その夜金糸の髪の青年は、

 

 赤く、

 

 黒く、

 

 あまい、

 

 夢を見た。

 

 

 

 絶壁に二人きり

 

 

 

 ぱちっと目を開けた。

「・・・・・・・・・何だ今の。」

 声に出るか出ないかという大きさで呟き、サンジは起き上がる。しばらくハンモックの上で呆然としてから、辺りを見回した。

 周りのハンモックでは、男船員達がごーごーとやかましいイビキを立てて眠っている。

 一AAA二AAA三AAA四AAA俺を入れて、五人。全員、居る。

 ほっとしたのと同時に汗をかいた額を覆おうと手を広げ、その時、掌にぽつぽつっ、と、何か冷たいものが落ちた。サンジはぎょっとして、自分の頬を指で拭う。

 自分がぼろぼろに泣いている事に気付いた。

 

 ろくでもない、夢を。

 けれどどこまでも現実味を帯びた夢を、見た。

 

 ぼろぼろと。

 涙は止めどなく青い瞳から溢れ。

 しかし嗚咽も自覚も微塵もなかった。

 不思議なことに、悲しいとか、辛いという感情はどこにも生まれなかった。

 いやAAAむしろAAA。

 ごしごしと服の袖で擦った。随分と長い間それは続いた。

 やっと涙が止まって、ほっと息をつく。目がじんじんして、喉がひりついている。気付けば随分と汗をかいていた。

(水AAA。)

 心中でぽつりと体が欲しがる物を呼ぶ。サンジはそっとハンモックから降りた。
まさかこの熟睡している野郎共が自分の足音如きで起きるとは思わなかったが、それでも万が一誰かに見つかった場合、自分は上手く誤魔化せるか分からなかったから。

 胸に手を当てた。

 深く息を吐いた。

 『彼』の寝顔を見る度胸さえ無く。

 サンジは寝室を出て行った。

 

 

 思い出すのは絶望。

「げェっ・・・げほっ、っは・・・は・・・」

 嘔吐する音は水に流れた。

 

 食い物が無い。

 無い。

 無い。

 どこにも無い。

 

「っぐ・・・・・・がァっ・・・」

 胃液さえ絞り奪られる。

 

 船が無い。

 無い。

 無い。

 どこにも無い。

 

 でもそんなのは、大した事じゃないだろう?

 

「げほっ、げほっげほっ・・・」

 暗いキッチンで、サンジは胃の中の物を全てシンクに吐き出して、匂いが充満する前に全て水で流した。

「は・・・・・・」

 微かに、呻く様な安堵する様な声を出し、ずるずるとその場に膝を折る。

 ここ何年間も、『あの夢』を見た事は無かったのに。

「ちくしょ・・・」

 サンジは自らの頭を抱えた。

 しかもAAA『こんなかたち』で見るなんて。

 『それ』はあまりにもリアルで。

 はっきりと残っていた。

 サンジの体に。

「っつAAAうAAA。」

 再び、出す物を無くした胃袋が絞られる。そのあまりの不快感に、サンジは涙ぐみつつも立ち上がった。蛇口を捻って、そこから直接水を飲んだ。
極限の飢餓に襲われた野獣の様に、ただひたすらに飲んだ。

「っAAAぐ、ェっ・・・!」

 蛙が踏み潰された様な声が痛んだ喉から零れた。また、吐いた。食道を下りきる前に吐き出された水が、残った胃液に混じってびしゃびしゃっ、と嫌な音を立てた。

 はーっ、はーっ、と、呼吸は荒く、大きく肩が上下する。

 

 無い。

 無い。

 無い。

 

 どこにも無い。

 

 

 サンジは再び座り込み、頭を抱えた。

 今度は、ちゃんと、泣いた。

 

 

 やっと体が水分を受け付けて、体が落ち着いてから、サンジは汗にまみれたシャツを着替えて甲板までやってきた。
冷たい風がふわりと頬を撫でていくのが、心地良いと思った。

 中途半端に欠けた月が、嫌味なくらい美しく輝いて、暗い水面に自身を反射させ、光の欠片を揺らしている。

(まさかAAA『また』見るなんてなー・・・)

 心中で、自嘲気味にぽつりと呟いた。

「・・・・・・しかもグレード・アップしてたし。」

 くくっ、とまだ痛む喉で笑って、胸ポケットに手をやる。シャツを着替えたばかりなので当然煙草が入っている筈もなく、今度は自分の染み付いた癖に苦笑を浮かべた。

 そのまま、自分の手のひらを見た。

 料理をする為にいつも気遣ってきたその手は、昔魚のおろしなどを特訓した時の切り傷が指の腹などにうっすら残ってはいるものの、他は至って綺麗だ。

 月に照らされた手が自分の思った色でなかった事に、サンジは内心ほっとして、ぎゅっと拳を握り、目を閉じた。

「大丈夫・・・大丈夫・・・大丈夫・・・」

 生きてる。生きてる。生きてる。

 

 『 』んでなんか、

 

「サンジ?」

 はっとして目を見開き、振り返った。金の髪がさらさらと揺れた。そこに、若い芝生の様な緑の髪と黒い瞳があった。

「AAA・・・・・・。」

 息を吸おうとしたけれど、上手く吸えなかった。ひゅうっ、と、風が通るような変な音がしただけだった。

 もう一度、吸う。今度は、ちゃんと肺に空気が入っていった。

「AAAAAAAAA・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゾロ。」

 掠れる事を恐れた声は風に消えそうな程小さかったが、それでもはっきりとした口調だった。
彼AAAロロノア・ゾロは、こちらの気も知らずに、呑気な表情でこちらに近付いてくる。サンジはぎょっとした。
後ろは海。逃げ場はない。反撃が出来るだけ、敵の方がまだマシだ、と、サンジは思い、次に、自分の外面に現れてしまった隠し切れない『異変』に彼が気付かぬよう、心から祈った。

「何してんだよ、こんな夜中に、こんなとこで。」

「別にAAA喉が渇いて、起きただけだ。」

 すぐに答えた。ゾロはふーん、と、素っ気無い返事をし、サンジの隣に来て、手すりの上で腕を組んだ。
月明かりに、彼の彫りの深い顔がはっきりと浮かんだ。サンジは内心ほっとして、訊いた。

「てめェこそ、こんな時間に起きるなんて珍しいんじゃねェのか?」

「アホ。俺は毎日この時間に起きてんだよ。」

 何で、と訊き返そうとして、彼の腰に、しっかりと三本の剣がある事に気付く。ああ、そういう事か、と、合致がいった。

「アホはおまえだろ。昼間ぐーすか寝てんのはその所為か・・・。睡眠時間削って筋肉増やしてんじゃねェよ。」

 ゾロの表情が、少しむっとしたように見えたが、しかし、いつもとは違って、子供の様にムキになる事も無ければ、目さえ合わせはしない。
まるで、気遣うように。ゾロは頑なに海と空と月を見つめていた。

「おまえみてーなひょろひょろに言われたくねェよ。」

「おまえがムキムキなんだろ。俺には蹴りカマすのに必要最低限の筋肉はついてるんでね。」

「じゃあ剣術には向いてねェな。」

「おまえに弟子入りする気はないから、安心しろ。」

 ははっ、と、ゾロが笑った。そりゃそーだ、と言う。こんな風に、自分の言った事でゾロが嘲笑でない笑顔を見せるのは、ごく稀な事だった。だから何だという訳では、ないけれど。

 自分が案外普通に喋っていられる事に、サンジは心からほっとする。
いつもとほとんど変わらない声が出るし、暗いから、目が赤く疲れ果てた様な顔つきをしている事までは気付かないだろう。
AAAが、早くこの場から離れたい、という気持ちは、サンジを焦らせた。早々に、話を切り上げる事にする。  

「じゃ、料理と蹴り専門のスペシャルダンディーなサンジシェフはそろそろ寝室に戻るとしますか。雑用兼剣術使いさん、まーせーぜー頑張れよ。」

「雑用は余計だろ、ラブコックの分際で。」

「へいへい、じゃーな。」

 歩き出しながら、振り返らず肩の上でひらひらと手を振る。ゾロの反応はもう無かった。サンジは手を降ろした。けれど、まだゾロの言葉は、続いた。

「おい、サンジ。」

「んー?」

 振り返らず、さらに立ち止まる事もせず、答える。

 

 

「どうして泣いてた。」

 

 

 足が、ぴたりと、止まった。

 低い低い、重くのしかかる声だった。サンジは瞬間、言語能力が自分に備わっているという事さえ、忘れかけた。

 ただ、まるで古びて反応が出来なくなってしまった自動ドアの様にゆっくりと、無意識に、振り返った。

 ゾロが、まっすぐと、見つめていた。

 その深く黒い相貌。

 AAA夢と何ら変わりない。

 

 無い。

 無い。

 無い。

 

 どこにも無い。

 

「・・・しがAAA。」

「あ?」

 

 強い瞳。

 覚悟を決めてなどいないのに。

 死にたくないと思っているのに。

 野望さえ持っているのに。

 絶壁に二人きり。

 その瞳の力は決して揺るぐ事なく、

 

 サンジの胸に巣食う。

 

「AAAないんだ。」

 

 無い。

 無い。

 無い。

 

 どこにも無い。

 

「無いんだ。」

 

 サンジは自分の頬を、何かが伝って落ちていくのを感じたが、それが涙と気付くには、随分と時間が要った。

 

「脚がAAA無い。」

 

 無い。

 無い。

 無い。

 

 どこにもAAA。

 

 俺の所為で。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の所為で、脚は、無くなった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夢を見た。

 

 赤く、

 黒く、

 甘い、

 

 夢を。

 

 手に残るのは肉を裂く感触。血の温かさ。

 口に残るのは筋肉の食感。骨の味。

 目に残るのは赤に染まった緑の髪。淀んだ黒の瞳。

 顔に残るのは歪んだ狂気。楽しそうな笑み。

 

 そして胃袋に残るAAA。

 

「なぁAAAゾロ。」

 うわ言の様に、サンジは彼の名を呟いていた。海の様な瞳は濡れ、涙が零れ出している。

「もしAAA俺達が、閉ざされた場所で、二人きりになってAAA。」

 絶望。未来に置ける理由のない保証に、ひびが入る音が聞こえる瞬間。

「食料とかAAA全部なくなってAAA。」

 飢えに対する絶対的な恐怖。逃れられない食への不安。

「それでもしAAA俺がAAAおまえをAAA殺そうとしたら。」

 自分が生きたいという逆らえない欲望。衝動。脳に篭る熱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を殺して喰ってくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾロの黒い瞳の中心の、さらに黒い瞳孔の部分が、ぐっと小さくなったのがはっきりと見えた。

 サンジの声はどこまでも静かで、自分の心臓さえ、少しも動かす事は出来なかった。

 ただ、トンネルの向こうから誰かが大声で呼ぶように、自らの脳に反響し、虚しく響いた。

 

 絶壁に、二人きり。

 

 今度、もう一度そうなったら。

 自分はきっとまた、他人を犠牲に生きようとするだろう。

 どこまでも強い生の執着は、理性など簡単に喰い殺す。

 

 そして自分のかけがえのないものさえ、奪い、喰うから。

 

 

 

 最低だ。

 所詮俺は死ぬのがこわいんじゃなくて。

 こいつが死ぬのがこわいんじゃなくて。

 ただ単にあの絶壁の、

 あの閉ざされた牢獄で、

 

 

 

 

 

 

 

 独りになるのがこわいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「AAAいいぜ。」

 心臓を突き刺す様に強く鮮烈とした声が在った。

「え・・・・・・?」

 サンジが怪訝に訊き返す。ゾロは微かに、口元に微笑を浮かべているみたいだった。
けれどその瞳は声とは反対にどこか弱々しく、しかしやはり、強かった。矛盾しているが、そうだった。

「AAA喰ってやるよ。おまえの、肉も、骨も、血も、全部残らず。」

 はっきりと一言一言、言い聞かせる様に言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうすれば、絶対に、一緒だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、糸を切った様にサンジの体から力が抜けた。

 ぷつん、と、音を立てて。

「っ・・・ぅっ・・・うぅ〜〜〜〜〜〜っ・・・」

 自分が泣いているという自覚が急速に湧き上がり、そして、どうしようもなく胸が苦しくなった。

 くしゃっと顔を歪めて、でもその顔を見られるのは嫌だったので、俯いて、涙を出しまくる目を強引に擦った。子供の様な動作だった。涙は止まらなかった。

「っく・・・ひっ・・・ぅ・・・」

「AAAバカ野郎。」

 ぽすんっ、と、自分の頭の上に大きな手が置かれた。

 抱きしめも、慰めもしない。

 ゾロらしいその行動に、サンジは泣きながら、笑った。

 

 たとえ二人きりでも。

 独りでさえなければAAA、

 

 

 

 

 

 月がぼんやりと、重ならない二つの影を作り出していた。

 

 

 

 

 

 

 AAA死んだりなんか、しない。

 

 

 

 

 

 

◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 

 Hinataさんのリク、ダークなゾロサンでした。でもなんかほのぼのちっくになっちまったー。アイタタタ。

 サンジが吐くとこあたりまでは上手くいってたんですが。やっぱワンピは難しいのです。ふぅ。

 Hinataさんには前書いたゾロ誕SSをHPにのっけてくださったという恩がありまして。あんなんのっけてくれてほんとに良かったのかしら。はらはら。
でも嬉しかったですありがとう。今回のも読んでくれると嬉しいっすー。

 今回はサンジのトラウマ風味。サンジくん泣くわ吐くわブッ壊れるわで忙しそうですね。俺の書くサンジは何かいつもヤケクソ気味で余裕がないです。
まぁゾロ攻め至上主義なんで仕方ないっちゃ仕方な(強制終了)

 ラストの受け取り方はお任せしまふ。ちょっとでも何か不思議なものを感じてくれると俺的には成功。(笑)

 それではこのへんで。読んでくださってありがとでした。良ければ御意見感想下さいませ。





なつめさん有難うございました!!
ぽろっと私が溢したリクにまさか本気で答えて頂けるなんて!!ただただ、感動でございます!
サンジが可愛いよ!凄い好きです、こーゆーの。
ゾロも格好いいし・・・v
なつめさんの書く文大好きですvv(告白←大迷惑)

結構前に頂いていたにも関わらず、アップがかなり遅くなってしまって申し訳ないです。
なつめさんからの次回があることを祈っていますv是非また・・・お願いしますね♪