるんでな。極力少ない会話にしてぇんだよ。」

「おいおい、そりゃちょっと失礼じゃねぇか??おろすぜ?」

サンジはくすくすと笑った。しかしそんな態度とは裏腹に,少し悲しげな面持ちがサンジの顔を過ぎった。
ゾロはそんなサンジの微妙な表情を見逃さなかった。
当然普通の人間なら、こんなとき少しは考えを巡らせて相手の気持ちを察しようとするものであろう。
しかし、相手はゾロだ。そんな回りくどいやり方なんてこの男は大嫌いなのである。
人に気遣う言葉をかけるときでさえも単刀直入すぎる。

「何でそんな顔するんだよ。」

無愛想でいかにもゾロらしい質問だ。サンジはゾロの問いの意味が全くわからず、いくらか不機嫌そうな顔をしながら答えた。

「はぁ?俺がいつ変な顔をした?あっ、そうか。俺の美しすぎる顔が羨ましくてそんな事言うんだろ。

全くそうならそうと言えばいいもんを。」
この男もこの男だ。何事も自分に都合の良いように解釈する、典型的な楽天家タイプ。
お互いに会話がちぐはぐするのも無理は無い。

「ちげぇ!!今一瞬悲しそうな顔したろうが。」

ゾロはまっすぐな眼差しでサンジを見つめた。サンジの吐いたタバコの煙が顔を掠める。
あながち外れてはいない、先ほどのサンジの台詞に、ゾロは内心冷や汗をかいていた。ブロンドのさらさらな髪。
薄い色素の青い瞳。透き通るような白い肌。ほんのりと色付いた唇。何をとっても美しい・・・。

(サンジが自分自身で誉めるのはどうかと思うが・・・。)

ゾロははっとして先ほどから目線を注いでいた人物から目を逸らした。
今俺はサンジをどんな目で見ていた?親友をどんな目で見ていた?一瞬こいつを俺のものにしたいなどと思わなかったか?
俺はそんな汚らわしい目でこいつを以前は見ていなかった筈だ。なのに・・・。一体いつからだろう。
こいつを美しいと思い始めたのは。こんな自分が嫌だ。嫌だ。嫌だ。



「悲しそうな顔ネェ。」

ゾロはサンジの一言で我に返った。良かった。サンジには見とれていたことはどうやら気付かれていないようだ。
その代りサンジはわざとのようにゾロを凝視した。ゾロの目が思わず泳ぐ。

「そうだなぁ・・・。まぁ、少しはこの俺様にもブルーになるようなことも有るのよ。
そうっ!恋の病ってやつだな。うん。報われない恋ってやつ?」


「またその話かよ。」



いつの時代でも、好きな相手には自分ではない好きな人がいて、その話をされるとやるせなくなるものである。

「まぁ聞けって。」

そういってサンジはまた笑った。胸が軋む。

「恋は大切だぜ?なんてったて若くいられる薬みたいなもんだからな。
このお年頃の男の子が女の子に興味が無いって言ったらそいつは精神異常者かホモだろうが。」

ゾロは心臓が口から飛び出すかと思った。核心を突かれてこんなに驚いたのは未だかつて初めてではないだろうか。
適当に流さなければ・・・。気付かれてしまう。こんな汚らわしくて恥ずかしい感情を。

「・・・・。そうかもな。」

「っ何、今の間は!?もしかして俺に惚れたのか!?そうか・・・。そうだろう。俺は美しいからな。」

サンジは冗談めいて言った。けらけらと笑っている。ゾロにとっては笑い事ではない。
心臓の音が次第に大きくなっていく。ここではっきりと言ってしまおうか否か・・・。お前のことが好きなんだと。
しかしそれをしてしまったら今のこの仲間という関係は勿論、今までの思い出さえも失われてしまうような気さえした。
手に汗がじんわりと滲む。唇同士が、磁石でお互いを引き合っているかのようにくっついてしまい離れようとしない。
唾が喉の奥をゆっくりと伝って行く。ゾロは決心をして重々しい口を開いた。

「あぁ、そうかもしれねぇな。頭がイカレてるんだ。どうかしちまってる・・・。ふと気付いたとき、俺の目線の先にいるのは誰だと思う?
サンジ。もし自分の目線の先にいる人間が同性の親友だったら?いかれてるよ・・・。なぁ、俺はどうしたらいい?如何すれば良い?
嫌だ。こんな俺を見てお前は気持ち悪くねぇか?俺、そんな気無いと思ってたんになぁ。今まで親友だった男が
自分を好きだって言ったらどうする?少なくとも引くよな。はははっ。」

サンジはタバコを海に投げ捨てると、こちらに体ごと向き直った。俺はどんな顔をして話しているんだろう。
今こいつはどんな顔をして,この変態じみた男の話を聞いているのだろう。
とてもじゃねぇがサンジの顔なんて怖くてみられねぇ・・・。

「もう嫌だ。もう押し殺してらんねぇんだよ。サンジ。・・・好きだ。お前のことが好きだ。」

ゾロは自分の顔が徐々に赤くなっていくのを感じた。言ってしまった。もう何もかも終わりだ。
今までサンジが見せていた笑顔は、もう二度と自分には見せてくれないだろう。
その代わりに返ってくるのは蔑んだ軽蔑の眼差しだろう。今まで交わしてきた言葉たちも、もう自分たちの間で行き交うことは
二度と無いのだろう。涙が視界を曇らせる。もう嫌だ。そんな沈黙に終止符を先に打ったのはサンジの方だった。

「・・・やっと言いやがった。」

それはぼそりと幽かに、しかし、ゾロの耳にはしっかりと届いた。ゾロは出かかった涙を拭うと、サンジのほうを恐る恐る見た。
するとサンジの頬は先ほどよりほんのりと赤くなっている。目元は優しげに、僅かだが綻んでいる。これは一体どういうことだ?
全く意味がわからねぇ・・・。そんな事を考えているとガクンとゾロの体は前にのめった。どうやら引き寄せられたらしい。
サンジの細い腕がゾロの背中に回されている。サンジの顔が目の前にある。唇と唇が触れ合う感触。
タバコの香りがゾロの体中に巡って行く。生暖かいものがゾロの口に滑り込んできた。
思わず口を閉じそうになってしまったのを振り払うかのようにゾロは硬く目を瞑った。

「んっ・・・。」

ゾロが小さく呟くと唇が離れていった。そこに僅かに残るサンジの香り・・・。

「お前が俺を見ていたことなんてとっくに気付いてたぜ?要はお前がいつ気持ちを打ち明けてくれるかだった。ゾロ。
俺もお前が好きだよ。お前が俺を見つめ始める前からな。」

サンジが悪戯気に笑いながら髪を掻き上げた。髪がさらさらと指の間から零れ落ちる。ゾロと同じシャンプーの香り。
ゾロの顔がますます赤くなってゆく。このままこいつを見ていたら、俺はこいつをどうにかしちまう。
そう思ってゾロは顔を背けた。それに構わずサンジはゾロの顔を覗き込みながら続けた。

「さっき悲しそうな顔をしたって言っただろ?お前。何でか判るか?俺といる時大抵その
『くいな』っていう女の話をするだろ?それに対した嫉妬だよ。」

ゾロは目を見開いた。だったらお前はなんなんだ!?
いつも俺の前でナミの話ばかりしているくせに。俺はそれをどんな思いで・・・。

「お前はナミの話ばかりしてじゃないか、って思うだろ?」

ゾロは心のままを言い当てられたのでますます目を見開いた。

「ビンゴだろ。俺の『くいな』ちゃんに対するあてつけだよ。自分ばかり嫉妬してるんじゃ悔しいからな。OK?」

ゾロは溜息をついた。またサンジが笑う。今まで俺が心配していたことは全てサンジの仕組んだことだったのか・・・。
単なる骨折り損のくたびれもうけじゃねぇか。ゾロはゆっくりと床に腰を下ろすとこう唸った。

「じゃあ、まんまとサンジの罠に嵌められたって訳か。」

「まあな。」

サンジはまたクスクスと笑った。サンジも続いて腰をおろす。なんだかこのままでは、ゾロの腹の虫は収まらない。
何らかの形でサンジに仕返しをする方法は無いものだろうか・・・。
 ドスンッという音が船内に木霊した。ゾロがサンジを押し倒したのだ。暗がりの中サンジの顔が真っ赤になったのをゾロは見た。
華奢で美しい少年はゾロに押し倒されてなかなか声が出せない様子だった。しかし小さな声で呟いた。

「なに押し倒してるんだよ。ゾロのスケベ。」

それはやっと紡ぎ出したというような言葉だった。しかし、毎度の口調とは裏腹に,サンジの顔はそっぽを向いている。
自分の顔が赤くなっているのに気付いたのだろう。少しでもそんな自分を見られないようにといった感じで、サンジは
ゾロの体を遠ざけようと押した。今までのように余裕のある表情はどこかへ消えてしまったようだ。ゾロはわざと顔を近づけた。
なんだ,こいつも可愛い所があんじゃねぇか。

「サンジ、もう一度キス・・・していいか?」

ゾロの問いにサンジはこくりと首を縦に振った。サンジがゆっくりと目を閉じる。そっとゾロは、サンジの唇に自分の唇を寄せた。
それは触れたか触れてないか、というほどのキスだった。先程のサンジのキスとは違ったまだ淡いキス・・・。
波の音が耳から遠のいていく。蜜色の三日月が二人の影を落とす。鼓動は高らかと天へ上っていく。

「愛してるよ。サンジ。」

ゾロは呟いた。それに答えるかのようにつないだ手をサンジが握った。呼応してゾロはサンジを強く抱きしめた。
強く、強く・・・。もう二度と離さない。

サンジ・・・。くいなの残像と、お前を被らせたりはもうしねぇ。思い出に捕らわれたりも、もうしない。
負けず嫌いで、本心がいえなくて、そして何よりも大切なお前にここで誓うよ。サンジ・・・、愛している。

そしてひとつだけ頼んでもいいか?俺に限りない愛を、そしてその言葉を・・・。



「愛している」と言ってくれ。



                                                                〜fin〜








秋夜さん、本当にありがとうございました。
嬉しすぎます。もう、体の穴という穴全てから血が噴き出しそうな勢いです。(勿論、毛穴からも)
・・・っとまぁ、ぐろくなってしまいましたが、感謝しております。
これは頂いたと言うよりは奪ったと言った方があっている気さえします・・・無理言ってごめんなさい。
でも、また機会があったらお願いします。・・・一発すばらしき文章を・・・




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