いつか抱いた女が言っていた。 ―貴方が好きなの。食べてしまいたい位に…その眼を見ていると貴方の中へ吸い込まれそうになるの… と。 その台詞を聞き、以前何かの本に書いてあった一節を思い出して苦笑したのを覚えている。 『愛情表現の最終値こそ、相手を自分の中のみに止め他の誰にも接させないという嫉妬に似た感情であると言える。この例えでいえばそれは相手を自分の一部にする。 即ち、"食す"という事になるであろう』 The last value この日はよく晴れた日だった、いつもの様にサンジは神父である自分の業務をこなす為、朝から礼拝の説教を行なっていた。 最も、この男の場合はこの様な職種にも関わらず"無神論者"という特殊な条件での生業ではあったのだが。 勿論、熱心な信者達にこの事を知られる訳にはいかない。 幸い未だ、その事に気がついている者は誰一人として居ない様だった。 「では神父さん、また明日…」 礼拝を終えた者たちがサンジに一言ずつ挨拶し、段々と教会を後にして行く。 一通りの人を帰してから、やっと今日初めて安堵の息をついた。 「あぁ、主なる父よ…願わくば、願わくば……どーぞ消えて下さい」 と独り呟き口元に笑みを浮かべる。 サンジはもともと宗教の教え自体が気に入らなかった。 『人を殺したり、姦淫したり、盗んだり、うそをついたり、人のものをほしがった場合は勿論、 心の中で兄弟を憎んでも人殺しと同じ罪、妻以外の女性に欲望を感じただけで姦淫の罪になるとキリストは言い、心の中に本当の罪があると指摘した』 だったら、誰もが罪人ではないか。世の中の人間全てが… そうなのだとしたら、自分だってこれ位の事をしたって良いだろう… そう思ったのである。 熱心な村人達を騙している事に少しも罪悪感を覚えないといったら嘘になるであろう。 しかし、少なくともサンジは神を賛美する事を快くは思っていなかった。 むしろ―… 神をこの手で今すぐ呪い殺してやりたいと感じた事さえある。 サンジには産まれつき両親が居なかった。 物心ついた、サンジが6の時には既に路上で自分の身を売って生活していた。 勿論、その行為を悪いことだと感じたことは無かった。 サンジが10の時。一人の男がサンジに声を掛けた。 「おい、家に来ないか」 この台詞を聞いたサンジは、いつもと同じように自分が買われていくだけだと思っていた。 しかし、その男はサンジに光を与えた。 「俺と一緒に暮らそう…」 その後、サンジはこの男と色々な事を話し、男から様々な事を学んだ。 自分の過去も、今までどうやって生活をしてきたのかをも全て男に話し、 男もサンジに自分の生き様を話してくれた。 ただ、人とまともな会話を交わしたことの殆ど無いサンジには分からない単語も意味も沢山ありはしたが。 男はサンジに字を教え、サンジをまるで自分の子供のように可愛がった。 サンジはそんな男が大好きだった。 そういえばまだ、男の名前を尋ねていなかった事に気付き名を尋ねた。 「ゼフだ…」 ドンドン 教会の扉を叩く音が響く。 扉を開けるとそこには、一人の少女が立っていた。 「神父様、どうか、どうか懺悔を聞いてください」 自分は神の使いでも、真の神職者でも無いのに…可愛そうな娘だ。 「良いでしょう、何がありましたか?」 「私は、見てしまったのです…先日、隣村に遊びに行った時です」 「何を見たと言うのですか?」 精々、追い剥ぎの現場でも目撃したのだろうと思っていたサンジだったが。 「村人が…その仲間に襲われて……―息絶えたのです」 「…ほう」 そんなもの、この時代では何も珍しい物ではない。 ある村では妹の目の前で姉が犯されながら死に、 またある町では何の罪もない人々が人種の事だけで無惨にも大量虐殺されたのである。 「…それが…その襲っていた村人の様子が明らかにおかしかったのです」 どのように?とサンジが促すと少女はその血色の良い顔を蒼白にしながらも語りだした。 「この世の物とは思えません…蒼白い顔色をしていて…生気など全くなくて。 男がその村人に喰らいついて噛み殺したのです…若い男でした」 「それで、あなたはどうしたのですか?」 「…その化け物は私が居る事に気がつくと、口端から滴る血液も拭わぬままに口元を吊り上げて笑ったのです。私は気味が悪くて仕方なくて… この事を直ぐにお伝えする事が出来なかったのです……私をお許し下さい」 言いながら、頬を涙で濡らす。 サンジはその涙を親指で拭ってやると言った。 「それは辛い体験をしましたね。あなたはここで事実を話した事によって天からも許されるでしょう…さぁ、もう安心しなさい。この村には私がいるんだ。何も怖がる事はない」 ―その数日後、少女は死体で発見された。 見るに耐えない姿の彼女を教会に運ぶ為、サンジは彼女の遺体を肩に担いだ。 サンジは最近。妙な噂を聞いたのを思い出した。 ある街で既に死んだ者が何らかの形で生き返り、アンデット(不死者)となった。 そのアンデットは様々な問題を引き起こし、アンデットがその街の者の生き血を吸えば、 その全てが生き返り再びその者達もアンデットとなる…直にその街全体がアンデットとなり、その街は突如姿を消した… アンデットはターゲットの肌に獣の様に鋭い歯で傷を付け、そこから吸血を行う…という物である。 もしこの話が本当なのだとしたら…少女の話と重なる点がある。 もし、この少女もアンデットに襲われ、死んだのだとしたら… きっとこの少女もアンデットになるのだろう。 こんな非現実的な世の中なのだから、自分の経験した事なんてまだ序の口なのだろう。 「はっ…序の口ねぇ…」 独り呟くと少女の遺体を抱えなおし、教会への道を急いだ。 ―しかし、何日経っても彼女がアンデットとして復活する事は無かった。 俺を初めて普通の人間として扱ってくれたゼフと俺はその後何年か一緒に過ごした。 一緒に料理をして、一緒に教会に通って、一緒に買い物に行って、一緒に夢を見た。 時には下らない事で争った事もあるが、その時は決まってゼフから折れて俺を迎えに来てくれた。 でもあの日は違ったのだ― サンジはその日、ゼフと小さな事で口論になり、いつも通り近くの広場でゼフが迎えに来るまでの間、時間潰しをしていた。 靴音が聞こえる度に後ろを振り返るが一向に自分の待ち人は現れなかった。 ―いつしか雨が降り出していた。 くしゃみを一つして、サンジは浮かない表情のまま家路についた。 ゼフの家までもう少しという所だった。 「・・・・?」 雨水が朱く染まり何処からか流れてくる。 不思議に思ったサンジはその朱を辿り歩き出した。 行き着いた先には― ゼフはその日、冷たい雨に打たれ、 死んでいた。 その手には、ゼフの傘と小さな…おそらくサンジの為のものであろう傘が仲良く握られていた。 その表情は信じられない位に柔らかく、サンジが見てきたどの瞬間のゼフよりも幸せそうな表情だった。 その体を触れてみれば まだほのかに 温かかった 後から、ゼフを殺したのは狂った神父だったのだと分かった。 ―その時初めてサンジは自分の運命と神を呪い、自分も神父になろうと誓った。 神を呪い殺す為に 自分の呪われた人生共々呪い殺す為に 少女の死から半年 町の人間だけで少女と同じ死に方をした人間は13人にも達した。 しかし、町の中でもアンデットとして復活した者は僅かに2人だけであった― 勿論、復活したアンデットは死ぬ前の事は覚えてもいなく、理性も無い。 ただの危険な生物と化した町人を再び葬るのはサンジの役割であった。 当然ながらこの国には死体を火葬するという習慣は無いので神父であるサンジが立会いの下、土葬を行うわけだが… 一日に3件もの葬儀をすませたサンジが教会へ戻り、休養を取る。 余程疲れていたのかサンジはそのまま暫く眠ってしまっていた。 眼が覚めた時には既に辺りに真っ暗で電気のスイッチを手探り、部屋に明かりを灯す。 「っ!!!」 …とそこに一人の若い、サンジと同じ位の歳だろうか…身長も同じ位だと思うのだが、サンジとは対照的なガッチリとした肉体はその真っ黒なマントの上からでも容易に窺う事が出来る。 やっと眼が部屋の明るさに慣れてきた様でその男の細かい容姿も窺うことが出来た。 …左耳には三連の金のピアス、その緑色の短髪は清ささえ感じさせる。 余程サンジが不思議な表情で見ていたのだろう、ずっと黙っていた男が口を開いた。 「…何だよじろじろ見やがって」 「え、あ…御免なさい… ―…って何で俺が誤らなきゃならないんだ!!??大体お前誰だよ、この街の人間じゃないだろ!?何でここにいるんだ?懺悔か????」 つい咄嗟にあやまってしまった自分に後悔しつつ、混乱しながらも男に疑問をぶつける。 「…んなに一度に質問なんかするもんじゃねぇよ。俺は…あ―、旅人だ。ちょっと疲れたんでここで休ませて貰おうと思ったんだ」 「教会はお休み処じゃねぇんだぞ?」 妙な突っ込みを入れつつもサンジは男にコップ一杯の水とパンを差し出した。 「まぁ神は喜んで受け入れて下さるだろうがな」 「いや…、水もパンもいらねぇよ。大体俺は神なんて信仰しちゃいねぇ」 「ほー、この御時世に珍しい奴もいるもんだな」 「まぁな…神に頼ってその為に一生の自由を奪われるなんて真っ平御免だ」 「確かにな…俺も真っ平御免だな」 男が訝しそうな表情でサンジを見つめる。 「…お前、神父だろ?良いのかよ、神父がそんな事言っても」 「あぁ、俺はもともと神なんて信仰してないんでね」 不思議と無意識に今まで人前で発した事の無かった言葉が発せられた。 「はぁ??お前神父なんだろ????」 「ははは…あぁ、そうだよ」 あまりの男の驚きように自然と笑いが出た。 「神父なのに無信仰ねぇ…だからなのか…」 「あ?何がだ?」 「いや、何でもねぇよ。それよりお前名前は?」 「サンジだ。お前は」 男は少し躊躇ってから口を開いた。 「…ゾロ。ロロノア・ゾロだ」 「ふーん、ゾロか。俺こんなに人と話したのは久しぶりだよ」 「俺もだ、たまには楽しいものだな」 「まぁな。…久しぶりに楽しませて貰ったし。今日はここで休んで行ったらどうだ?」 「あぁ、有り難いんだが…どうもこういう場所は苦手でな。そろそろ退散するよ」 「そうか、じゃあまたこの辺りに来ることがあればここ寄れよ、まぁまだ俺がここにいれば…だけどな」 「…そうだな、そうさせて貰う。じゃあな」 そういう言うとゾロは闇の中へと消えて行った。 ゾロに話した事は事実だ。 「(こんなに楽しい会話を交わしたのは何年ぶりだろう…)」 ゾロはまた訪ねて来てくれるのだろうか… 気付けばサンジはゾロの事を考える内にいつしか眠りについていた。 それから更に何年か経ち、村人が変死するという事は無くなった。 既に村人の誰もがその事実を忘れているだろう。 ゾロはあれから数年経った今も一向にサンジの前に姿を現さない。 「(もう忘れちまったかな…)」 初対面の人間との約束なんて儚いもので、自分がいくらその約束を信じていたとしても守られる事のほうが少ないという事は自分の中では実証済みであるのだが。 もしかしたら― と、ゾロが来る事を期待している自分がいる。 「(旅をしていると言っていたが、何処から何処まで行くのかな…)」 あの格好だ、きっとここに来るまでも数か月歩き続けていたのだろう。 きっと自分以外の人間も彼を手助けしてきただろう。 …だとしたら 自分は彼にとって、ただの親切な人間でしかない訳で… 「(もう、俺の前には現れないだろうな)」 いつしかサンジはゾロの事を考える事をしなくなっていった。 人はそうやって段々と人を忘れていき、いつの間にか"過去の人"として忘却の彼方へと追いやってしまうのだろう。 サンジにとってそれはとても淋しく、悲しい事だった。 どんな事があっても、あの人だけは… ゼフの事だけはいつも忘れずに心に留めて置こう あの人は自分を人間にしてくれた。 お伽話の魔法使いみたいに煌びやかでも派手でも無かったが "自分はこの世界を生きても良いんだ"というサンジにしか効かない光の魔法で… しかし、その魔法はどうやら自分には眩しすぎた。 そのまばゆい光にあの時自分は反射的に目をつぶってしまっていたのだろう。 あの時目をつぶった分の光は今でも見えないままで。 それが果たして光であったかどうかも定かではない。 ただ、あの時は必死で… 目なんか閉じなくても、今でも鮮明に思い出される紅、 狂った神父 灰色の町並 鋭く光ったナイフの刄 嗤う自分と崩れる神父 ただ高い壁と 冷たい牢獄 無機物なフェンスから差し込んだ温かな一筋の光 その光はゼフから受けた光に似ていて… 頬にはその光に反射し、煌めく雫がただ光っていた。 |
御免なさい!また続きそうです。でもきっと次で終わりになるかと… 前のシリーズ物が中途半端なままにも関わらず、何をしているのやら。…ちゃんとアレも書き上げますので!! はい。如何でしたでしょうか?久しぶりの小説です。 最近、絵ばかり描いていた所為(?)なのか何なのか、文を書くって事が新鮮でとても楽しいです。 …正直、楽しいばかりではなく、かなりシドロモドロしていますが。宗教知識も無いくせに何ってんでしょーね。在り来たりですしね。ホント。 えーと、以前に私が書いたイラストでバンパイアものがあったんですよ。 それを見ていたら、あー書きたいなって思いまして、それがこの話の元に繋がっている訳です。 しかし…何かこの話。私の好みそのままっていうか(笑)吸血鬼もの大好きなんですよ、荒んだ過去とか、娼婦とか… 好き勝手しすぎた為、今後の展開に早くも躓いてます。この先どうしましょう…?うーん。 あ、独り言の喋り過ぎでスペースが無くなってしまいましたが、ここまで読んで下さった方、有難う御座います。 出来れば感想等も頂ければと思います。(苦情も受けますよ、今回は) ではでは。有難う御座いました。 |