花降る日 その日も、今から“Blue”というクラブに来いとだけ言って切れた携帯を、 ゾロは苦笑してパチンと閉じた。 エースからの誘いは、いつも唐突だ。 事務所がたまたま一緒だというだけだが、モデルとしてはまだ駆け出しのゾロに何かと目をかけてくれる。 このところ急に仕事が増えたようで忙しいに違いないのに、1〜2ヶ月に1度はこうして2人で飲む機会を作ってくれ、 先輩風を吹かすでもなく飄々とした会話で酒を楽しませてくれるのは、悪いものではなかった。 約束の時間の5分前に“Blue”の前でタクシーを降りたゾロを、黒服が恭しく案内する。エースに連れられて一度だけ来たことがあるものの、 名前も聞かれず通されて不思議に思う。フロアを見下ろす近未来的なインテリアのウェイティングには、既にエースの姿があって、 ゾロは納得すると同時に、肩を竦めながら隣のスツールに腰をかけた。 「一体、何て言ったんっすか」 「ん?緑の髪の、迷子のターミネーターみたいなのが来るから、って言っただけだぜ?」 「・・・」 カラカラと笑うエースは、楽しそうにゾロの厳つい肩をポンポンと叩き、続きのように、その手をスッと上げて後ろの黒服に合図する。 無言で下がる男の背中を見送ってから、エースは急に真面目な顔で言った。 「ゾロ。お前に合わせたい男がいるんだ」 「・・・オーディション関係なら、」 「いや、お前がそういうの嫌いなことくらい知ってるよ」 ニヤリと笑う・・・そしてまた明るい夜の瞳でゾロを見る。 「この世界でも知る人ぞ知る、ツキを呼ぶ彫師がいるんだ。ただし、誰にでも彫る訳じゃない」 「彫師・・・?刺青を?」 「ああ。見ろ」 素肌に羽織った革のブルゾンを、エースは片腕だけ抜いて露になった背中をゾロに向ける。 タトゥを入れたいと数ヶ月前にエースが騒いでいたのは確かだが、その後入れたとも聞いてなかったので驚いた。 浅黒い背中には、大きく刻まれた髑髏。 迫力のあるプリミティブな絵柄、赤と黒の男性的な配色の妙。呼吸と共に浮き上がるセクシーな肌の艶と、 骨の間の微かな陰影との絶妙なバランス。仕事柄、身体の末端にまで神経を行き渡らせ、表情を与えることは常に意識しているが、 こんな風に、描かれた背中にも表情があるということを、ゾロは初めて知った。 「凄いだろ?」 「・・・でも、いつ?」 「彫り上がるまでは、内緒にしておきたかったんだ。 それに、直ぐに仕事が忙しくなって・・・噂を体感して、お前にも、と思った訳。どうする?」 「会います。面白そうだ」 ツキを呼ぶ呼ばないはともかく、エースにこれだけの彫り物を施した男に会ってみたい。 「そうこなくっちゃ」 エースはまたゾロの背中をバシッと叩くと、立ち上がった。 「仕事を決めるのは、必ず“Blue”のVIP。正式に仕事を請けた相手しか、仕事場には入れないらしい」 「・・・」 そう言われても、ゾロはVIPルームからして初めて入るのだから、有り難味に欠ける客を自覚せねばなるまい。 ギリギリまで落とした不親切な照明をすり抜けて、廊下の突き当りの重そうなドアをエースが叩くと、 直ぐに部屋の専属らしいバーテンが隙間から顔を出した。エースと一言二言交わすと、 一度閉じられた扉は改めて内側から開き、青い照明に満ちたラウンジが、目の前に現れた。 ソファには、物憂げな佇まいの男が1人、座っている。 光量の乏しい部屋で、鈍く光る金色の髪。 漂う、強いニコチンの香がなければ、青い海の底で人魚に出逢ったと錯覚するかもしれない。 ゆっくりとこちらを向いた白い顔は中性的な鋭い美しさで、年配の男を想像していたゾロの“彫師”のイメージを覆す。 一見して仕立ての良いブラック・スーツ、上等なタイ、ダーク・グレーのシルクシャツ・・・細部まで計算されつくした、見事な漆黒のグラデーション。 「よぉ、サンジ」 エースの声にも揺れず、ゾロをヒタリと見据えた瞳は、濡れた蒼。色の滲むそれは、同じ種類の者だけが感じ取れる眼差しで、 ゲイである事を公にしていないゾロには、痛いほど甘く突き刺さった。 「こいつが、ゾロ。いい男だろ?」 「こっちに座れば?」 意外に低い声で促されて、ゾロはエースと並んで腰を下ろす。バーテンが静かに2人の前にグラスを置き、 シルバーのトレイにフルーツとナッツを並べたものを厳かに供し。 その間、ずっとサンジという男は、無遠慮とも言える真剣さでゾロを凝視している。 ゾロも目を逸らしたら負けな気がして、初対面同士で睨み合う居心地の悪さに耐えながら真っ直ぐに見返して。 そんな2人を、エースは面白がるように、見比べている。 バーテンが控えの部屋へ下がるのを待ち、漸く、サンジは口を開いた。 「で?アンタは何を彫りたい?」 「・・・」 虚を突かれて、ゾロが詰まった。途端に金糸を揺らす、軽薄そうな笑い。それでも離れぬ、見透かす瞳。 口端を歪める癖は、その胸にどれほどの癒されぬ苦痛を隠す・・・? 「そこまで、考えてない・・・任せる」 言い切ってから。驚いてこちらを見るエースに、ゾロ自身が驚いた。刺青なんて、ついさっきまで他人事のように思っていたのに。 この男に会った今・・・どうしても彫らなければならないもののように感じる。 サンジはもう一度小さく笑うと、紫煙の上がる細い煙草を、小さな灰皿で揉み消した。 「決まりか?早いな、サンジ」 「エース、厄介な仕事はこれきりにしてくれよ?任せると言われなければ、今回は断るところだが・・・」 チロリと見えた紅い舌先に、共犯者の罪悪感を感じるのはまだ早いだろうか。 だが、自分と同じ匂いのする・・・このサンジという男を知りたい感情は抑えられない。 「明日、来てくれ」 それだけ言うと、口をつけた形跡のないグラスを残して、サンジはサッと立ち上がった。 それが、仕事を請けたという返事だと、黒い痩身がドアの向こうに消えてから、エースが可笑しそうに教えてくれた。 携帯に電話して指定されたのは、都心の静かな坂に面したマンションだった。 事務所からも近いが、住宅地であるため、なかなか足を踏み入れない場所だ。 機械的に解除されたオートロックのエントランスを抜けて、ひっそりとした内廊下からエレベーターを使う。 そのまま、ゾロは誰にも会わずにサンジの仕事場へ着いた。 無言で招き入れたサンジは、黒いぴったりしたTシャツに、一体何インチかとメジャーを巻きたくなるような細いブラックジーンズを履いていて。 白い腕が、首筋が、不用意に艶かしく映る。 「脱いでくれ」 奥の、フローリングにマットだけというシンプルな部屋で、漂う沈香に気をとられているとサンジの声が投げ掛けられた。 「あ・・・ああ。その・・・」 「全部だ。アンタの全部を見せてくれ」 有無を言わさぬ強い語調が、この男の“仕事”の始まりを告げる。 手漉きの和紙を思わせる皺のある薄いカーテンから、午後4時の黄昏の光が入り込む。 ウエイトトレーニングで鍛え上げられた肉体が次第に浮かび上がるのを、何もない壁にもたれ、サンジは食い入るように見詰めていた。 不思議と羞恥心は欠片もなく。サンジの強い目線に、一糸纏わぬ我が身が晒される緊張感が・・・心地良いとさえ思う。 言ってみれば、何かの試験を受けている感じに近いだろうか。身体を隠す布を全て取り払ったゾロは、軽く脚を開き、 しっかりと床に素足を踏みしめた。目を瞑って、瞑想する修行者の面持ちで結論を待つ。 鋭く熱い視線が、肌を舐めていく・・・隅々まで。それは決して淫靡なものではないのに、 己の中心が疼きだすのを必死に押し殺さなければならないくらい、サンジの視線は遠慮なくゾロを内面から暴いていった。 「・・・やっぱり、アンタには、あれしかない」 5分ほどそうしていただろうか。羨望とも取れるような気配と共に、ため息混じりにサンジが呟くから、ゾロはやっと目を開けた。 情熱的に燃える蒼い瞳、仄かに紅潮した頬。全身から立ち昇る、強いオーラ。 目の前にいるのは、どこかクールな昨夜の第一印象とは、全く違う男のようだ。 「決まったのか」 「ああ。決まった」 そう言って、サンジはスッとゾロに近づく。 恋人同士なら口付けを交わす距離。 当然の儀式のように、ヒンヤリした白い手は、ゾロの肩、胸、腹と肌を直に触り・・・息を飲むゾロを余所に、性器をそっと掌で包み込んだ。 誘いを欠片も含まない真剣な目は、ゾロの瞳の奥底を開かせようとするように覗き込んだままだ。 「っ・・・」 ゆるゆると。澄んだ瞳に不似合いな、卑猥な手付きで扱き上げられる。 何をするのかという真っ当な問いさえもゾロは湧き上がる劣情と共に飲み込んだ。 「ここに・・・」 遂に、完全に勃起させたゾロの男根と同じ高さまで屈んで、初めて、サンジはうっそりと妖しく微笑む。 まさかというゾロの焦りを察したか、どうか。愛しそうに撫で上げ、血管の浮き出た肉茎の裏筋に、あの紅い舌をチロチロと這わせ始めた。 「何・・・をっ・・・」 「ここに・・・アンタのここに、龍を彫りたい」 「!」 鈴口に唇を寄せ、啄ばむように2、3度小さく吸うと、更に硬度を増したゾロの男根を満足気に擦り。 サンジは立ち上がって、言葉を失くしているゾロに、邪気の無い職人の顔で宣言した。 「彫らせて貰おう・・・アンタの生き方を変える龍を」 半年後。 野性的な眼差しと挑発的な肉体でショーを席巻するゾロは、有名ブランドのオーディションを総嘗めにして周囲を、 ライバルたちを驚かせるようになっていた。 「で、どこに何を彫ってもらったのか、そろそろ白状しろよ」 “Blue”のクラブフロア。心地良い喧騒を楽しみながら杯を重ねた後、エースが悪戯っぽく聞く。 元より隠すつもりなどないが、反応を想像するだに気が重いのは確かで。 「・・・根彫りの・・・龍」 「根彫り・・・?まさか?!」 「任せたら、そうなっただけで。好んでしたわけじゃないんです」 驚いて声も出ないエースが、グラスを空けるゾロを呆然と見ていたと思うと、漸く我に帰ったかのように声を落とした。 「で、サンジとは・・・寝た?」 「・・・」 ズバリ聞かれると、どうしても口ごもる。エースはバイセクシャルを公言しているから、 サンジとそういうことがあってもおかしくは無いのだと、今更のように気付いて・・・押し寄せた嫉妬に胸が焦がれた。 そんなゾロに、エースは諭すように付け加える。 「ゾロ、誤解のないように言っておくけど・・・俺はサンジとは何もなかった。もちろん、その時は本気だった。 誰とでも寝るような軽い奴じゃない・・・だから聞いてるんだ」 エースの言葉に嘘はないのだろう。だが、ゾロにはもっと不確かなものしか残されていない。 「わからない・・・んです」 「え?」 「痛みで朦朧とした時、自分が龍になって、腕を広げたアイツの身体に入っていく夢を・・・ 何度も。 だけど覚めると、何も変わってなかった・・・」 思い出す、深夜のサンジの仕事場。 フローリングにポツンと置かれたフロアライトが、ゾロの腰に這い蹲るサンジを幻影のように照らす。 流れる汗で金糸を張り付かせた様は、猥雑なのに神聖で・・・悪魔のようなのに天使のようでもあって。 彫りの痛みに萎えかけると、すかさずサンジが舌で指で刺激して勃たせるから、ゾロは激しく腰を揺らしたい快感にも、耐えなければならなくて。 他の客にもこんなことを?根彫りは慣れてるのか?例えば、客が彫師の与える快楽に溺れるようなことがあったら? 聞きたいことは山ほどあるが、サンジの真剣な表情がそれを拒む。それでも、知りたい・・・この男の事を。 何度目かの彫りの時、ゾロは突き動かされる衝動を押し殺して、重い口を開いた。 「・・・昔からこの仕事を?」 「ああ。育ての親がこの道のモンでね」 意外に、すんなり返事が返ってきて安堵する。途切れさせてはならないと、慌てて話を繋いだ。 「育ての?」 「ああ。俺は捨て子だから、名付け親でもあるな」 事も無げに、言葉を投げ出す。 「そりゃ、立派な跡継ぎが出来て、喜んでるだろうな」 芸能界や政界でも、この男の噂がまことしやかに流れていると別のモデル仲間が話しているのを聞いたことがあった。 愛情とか、家族とか。そんなものとは無縁と思われたサンジの持つ闇が、少しほの明るくなった気がして、我が事のようにホッとした途端。 「死んだよ・・・俺の所為で」 ハッと目を上げる。前髪で表情を隠したサンジが、淡々と仕事を続けている。 「クソのような組が、シマ争いついでに、うちの仕事場でドンパチやりやがって。ジジイは、同じ部屋にいた俺を庇って・・・即死だった」 重い沈黙が垂れ込めたのは、ほんの一瞬だった。 カタリ、とサンジが道具を置く。上げた顔は、いつもの冷徹とも言える美しさ。 「初めて客に話したな、ジジイのことなんか」 「寂しいか」 痛みは尾を引くが、ゾロは気力で半身を起こして、何とかサンジの本心が見えないかと、薄闇にジッと目を凝らした。 「寂しい?俺には、寂しがる資格なんかない」 浮かび上がるサンジの完璧なまでの冷笑が、痛々しいと思うのは何の感情からか。 同情か、哀れみか。 それとも・・・。 「他に家族や・・・恋人は?」 「ハハッ・・・何の調査だ。アンタこそ、どうだ」 「俺は・・・俺も、家族はない。女は特に必要じゃない」 「ハッ、言うね」 「10で家族を亡くし、親友を亡くして以来、やんちゃじゃ片付けられない事ばかりしてきた。 ハジキこそ持たなかったが、無茶して、人を傷つけて・・・チンピラそのものだ。 真っ当じゃない生き方をして、回り道ばかりして、やっと見つけたこのモデルって仕事が面白くなってきた・・・そんなトコだ」 ゾロの方こそ、こんな話を人にするのは初めてだった。 サンジが聞いているかどうかは関係ないと思ったが、意外にも片付けの手を止めて聞き入っている。 そして、何やら考えながら、慎重に言葉を発した。 「アンタは、見られる仕事に向いてるよ」 「そうか?」 「ああ。言っておくが、客は皆、俺が彫るから出世するんじゃない。 世に出ることが定められた者を、俺が選んでるだけだ」 吟味された言葉。自慢でも謙遜でもない、真実が染み出すのを感じる。 そう言うなら、きっと、そうなのだろう。 生まれ持った、それがサンジの業なら。 こうして巡り逢い、彼から根彫りを授かっているゾロもまた、宿命の前にひれ伏すのみ。 「預言者か・・・占いでも?」 「ククッ・・・彫師は客の身体の中に隠れたものを彫るだけだ。その分、人を見る目があるとでも思っておいてくれ。さ、アンタには、喋りすぎた」 仕事の後は、深い海の色を湛える両眼が、ゾロを見る。 「今日は、お終いだ・・・とっとと帰ってくれ」 「それきりか?」 エースの憐憫にも似た口調に、氷のカランと溶ける音が重なる。 「その後、何も話してくれなくなって。最後に逢った時は、もう仕上がったから、と追い帰されました」 「お前は?サンジのこと?」 「俺は、アイツにも未来を見て欲しいんです。人のばかりじゃなく、自分の未来を。 でないと、アイツはいつまでも、このまま・・・過去だけに囚われて・・・」 苦しそうに顔を歪めるゾロに、エースがもう一度目を見開く。 いつも憎らしいくらいに冷静なこの後輩が、ショーでは男でも目が釘付けになるほどのフェロモンを撒き散らすこの男が。 龍を彫った男根を持つというのも、言われてみれば尤もに思えるくらい、危険な香りのする男が。 一人の男に囚われ・・・どうしようもなく、道に迷っている。 「悔しいけど。お前じゃなきゃ、サンジは救えないみたいだな、ゾロ」 エースはグラスを掲げて、悪戯っぽく笑った。 「健闘を祈るよ、心から。だって、いいターミネ―ターは、未来から助けに来るんだろ?」 エースが席を立った後も、ゾロは考えていた。 サンジの仕事が終わった後も、逢いたいと思って何度も電話した。 だが、サンジは携帯の番号を頻繁に変えるのだと、最初にエースから聞いたとおり、期待を持たせる通話音が聞こえることは、二度となかった。 逢いたい。 もう一度、あの秘めやかな声を聞けたら、瞳を覗けたら。あの瞳で・・・見詰められたら。 痛みと官能と沈黙と。あの狂おしい時間を過ごしたというだけの関係で、終わりたくはない。 サンジが自分に見た未来を、自分もサンジに与えられないだろうか。 名付け親、と言った。捨てられていた、と。何か、手がかりはなかったのか。せめて、誕生日とか・・・。 ふと、名刺を取り出す。毛筆体で『三二』。その隣に、もう意味を成さない携帯のナンバーだけがある。 サンジと呼ばせるこれは本名かどうかすらわからないが、育ててくれた親の付けた名をさっさと捨てるような男には、見えなかった。 親に捨てられた子に、新しい命を与えたい養い親が、新しい名前をつけるとしたら・・・? 新しい人生が生まれた日を、名前と共に与えるとしたら?ゾロは、黒々しいその文字を、いつまでも見ていた。 その日、ゾロはショーの打ち合わせを終えて、花屋へ寄った。小さな店舗だが、春間近なこの季節、淡い色の花々が溢れている。 「白い花を全部くれ」 敢えて白をというゾロに、店じまい前の店員は、丁寧に花の名前を説明しながら白だけの大きな花束を作った。 贈り物ですか、と聞く接客用の笑顔に、困惑する。 贈られたのは、自分だけで。あの男に与えられるものは果たして自分に・・・あるのだろうか。 マンションのインタホン越しの驚いた声に、それだけで心が浮き立った。扉が開くと、相変わらず黒いTシャツにブラックジーンズ。 色を身につけないことが、唯一の弔いだと頑なに思いつめた子供のようだ。 バサリ、と花束を押し付けると、怪訝そうな顔が、驚きと怒りに変わる。 「お前は、人に与えてばかりだからな。誕生日くらい祝わせてもらってもいいだろ」 「・・・何故、知ってる」 「知らない。だが、お前のことばかり考えてたら、今日だと思った」 「何も知らない癖にっ・・・こんな花抱えてよく・・・帰れ!」 「サンジ!」 部屋の奥へ戻ろうとするサンジを引きとめ、引き寄せ、無理矢理に唇を重ねる。 浅く、深く。逃げる舌を絡めて吸えば、龍がドクン、と脈打ち、目を覚ました。 そうだ、この感じ・・・龍が、猛る。 何かを求めて、炎を吐きながら、空を翔る。 逃れようとする折れそうな体躯を抱き締めると、白い花びらがパッ、と散らばり、背信の憂いを清めた。 「俺の龍が、還りたがってる」 「勝手な事をっ・・・離せ!人を呼ぶぞ!」 「彫りながら、俺の龍を呼んだろ?夢の中で何度もお前の中へ入った」 「っ・・・嘘、だっ・・・」 「お前の彫り物は何だ・・・サンジ」 「・・・」 「龍が還りたがってるのは、どこだ!」 ゾロの剣幕に、サンジは唇を噛む。 サンジとて、ゾロという男に初めて逢ったとき・・・係わってはいけないと思ったのに、誘惑に抗えなかった。 人を知ることを生業としてきたサンジが、己を知って欲しいと初めて思った男。 人の温もりを求めることに罪深さと痛みしか感じられなかった日々に、突然現れ、求めることの悦びをもたらした男。 先に求めたのは自分の方。そして、計画通り、ゾロから求められる前に別れた筈だったのに。 そんな打算の通用しない相手だと・・・何故、気付けなかった。 「・・・着いて来い」 悟ったように静かに離れるサンジの背中を追って、ゾロは久しぶりに仕事場へと入った。 踏みしだかれた花束を、マットレスの上に放る。立ち昇る優しい香りに、この部屋の空気を変える力があればいい。 サンジは、大きな暗い窓に向かって、胡坐をかいて座っている。深呼吸を一つ。そして一気に、黒いTシャツを脱いだ。 朧なライトが、低い位置から照らし出す・・・背中に踊る、大小の見事な波頭。 男性的な荒海が、風を呼び、うねり散らして、真っ白な脇腹へと続く。 飛びすさぶ水滴がリアルに襲い掛かるような・・・瀑布と見紛う水流に、吸い込まれそうな錯覚。 「海・・・」 「ジジイが俺を拾った場所だ。俺の故郷だ」 「よく見せてくれ」 手を伸ばしたゾロに、一瞬ビクッと反応したものの、サンジは素直に触られるがままになっている。 官能を呼び覚ます掌、その動きに身を任せて目を瞑る。 どこまでも、静かな・・・初めての愛撫。 「・・・凄いな」 「ハ、素人が何を」 「いや、わかる。これは・・・義父(おやじ)さんが?」 「ああ。俺なんか、まだまだだ。敵わねぇ」 呆然と荒らぶる波頭に見入るゾロに、白い肩越しにサンジが言う。 「俺は・・・客と寝た覚えはない。アンタともだ」 「そうだろうな」 「だが、アンタの龍には、ずっと話しかけてた。アンタにも、アンタの龍にも、どこか故郷があればいいと思った」 「・・・」 「俺は、自分の最初の場所が海なら、最期の場所も海と決めている。アンタには・・・未来はあっても、還る場所がない感じがしたんだ。 それに、俺も・・・いつか、龍のように。飛んでみたかったのかもしれない」 まだ少し怒ったような顔はそのままに。だがその柔肌は、これから身を許す男への初々しい羞恥に染まる。 ゾロは、確信する。還るのは龍だけではない。 荒涼とした瞳をしたサンジを癒す為に還るのは、我が身そのもの。 と、飽かず波頭を愛しんでいたゾロの指先を、サンジが柔らかく捉える。 思えば、ゾロを一目見たときから、雄々しく飛び立とうとする龍の息遣いが聞こえていたものを。 耳を塞いで、ここから飛び出すことを怖れたのは、新しい命を与えてくれた恩人への冒涜ではなかったか。 「逢わせてくれ・・・俺の・・・アンタの龍に」 目線が、絡む。 熱い指先が、互いの肌に火を灯す。 もどかしく求め合う影が一つに重なり、乱れ、 しなやかに打付け合いながら駆け上る先に、2人は見る。 天と地が尽きるところ、茫漠と広がる最果ての海。 飛翔する大龍の咆哮轟く、蒼く深い・・・花降る海を。 |
never satisfiedの透子サマより頂いてきましたvv 設定も話の運びもまさに私のツボでした。 サンジの手が、ゾロに根彫りの竜を施していく様子を創造するだけで 5発は抜けます(最低)この後の二人がとても気になりますvv 逢わせてくれ…なんてサンジに言われたら、もう…っ!! 透子様、有難うございましたv |